LOGIN攻略に失敗した私は、感情との交換で、元の世界に戻ることができた。 それから2年が経ったある日、システムから緊急の連絡が入る。 攻略対象の岩崎颯太(いわさき そうた)が暮らす世界を救うには、私が彼に会うしかない、というものだった。 私は即座に断った。 たとえ今は感情がなくても、以前私を傷つけた人間になどあいたくなかったから。 それでも、システムは必死に条件を提示してきたので、結局、3か月だけ戻ることで話がまとまった。 戻ったときには感情を返してくれることだけでなく、巨額の報酬も支払われることになった。 しかし、一切の感情を失った私が颯太の前に戻った時、彼は以前にも増して壊れていった。
View More10億円を手にした私は、仕事を辞めた。それからの1年は、旅をして過ごした。オーロラを見たり、スカイダイビングをしたり、ダイビングに挑戦したり。ありとあらゆるスポーツも体験して、命が燃える感覚を味わった。心が躍るたびに、かつて過ごしていたあの死んだような日々が脳裏をよぎり、私はより一層、貪るように自由な空気を吸い込んだ。旅の途中で、私は小川充(おがわ みつる)と出会った。彼は傲慢な御曹司でも、執着心の強い男でもない。笑顔が優しくて、綺麗な手をした、どこにでもいる風景写真家だった。オーロラを見たときのこと。充は私に温かいココアを差し出しながら、笑顔でこう聞いてきた。「寒いですか?」任務に縛られていた時のように機械的な返事をするのはやめ、私は肩をすくめて笑った。「ええ、ものすごく。温めてもらえますか?」それから私たちは自然と愛し合うようになった。充は私の過去を何も知らなかったが、時折、私がどこか遠くを見つめてぼーっとしているのには気づいていたようだ。そんな時、彼は理由を聞いてきたりはせずに、ただそっと歩み寄って手をつないでくれ、温かいハグで包み込んでくれた。「今夜は唐揚げにしようか?」と充が聞いた。一瞬驚いたが、私はすぐに笑って首を振った。「唐揚げは脂っこすぎるから、いや。しゃぶしゃぶが食べたいな。シャキシャキの野菜と一緒に食べる、あのさっぱりしたやつ!」「分かった。君の好きなものを食べよう」そこには変な駆け引きもなければ、顔色を窺う必要も、息の詰まるような束縛もない。ただ、ありのままの自分でいられる生活がそこにはあった。2年後、私たちは結婚した。親しい人だけを招いた、ささやかな式を挙げる。指輪を交換する瞬間、突然脳内にノイズが走り、あのシステムの声が聞こえた。「幸福指数が最高値に達しました。おめでとうございます。これで過去の闇からは完全に解放されるでしょう」目の前には誠実な瞳で見つめる充に、掌には確かな温もり。私は心の中で小さく呟いた。「じゃあね、システム。もう一生会うことはないから」「さようなら。あなたの幸せを祈っていますよ」その言葉を最後に、システムの気配は完全に消え去った。指輪をはめた充が、そっと額にキスをして微笑む。「何を考えてるの?そんなに幸せそうに笑って」私は
画面の中で泣き崩れている颯太を見て、私はシステムに尋ねる。「彼がこんな状態でも、この世界はまだ救えるの?」システムは溜息をついた。「こうなってしまった以上、もう無理ですね。岩崎さんは精神的に崩壊しきっていて、世界に対する認識も薄れてきています。何しろ、この世界の核である彼が死を望んでいる以上、この世界はもう終わりです」やっぱり。颯太は泣き止むと、ゆっくりと立ち上がった。彼は引き出しから、かつて宝物のように大事にしていたライターを取り出した。「お前がこの世界にいたくないのなら、俺が世界ごと壊してやる。天国に行くまでの道のりはきっと寒いだろうから、俺もお前と一緒に行くからな」そう言って、颯太はカーテンに火をつけた。炎はまたたく間に燃え広がり、高価な家具も、数々の思い出が詰まったあのベッドも、そして私と彼も、すべてを赤く飲み込んでいく。燃え盛る炎の中で、颯太は私の亡骸を抱きしめ、なぜか晴れやかな笑みを浮かべていた。「柚。もし来世があるのならば、その時は絶対に俺とは出会うなよ」邸宅が崩れ落ちると同時に、この世界そのものが音を立てて裂け始めた。鏡が砕けるように空にヒビが入り、その向こうには、荒れ狂う無機質なコードが見えている。大地は沈み、山も川もただのデータとなって霧散していく。颯太、澪、そしてこの世界に生きていたすべての人々が、光の粒子となって虚空に消えた。世界が崩壊したのだ。「千葉さん、大変申し訳ありませんでした。お約束通り、報酬はしっかりと支払わせていただきます」その瞬間、私は猛烈な浮遊感に襲われた。再び目を開けると、そこは見慣れた寝室で、自分のふかふかのベッドの上に寝転がっていた。窓の外には都会のネオンが輝き、下からは車の行き交う喧騒が聞こえてくる。システムも、攻略も、狂った颯太もここにはいない。脳内でシステムが、ほっとしたような声を響かせた。「約束通り、10億円を入金しておきました。それでは最後のオペレーション、感情の還元を開始します」言葉が終わるのと同時に、頭の奥で何かが弾ける感覚がした。温かい流れが全身を巡り、心臓が力強く脈打ち始める。喜び、悲しみ、怒り、恐怖、愛、憎しみ……失われていたはずの感情が、堰を切ったようにあふれ出す。私は跳ね起きると、肩で息をしなが
