「みんな、お待たせしました」お義母さんの言葉で、男子達が振り返った。途端にみんなの目が輝く。「うわぁ、すごく綺麗だ」と、祥太君。「本当に、皆さん素敵です」文都君も。「うん、やっぱり浴衣はいい。日本人は浴衣だね」颯君もうなづきながら言った。みんなにジロジロ見られると、なんだか恥ずかしい。だけれど、私達はテンションが上がっているせいか、男性陣の褒め言葉が素直に嬉しかった。颯君は、写真係も引き受けてくれて、早速私達を撮ってくれている。再びの撮影会だ。男性用の浴衣もあって、3人も浴衣姿になっていた。長身の祥太君は、爽やかさの中にも大人の色気を感じさせ、ため息が出るようなイケメンぶり。文都君は、さすが落ち着いた雰囲気で、眼鏡も良い感じで浴衣と合っていて本当に素敵だ。颯君は、浴衣さえもオシャレに着こなしていて、驚く程にカッコいい。3人ともに、人気雑誌の表紙を飾るモデルさんみたいだ。「全員で撮ろうよ」「そうしよう」私達は、旅館の方にお願いし、旅行の思い出に集合写真を撮ることにした。6人で撮るのはもちろん初めてだったから、とても記念になる。「ありがとうございます」「本当に皆さん素敵ですね。こんな美男美女のお客様は初めてですよ」番頭さんのようなおじさまが気さくに話してくれた。「そうでしょ?この子達は全員イケメンだから」お義母さんが言った。「本当に、こんなイケメンさんは見た事ないですよ。さっきもね、うちの仲居達がみんなキャーキャー言ってましてね。かっこいい、かっこいいって大騒ぎでしたよ」そう言って笑うおじさん。やはりここでも3人は目立つ存在なんだ。どこにいても隠しきれないオーラがつきまとうから仕方ない。1人でもキラキラしているのに、3人だともう眩し過ぎてオーラが全開になる。旅館にいる女性達全員の視線を集めること間違いなしだ。「では、ゆっくり散策しよう」祥太君の合図で、私達は、近くの散策路を歩くことにした。深呼吸すると気持ちが良い。空気が澄んでいるのがよくわかった。すぐ近くを流れる川のせせらぎも心地よい。自然の音を聴きながら歩くと、今だけは日常の忙しさを忘れられた。この上なく贅沢な時間だ――「颯君。ねえ、一緒に写真撮って」ひなこちゃんが言った。「あ、ああ」「じゃあ、俺が撮るよ」祥太君がカメラを構えた。近
「みんな、着きましたよ」「祥太君、運転お疲れ様」「ありがとう、疲れたでしょ?」みんなが祥太君にお礼を言った。全く疲れた素振りも見せず、ずっと笑顔で紳士に振る舞う祥太君は、すごくカッコいい。それぞれに荷物を持って、立派な佇まいの和風旅館の中に入った。広いロビーはとても落ち着いた雰囲気で、飾ってあるお花も全て本物、装飾品もとても美しかった。素敵――まさにその言葉に尽きる。「お待ち致しておりました。本日はようこそいらっしゃいました」「お世話になります」「どうぞ、こちらにお願い致します」代表の颯君がチェックインを済ませ、その後案内されたのは、ベランダや窓から海が見える最高のお部屋だった。かなりグレードの高いお部屋だろう。男性と女性に別れて、隣同士。食事は、男性の部屋でみんなでとる事になった。私達女性陣は、まず自分達の部屋で浴衣に着替えた。一人一人違う色と柄の浴衣を数種類用意してくれていて、部屋に入る前に選べるようになっている。それもこの旅館の売りになっているようだ。ひなこちゃんは、花柄でピンクっぽい浴衣を選んだ。さすがに若くて可愛いひなこちゃんにはとても良く似合う。お義母さんは深い緑。落ち着いていて、すごく綺麗だ。若返って見える浴衣に、テンションが上がっている。私は、少し冒険して、派手ではない深い赤色の浴衣を選んだ。ずっと着てみたかった色で、袖を通すと自分の思い通りの雰囲気で嬉しくなった。髪を簡単にアップして、貸してもらったかんざしで止めた。普段しない格好に、自然に気持ちが高揚する。「お義母さん、本当に綺麗ですね。良くお似合いです」「本当に?こんな素敵な浴衣が着れるなんて嬉しいわね」「颯君が選んだ理由のひとつがこの浴衣らしいですよ。私達のために、いろいろ考えてくれてありがたいですね」「そうね。颯君も、祥太君も文都君も……あの子たちは本当にいい子ね。それに比べて健太は……」「お義母さん……」「私の育て方が悪かったのかしらね。昔はあんな子じゃなかったのよ。とても優しい子だったのに。父親がいなくなって、寂しかったのかしらね」お義母さんはため息をついた。あの人の父親とお義母さんはとっくの昔に離婚していた。父親は……かなりの遊び人だったらしい。お義母さんが最近私に話してくれた。きっとお義母さんも、つらい日々を送っていた
