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第774話

Author: 豆々銀錠
鈴はそっと紗枝のズボンから手を離すと、静かに言った。

「お義姉さん......啓司さんに伝えてもらえますか?」

その言葉に、紗枝はふっと笑みを漏らした。

「あなたの頭がおかしいのか、それとも私の方かしらね?」

「最初は私に頭を下げて、『ここに居させてください』って懇願してきたわよね?私はもうそれを受け入れた。でも今になって『啓司さんに伝えてほしい』だなんて。どうして最初から『啓司さんに取りなして、ここにいさせてください』って正直に言わなかったの?」

淡々とした口調ながらも、紗枝の言葉には鋭さがあった。

鈴は返す言葉に詰まり、思わず口をつぐんだ。まさかここまで論理的で、理詰めに返されるとは思っていなかった。

周囲にいた使用人たちも、奥様が意地悪なのではなく、この鈴という女性の意図にこそ問題があるのだと、次第に察し始めていた。

「啓司がはっきりあなたを拒んだのに、まるで私があなたを追い出したかのように振る舞うのね。もし私の言葉にそんな力があるなら、そもそも啓司に伝えてなんて頼まないでしょう?」

紗枝の言葉は止まらなかった。

鈴は反論できず、沈黙の時間だけが長く伸びていく。ようやく、掠れた声で絞り出すように言った。

「......これは、誤解なんです」

「もういいわ、何も言わなくて。そんな芝居には付き合いきれないの。用事があるから、これで失礼するわ」

それだけ言い残して、紗枝は使用人から傘を受け取ると、さっさと外へ出ていった。すぐに迎えの車がやってきて、彼女を自宅へと送り届けた。

今、紗枝は新しい楽曲の制作や、エイリーとのコラボレーションで多忙を極めていた。鈴のことなど、構っている暇も、気にかける余裕もなかった。

一方その頃、鈴は雨の中に取り残されたまま、なおもその場に膝をついていた。どうしても諦めきれなかった。啓司があんな冷たい人間だとは、信じたくなかったのだ。

やがて、空から容赦のない雨粒が落ち始める。豆粒のような冷たい雫が、鈴の体に叩きつけられる。寒さが骨の芯まで染み込み、彼女の体は震え出していた。

そこへ、牧野が啓司を訪ねて邸を訪れた。

「......あれは、鈴さんじゃないですか?」

牧野はすぐに彼女のことを思い出した。以前、黒木家に訪れたときも彼女はいつも明るく、人懐っこい笑顔で「牧野兄ちゃん」と呼んでいた。

鈴は彼を見つ
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