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第209話

Auteur: 十一
陽一は車を持っていて、しかも二人の方向も同じだったので、凛は自然と彼と一緒に行くことになった。

古い団地には車庫がなく、向かいのショッピングモールに車を停めてから、団地まで歩いて戻る必要があった。

途中、二人はポプラの林を通りかかったとき、突然強い風が吹き荒れた。

ポプラの綿毛が一気に舞い上がり、白い雪のように空中を乱れ飛んだ。

「ハクション——」

凛は思わずくしゃみをした。

「ごめん、私……ハクション——」

連続してくしゃみが出るのを見て、陽一は凛がアレルギーだと気づき、慌ててポケットからティッシュのパックを取り出し、封を開けて一枚抜き、手渡した。

「まず鼻を押さえて、小さく呼吸して」

凛は言われた通りにすると、鼻がたしかに楽になった。

二人は足早に家へ向かった。

玄関先で別れた後、凛は素早くドアを閉め、振り向いた瞬間に七、八回もくしゃみをした。

ようやく止まった頃には、鼻はすっかり真っ赤になっていた。

帝都はどこも住みやすいが、毎年綿毛が舞うこの数ヶ月だけは、本当に命を削られる思いだった。

もう七、八年もここで暮らしているというのに、どうしても慣れない。

十分ほど休んでから、熱いお湯を大きなコップで一気に飲み、ようやく凛は楽になった。

冷蔵庫を開けて食材を取り出し、翌日研究室に持っていく昼食の準備を始めた。

調理が終わり、容器に詰めてキッチンを片付ける頃には、もうすぐ十一時になっていた。

ゴミ箱を覗くと、中には卵の殻や腐った野菜の葉が入っていて、凛はため息をつき、仕方なくゴミを捨てに階下へ降りた。

戻る途中、まだ団地の建物に入る前に、携帯が鳴った。

「もしもし、悟、何か用?」

「凛さん、気をつけてください!海斗さんがあんたのところにまっすぐ向かってるんっすよ、止めようとしてもダメっす!海斗さん、けっこう酔っててさ、暴走しそうで心配で……」

凛は警戒して周囲を見回し、「わかった」と言いかけたそのとき、突然黒い影が飛び出してきた。

「あっ――」

「凛……」海斗は全身に酒の匂いをまとい、頬を赤らめ、酔いでぼんやりとした目で彼女を見つめていた。

電話の向こうでは、「凛さん?凛さん!?どうしたんっすか?なんで急に喋らなく……」

悟の焦った声が聞こえてきた。

海斗は凛の手首を掴み、スマホをひったくると、そのまま通話を切っ
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