Share

第2話

Author: 雪吹(ふぶき)ルリ
真夕も彼を見つめていた。声は軽かったが、しっかりとした口調で繰り返した。「離婚しよう、司。これが誕生日プレゼントよ。どう?」

司の端正な眉目は微動だにもしなかった。「俺が誕生日を一緒に過ごさなかったからって、離婚するってことか?」

真夕は言った。「彩が帰国したんだよね?」

彩の名前が出た瞬間、司は冷たい唇をわずかに持ち上げ、嘲るように笑った。

彼は長い脚で一歩一歩と近づきながら言った。「彩のこと、まだ気にしているのか?」

司は最年少のビジネス界の戦神として、権力、地位、金、そして身分が折り重なった圧倒的なオーラを纏っていた。彼が近づくにつれ、真夕は無意識に後退せざるを得なかった。

細い背中に冷たさが走った。壁にぶつかったのだった。

その瞬間、視界が暗くなった。司が体を近づけ、片手を真夕の頭の横の壁につき、彼女を自分の鍛え上げられた胸と壁の間に閉じ込めた。

司はその美しい瞳を伏せて彼女を見つめ、唇の端に嘲笑を浮かべた。「浜島市中の人みんな、俺が結婚する相手は彩だと知っている。君があれこれ画策して堀田家に嫁いできた時、それを知らなかったとでも言うのか?当時は気にしなかったのに、今さら何を感傷ぶっているの?」

真夕の顔色がさっと青ざめた。

そうだ。彼が結婚したかった相手は彩だった。

もし彼が植物状態になっていなければ、自分が嫁ぐことなんてあり得なかった。

彼が目覚めたあの日、最初に目にしたのは自分だった。彼の目に浮かんだあの失望と冷淡さを、真夕は一生忘れない。

それから二人はずっと別室で寝ていた。彼は一度も彼女に触れなかった。

彼が愛しているのは彩なんだ。

そんなこと、全部知っていた。それでも……

真夕はじっと司の顔を見つめた。その顔が、かつての幼い少年の顔と重なっていく。司、あなた、本当に私のこと覚えていないの?

気づけば、昔のままでいるは自分だけだった。

もういい。

この三年間は、自分なりの愛の証だった。

真夕は胸の痛みを押し殺して言った。「司、このセックスレスな結婚生活、終わらせよう」

司は突然眉を持ち上げ、低く響く声で言った。「セックスレス?」

彼は手を伸ばして彼女の小さな顎をつかみ、親指を彼女の赤い唇に当て、遊ぶようにこすった。「なるほど、離婚騒ぎの原因はそれか。欲しいってことか?」

真夕の清楚な顔が一気に赤く染まり、熟れたベリーのように真っ赤になった。

そんな意味じゃない!

親指が唇に残る微かな指紋と共に、悪意があるように押し付けられた。こんな高貴で整った顔立ちの男にも、こんな大人びて軽薄な一面があるとは思わなかった。

彼は、指先で彼女の唇をもてあそんでいた。

司がこれほど間近で真夕を見たのは初めてだった。彼女はいつも黒や白の服を着て、大きな黒縁メガネをかけているから、まるでおばさんのような格好だった。

だが近くで見ると、小さな顔は手のひらほどの大きさしかなく、黒縁メガネの下の顔立ちは清楚で美しかった。澄んだ鹿のような瞳が際立ち、まさに絶世の美女だった。

その唇は柔らかかった。

指先に押し付けられていたところは赤みが消えるが、すぐに元の色に戻り、ぷるんと弾けた。

思わずキスしたくなった。

司の瞳がわずかに暗くなった。「まさか、堀田家の奥様はそんなに欲望が強かったのか。そんなに男が欲しいのか?」

パッ!

真夕は彼の頬にビンタを叩き込んだ。

司の顔が横に吹っ飛んだ。

真夕の指先は震えていた。やはり、愛が卑屈すぎると、誠意は踏みにじられる。彼は真夕をこんなにも侮辱したのだ。

真夕は怒りと恥で言った。「あなたが彩を忘れられないのは知っている。だからこそ、私はあなたたちのために奥様の座を返してあげるわ」

司の顔色が一瞬で凍り付き、冷気を帯びた。高貴な彼が、人にビンタされたことなど一度もなかったからだ。

司は冷たい視線で彼女を見た。「真夕、君は嫁ぎたい時に嫁いで、離婚したい時に離婚するつもりか?俺のことを何だと思っている?」

真夕は笑った。「おもちゃよ」

なんだと?