でも、今の私には……お義母さんがいる幸せ。祥太君、文都君、颯君、ひなこちゃんがいる幸せ。ずっとやりたかったペンションの真似事をさせてもらってる幸せ……こんなにもたくさんの幸せがある。それは、本当に素敵なこと。必死に生き抜いてきたご褒美なのか?旦那を失って、川崎君もいなくなって……本当にいろいろなことがあったけれど、私は、あのまま旦那といたらずっと川崎君との不倫を続けていたかも知れない。一生、女として見てもらうこともなく、寂しさを埋めるために、川崎君への愛情もないままイケナイ関係を続けて……そんな人生を想像すると何だかぞっとした。同居人を募って、新しい人生を踏み出したことが本当に良かった。今のこの状況があるのは、パパと3人の素晴らしい青年のおかげ。私は、暗くて深い沼の底から、ようやく明るい光の中に抜け出せたんだ。人生って……本当にわからない。もう二度と、自分自身の人生は後悔したくなかった。そして、目の前にいるみんなにも、自分達の人生を後悔してほしくない……そう願わずにはいられなかった。温泉街に入ると、みんな一気にテンションが上がったようで、会話も更に弾んだ。優しい3人が、交代で会話を盛り上げてくれている。女性陣を最大限に気遣ってくれ、まるでお姫様にでもなったような気分にさせてくれた。こんな楽しい時間は何年ぶりだろう?ううん、初めてかも知れない。「ほら、あそこだよ。今日みんなで泊まる旅館」颯君が指をさしながら言った。「まあ!すごく立派な旅館じゃない。こんなところに泊まれるなんて、ほんと楽しみだわ」「でしょ?ここ、部屋にも小さな露天風呂があってロケーションも抜群だから」颯君は、たくさん調べて素晴らしい旅館を予約してくれていた。
いよいよ旅行の当日。最高のお天気にワクワクが何倍にも膨らむ。息が少し白く濁り、肌寒さは感じるけれど、そんなことは気にならないくらい朝の空気が気持ちが良かった。「とうとう旅行に行けるのね~。ずっと楽しみだったから、早く温泉に入りたいわね」「昌子さん。今日の温泉旅館、露天風呂もありますからね。景色も良いらしいですよ」「まあ!露天風呂があるの?嬉しいわ~。本当に楽しみだわね。食事も美味しいみたいだし、どんなものが出るのかしらね~」「懐石料理ですよ。昌子さんの好きなものがたくさん出てくると思いますよ。きっと」「あら、本当に?祥太君はやっぱり優しいわね」お義母さんは、ここぞとばかりに祥太君にしがみついている。何だか可愛い。「さあ、みんな乗って」「ありがとうございます。祥太君、よろしくお願いします」「祥太兄、運転よろしく」「任せて」唯一、免許を持っている祥太君が運転手になってくれた。車は、レンタカーを借りた。うちの車は旦那が持っていってしまったから。8人乗りの車の助手席にお義母さんが座り、私とひなこちゃんが2列目に。後部座席に文都君と颯君が座った。お義母さんは、祥太君の隣でテンションが最高潮に上がっている。「昌子さん、隣同士でデートみたいですね」その言葉に、お義母さんは頬を赤らめた。「まあ、祥太君ったら。ほんと、こうして車に乗っていると若い頃を思い出すわ。これでも昔は何人もの男性とデートしたのよ」「わかりますよ。昌子さん、お綺麗ですから」「やだもう、ほんと、嬉しいわね。でも、あの頃はもっとスリムでミニスカートも似合ってたのよ」きっとモテたんだろう、お義母さんは本当に美人さんだから。それに比べて私の若い頃は……本当に、我慢我慢の連続だった。あの人とのことはもちろんだけれど、出会う前も、ドキドキするような恋愛はしたことが無かった。パパや兄といることは大好きだったけれど、みんないつだって仕事が忙しくて。なかなかかまってもらえず……ママは、早くに病気で亡くなってしまって、子どもの頃は本当にすごく寂しかった。もしママがいてくれたら、私の人生はまた違うものなっていただろう。つらいことや心配ごとがあっても、誰にも相談できずに1人泣いていた時もあった。でも、それを今さら嘆いても仕方がない。そんなことを天国のママが聞いたら絶対に悲
