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第4話

Author: 万々一
母の笑顔が、ほんの少しだけ曇った。そして、固く閉ざされた僕の部屋のドアを指差す。

「部屋に閉じこもってるの。あの子、まだ拗ねてて」

そう言って、扉に向かってわざと聞こえるように声を張り上げた。

「晴彦、出てきなさい!みんな集まったから、母さんはもう怒ってないわよ」

僕は力の限り大声で叫びたかった。

お母さん、僕ここにいるよ!もう痛くないの!お兄ちゃんの病気も治ったの!

でも、その声は誰にも届かない。

部屋の中では、小さな僕が今も、冷たくなって横たわっているというのに。

しばらく待っても返事はなく、母の顔に苛立ちが浮かんだ。

「ねえ晴彦、聞こえてるんでしょう?早く出てらっしゃい!」

武晴も祖母の腕からするりと降りる。

「晴彦、早く出ておいでよ。僕、怒ってないからさ。おばあちゃんも会いたがってるよ」

母は数秒待ってから、険しい表情になった。

「……もういいわ、お義母さん。放っておきましょう。あの子、最近本当に聞き分けがなくなって。甘やかしすぎせいですね!」

祖母は閉ざされたドアを見つめ、落胆したように首を振った。

「あの子……前はあんなに聞き分けのいい子だったのに。どうしてこんなふうになっちゃったのかしら。武晴がこんなに苦しんでいるのに、少しも思いやれないなんて……」

胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。

おばあちゃんまで、僕に呆れてしまったの?

前は僕の傷を見るたび、こっそり涙を拭って、両親に「こんなの駄目よ。晴彦がかわいそう」って言ってくれたのに。

でも今は……

やっぱり全部、僕が悪いんだ。お兄ちゃんをちゃんと守れなかったから!いじめられるままにしちゃったから!

駆け寄って、祖母の手をぎゅっと握りたかった。いつもみたいに、その膝に顔をうずめて。

「おばあちゃん、晴彦、わがまま言ってるんじゃないの!ただ……ただ命をお兄ちゃんにあげただけなの!お兄ちゃんに生きてほしかっただけなの!」

でも、僕の手は祖母に触れることすらできない。

祖母はもう一度深いため息をつくと、武晴の手を取った。

「武晴、私の武晴。どうか元気になってね……」

その時、祖母の視線が、武晴の手首のブレスレットに留まった。

「あら?これ、なんで光ってるの?」

僕の心は、歓喜に震えた。

おばあちゃんが気づいてくれた!これは寿命転移が成功した証拠なのに!

早く気づいて!お兄ちゃんはもう、長生きできるようになったんだよ!これでみんな喜べる!最高のお正月になるはずなのに!

でも、父はちらりと目をやっただけだった。

「ああ、それはデータの更新ですよ。よくあることだ」

そう言って上着を手に取る。

「母さん、姉さん、行きましょうか。店の予約は入れてありますよ。新年は外で祝しましょう、そのほうが賑やかでいいですから」

「じゃあ、晴彦は……」と叔母が少し言い淀む。

「放っておきなさい!」

母の声は冷たく、硬かった。

「一食くらい抜けば、そのうち自分から出てくるわよ。行きましょう」

僕も後についていった。たとえ誰の目にも見えなくても、これが家族と囲む最後の食事だ。一緒に過ごしたかった。

店に入ると、すでに親戚たちで席が埋まっていて、賑やかな熱気に包まれていた。

「あら、武晴くん来たのね!おばさんに顔を見せて!」

「武晴、顔色がよくなったじゃない!本当によかったわねえ」

温かい声が次々と武晴にかけられる。

僕はその間をふわりと漂っていたけれど、僕を気にかける者はいなかった。

料理が運ばれ始め、笑い声が弾け、場が盛り上がっていく。

その時、父のスマホが鳴った。

「片桐様ですか?ブレスレットのサポートセンターです!緊急のご連絡です!」

父の持つスマホから、切羽詰まった声が漏れ聞こえてきた。

「お客様にご購入いただいた転移用ブレスレットが、完全に停止していることを確認いたしました。原因は――」

父は弾かれたように電話を切り、血相を変えて武晴のもとへ駆け寄った。

その言葉に、その場の全員が息を呑んだ。

母はほとんど飛びつくようにして武晴の手首を掴んだ。

「武晴!?大丈夫?どこか変じゃない!?どこか痛いところは!」

父も青ざめた顔で、心配そうに武晴を見つめる。

賑やかだった個室が、一瞬で水を打ったように静まり返った。

母が、はっと父を見た。

「晴彦だわ!きっと晴彦よ!あの子がブレスレットを壊したのよ!武晴を殺そうとしたんだわ!なんて恐ろしい子なの、あんなに可愛がって育てたのに!」

周りの親戚たちがざわめき始める。

「晴彦くんって……普段はあんなにいい子に見えたのにねえ……」

「もう6歳にもなるのに、いくらなんでも。何をそんな恐ろしいことするのかしら」

その言葉のひとつひとつが、無数の針となって心に突き刺さった。太陽に灼かれる痛みより、1万倍も痛かった。

違う。僕は本当に……ブレスレットなんて壊してない……

僕はただ、命をお兄ちゃんに移しただけなのに……

「帰るわよ!早く!」

母は武晴を抱きかかえ、目を血走らせていた。

「一体、晴彦が何を考えてこんなことをしたのか、きっちり問い詰めてやるわ!」

父も表情を険しくし、上着をひっつかんで後を追う。

僕はその後ろを漂いながら、ふたりが慌ただしく店を出ていくのを見ていた。

家に着くなり、母は僕の部屋のドアの前まで駆けつけると、ためらいもなくドアを蹴りつけた。

――バンッ!

止めたかった。お母さん、入らないで!

こんな姿を見たら、きっと驚く。お兄ちゃんも、きっと怖がる!

でも、母の体は、実体のない僕をそのまま通り抜けた。

怒りに満ちた鋭い声が響く。

「晴彦!あなた、武晴を殺すまで気が済まないの!一体……」

その言葉の後半は、震えとともに途切れた。

「はる……晴彦……!?あなた……どうしたの?」

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