颯太は私の唇に切なげなキスを落とすと、地下室へと向かった。そこには、澪たちが椅子に縛り付けられていた。その後の光景は、あまりにも悲惨で、システムが閲覧制限をかけたほどだった。颯太が拷問するまでもなく、男たちは生き残るために、澪とどう連絡を取ったのか、どんな薬を使ったのか、どんな酷い方法で私を傷つけたか……動画の指示まで包み隠さず話した。澪の冷酷な言葉ひとつ残すことなく、忠実に再現してみせたのだった。証拠は揃った。澪は泣き叫んでいた。「颯太!全部あなたのためにやったの!あの女は、あなたのことなんて微塵も愛してなかった!まるで石像みたいに冷え切ってたんだから!あんな女は追い詰めて当然でしょ?それに、あなただって計画を黙認してた!彼女が苦しむ姿が見たかったんじゃないの?」この言葉が、颯太にとどめを刺した。そう、彼も同罪なのだ。私を救い出したかったのも、澪の誘拐計画を黙認したのも……すべては彼自身なのだ。颯太があんなことを考えなければ、私が死ぬことなんてなかったのだから。彼こそが澪に刃物を握らせ、私を地獄へ突き落とした元凶なのだ。颯太が笑い出した。それは掠れたひどい声で、瞳からは涙がこぼれ落ちている。「そうだな。死ぬべきなのは俺なのかもしれない」と呟きながら、彼は手術用ナイフを握りしめ、澪に近づいていく。「だがその前に、柚に詫びろ」澪は恐怖に目を見開いた。「嫌っ!やめて、颯太!お願い!いやあああああああ!!!」この世界で、颯太はついに本性をむき出しにした。ただし今回その狂気が向けられているのは私ではなく、私の命を奪った張本人だった。颯太は澪を簡単には死なせなかった。粘着質なやり方で、私よりもずっと苦しい時間を彼女に味あわせた。まるまる3日間だった。地下室からの悲鳴は、3日目の夜更けにようやく途絶えた。事後処理を終えた颯太は、寝室へと戻った。季節は真夏だったが、部屋はきんきんに冷やされていたため、私の死体は腐敗することなく、青白く固まっていた。ベッドサイドに座った颯太は髭も伸び、頬もこけて、まるで亡霊のようだった。彼は冷たくなった私の手を握りしめ、自分の頬に押し当てる。「柚、あいつらは全員消してやったからな」そう言う颯太は、まるで親に褒められるのを待っている子供のようだった。「
颯太は無言で私の亡き骸を抱きかかえると、ゆっくりと立ち上がった。それまでの荒々しさは消え去り、彼からは鳥肌が立つほどの冷静さが漂っている。背後にいるボディーガードにちらりと視線を送ると、まるで今日の夕飯でも話すような淡々とした口調で命じた。「こいつらと澪、全員連れて行け。一人残らずな」「颯太!何するつもりなの?私たちは友達でしょ!」澪は恐怖で叫び、必死に抵抗したが、ボディーガードたちに無情にも地面へねじ伏せられた。「ここを封鎖しろ。埃一粒見逃すな。全部調べ上げるんだ」颯太は私を抱えたまま歩き出した。そして、澪のそばを通る際、ふと立ち止まって彼女を見下ろした。その瞳には、死にゆくものを見るような虚無感だけが宿っていた。……岩崎家の掛かり付け医が到着し私の検死が行われ、検査結果を待っている間も颯太は頑として私を離そうとしなかった。邸宅に戻ると、彼は私をかつて二人で愛し合ったあのキングサイズのベッドへと寝かせると、ぬるま湯を汲んできて、それはとても丁寧に、私の身体の汚れと血を拭い始めた。たとえ私が、もう命を終えた亡き殻であったとしても、颯太は私が一番お気に入りだった白いドレスを着せてくれた。そしてこれは、告白された時、私が着ていたものだった。結果が出るまでの間、颯太はベッドの横に正座して、温かいタオルで冷え切った私の指先をずっと拭っていた。まるで稀少な宝物でも扱うかのように、それはあまりにも丁寧で心のこもったものだった。「柚。見てみて。もうすっかり綺麗になったぞ」颯太は冷たくなった私の手のひらに自分の頬を寄せ、しわがれた声でこうつぶやいた。「まだ怒っているのか?もしかして、俺が遅かったから?でも、わざとじゃないんだ。ただ、お前が俺を心配して慌てる姿が、どうしても見たくて……」過ちを犯した子供のように、彼は亡き骸に対して許しを乞い続けている。「澪に言われたんだ。お前を絶望の淵に追いつめ、恐怖に震えさせれば、前みたいに俺を頼ってくれるって。俺は、ただお前のその冷たい殻を破って、もう一度俺を愛してほしかっただけなんだよ……俺がお前を本当に傷つけようなんて、思うはずがないだろ?柚、愛してる。お前を誰よりも愛しているのは俺なのに……」私はモニタールームから、その様子を冷ややかに見下ろしていた。愛して