次の日、颯君がお義母さんに声をかけてくれた。「まあ、どうしましょう。嬉しいわぁ、何を着ていこうかしらね。あと、何を用意しなきゃいけないのかしら。温泉だから……」「昌子さん、大丈夫ですよ。慌てなくてもまだもう少し先だから」「あら、颯君、旅行は準備が肝心なんだから。忘れ物したらテンション下がるでしょ」「確かに。じゃあ、準備万端で」「そうね、本当に大変だわ。うわぁ、ちょっと待って、ダイエットは間に合うかしら」「お義母さん。ダイエットなんてしなくても大丈夫ですよ。スタイルいいんですから」「結菜さん、あなたは若いからそんな余裕があるのよ。私は今からしないと間に合わないわ。あ~忙しい忙しい」なんやかんや言って、お義母さんは誰よりも1番喜んでいる。それも、すごく嬉しいけれど。誰かが嬉しい姿、喜ぶ姿を見るのはとても優しい気持ちになれる。旅行は11月に決まった。あと、少しだ。たった1泊だけど、それでもすごく楽しみだ。ひなこちゃんは旅行の話を聞いてどうなんだろう?颯君のことが好きなひなこちゃんとは、あれから全然ゆっくり話せていない。旅行のことを颯君から聞いたなら、ひなこちゃんもきっと喜んだに違いない。それぞれの気持ちを乗せて、1日1日が慌ただしく過ぎていった。楽団を頑張っている祥太君は、大切なコンサートの真っ最中。日々の練習もハードで、さすがに少し疲れているようだった。あんな迫力のあるコンサートをすれば、かなりの体力が奪われるだろうけど、終わってすぐの旅行を楽しみに頑張ると言ってくれている。文都君も、英会話を教えながらの勉強はかなり大変なはずなのに、どうしてこんなにも頑張れるのだろう。毎日笑顔でいる文都君には、私が元気をもらっている。颯君の風景画も、順調に描き進めていて、たまに眺めさせてもらっている。写実的な夕日と川、建物……あまりにも綺麗で繊細な世界に何だか吸い込まれそうな気がする。お義母さんは指折り数えて旅行を待っているし、ひなこちゃんもワクワクしているようだ。私も、旅行のことを考えたら、いろいろ頑張れたし生活にハリが出た。たまの息抜きは、人生においてとても大事なんだ。当たり前のことに、今になって改めて気づくなんて、私は本当に寂しい人生を送っていた。損をしていた時間を取り戻して、自分なりに楽しみをどんどん見つけていきたい……あ
「祥太君……。そんなに言ってもらえて、すごく嬉しいけど……本当にいろいろごめんね。私のせいですごく悩ませてるね」誠実に言ってくれた言葉が、痛いほど胸に突き刺さった。「俺のことばっかり言ってごめんね。いや、俺はもちろんだけど、文都も颯も結菜ちゃんのこと本気で好きなんだ。言わば、俺達はライバルってことだよね。しかも、かなり強力な」祥太君は、ちょっと笑った。「ライバル……」「うん、ライバル。でも、アイツらは本当に良い奴だから。だから、3人で協力して結菜ちゃんを楽しませたいって思って。颯がアイディアを出してくれてさ。温泉旅行にしようって」「そうだったんだね。本当に嬉しいよ。温泉なんて、久しぶりだし、子どもが遠足に行くのを楽しみにしてるみたいな気分でワクワクしちゃって」恥ずかしいけれど、旅行を楽しみにしていることを思いのまま伝えたかった。「ワクワクしてるのは結菜ちゃんだけじゃないよ。俺達3人はその何倍もワクワクしてる。だってさ、大好きな人と旅行に行けるんだから」祥太君、本当にズルい。そんなことを言って……すごくズルいよ。私は、今、きっとものすごく顔が赤いだろう。この歳になって、こんなにキュンキュンするなんて思ってもみなかった。旦那との苦しい生活から考えれば、こんな瞬間が来るなんて想像もできなかった。「ま、2人きりじゃないのは残念だけど」「えっ」そう言って、祥太君は席を立った。「ねえ結菜ちゃん。嫌なことを全部忘れられるような旅行にしよう。楽しみにしてるから」祥太君は、私をさらにキュンとさせて部屋に戻った。3人とも、本当に素敵な青年だ。私は、間違いなく、3人が好き――祥太君も、文都君も、颯君も。だけど、これは恋なのだろうか?ドキドキしたり、不安になったり、泣いてしまったり、私は、今、たくさんの刺激の中で生きている。こんなことは、人生で初めての経験だ。とにかく、旅行を提案してくれたみんなに感謝して、今は「楽しむ」ことだけを考えたい。せっかくもらった大切なプレゼントだから――