司は目を見開いた。

真夕は胸の痛みを押し殺しながら言った。「あなたは彩から奪い取ったおもちゃだよ。もう飽きたから捨ているの」

司の目はますます暗くなった。「いいだろう、真夕。離婚だ。だが二度と泣きついて復縁を頼むなよ!」

司は階段を上り、書斎に入った。ドアを思い切り叩きつけた。

真夕はすべての力を失ったように、壁に沿ってゆっくりと崩れ落ちた。

彼女はカーペットの上でしゃがみ、自分の体を抱きしめた。「司、もう二度とあなたを愛さないから」

……

翌朝。

美濃が書斎のドアを開けて入ってきた。

司はデスクで書類を見ていた。彼は仕事マニアで有名だ。

美濃が声をかけた。「旦那様」

司は顔を上げなかった。機嫌が悪いのは明らかで、室内の空気は凍り付いていた。

美濃はおそるおそるコーヒーを彼の手元に置いた。「旦那様、これは奥様がお作りになったコーヒーです」

司は手を止めた。冷たい表情に少し和らぎが見えた。

これは和解のサインか?

正直言って真夕は良い妻だった。彼の好みに合わせて料理を作り、衣類を手洗いし、生活のすべてを丁寧に整えてくれた。

司はコーヒーを飲んだ。一口飲むと、確かに彼の好みの味だった。

だが、彼はまだ怒っていた。

昨晩、彼女にビンタされた。この怒りはしばらく消えない。

コーヒー一杯で済む問題ではない。

司は尋ねた。「真夕は反省しているのか?」

美濃は奇妙な表情で彼を見た。「……旦那様、奥様は出て行きました」

司は驚いて顔を上げた。

美濃はある物を取り出した。「奥様はスーツケースを持って出て行きました。これは奥様から旦那様への伝言です」

司は紙を受け取って開いた。そこには「離婚協議書」の文字があった。

司は一瞬言葉を失った。和解かと思っていたのに!

美濃が言いました。「旦那様、奥様は、コーヒーを飲んだら早くサインしてと言っていました」

司は冷たい目でコーヒーを睨んだ。「捨てろ!全部!」

美濃が思った。「さっきは気に入ってたくせに、今は嫌なの?」

ただ美濃は余計なことを言わず、急いでコーヒーを片付けた。

司の顔には暗雲が立ち込めた。離婚協議書をさっと見た。彼女は何も要求せず、身一つで出て行くと書いてあった。

司は冷笑した。気骨あるじゃないか。一銭もいらないなんて。田舎出身の君が、これからどうやって暮らすつもりだ?

三年前、あれほど執念深く嫁いできたのは金のためじゃなかったのか?

その時、司の目が鋭く細められた。離婚理由が目に入ったのだ。

それは真夕の直筆だ。「男性側の性機能障害により夫婦関係が成立しないため」

司「……」

彼の美しい顔が真っ黒に染まった。

このクソ女!

司はスマホを取り出し、すぐに真夕に電話をかけた。

電話がすぐに繋がった。真夕の清らかな声が響いた。「もしもし」
Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 元夫、ナニが終わった日   第1113話

    和也と洋子がレストランに戻ると、真夕は洋子を見て言った。「さっきの嫌な人、追い払えた?」洋子はにこりと笑った。「ええ」ただ、雪菜という相手は厄介だ。きっとこれからも絡んでくるだろう。もっとも、そこは重要ではない。洋子は誰よりも、妊娠ということの大事さを理解している。自分は絶対的な切り札を手に入れなければならない。真夕が洋子に共感しているのは、二人が共に優秀な女性だからだけではない。育った環境や抱えている問題も似ている。真夕にも厄介な妹、彩がいるのだ。和也「食べ終わったし、そろそろ帰ろうか」司は星羅を抱きながら、「じゃあ、また今度」と微笑んだ。洋子「堀田社長、池本先生、星羅、またね」和也と洋子はレストランを後にした。……レストランを出ると、和也は聞いた。「帰るか?」洋子は頷いた。「帰ろう。私、車で来てるけど」和也は車のキーを取り出した。「君の車は置いていけばいい。俺の車で帰ろう」洋子は素直に頷いた。「わかった」彼女は助手席に乗り込み、和也はハンドルを握った。三十分ほどで別荘に到着した。良枝がすぐに迎えに出てきた。「若旦那様、若奥様、お帰りなさい!もうお食事はお済みですか?」洋子「良枝、もういいよ」和也「俺は書斎で少し仕事を片付けてくる」彼はそのまま階段を上がり、書斎に入った。良枝が歩み寄り、声を落とした。「若奥様、今夜も若旦那様にお茶を淹れますか?旦那様は、若旦那様と若奥様がご夫婦になられて、とてもお喜びでしたよ。若奥様がご懐妊なさったら、それは常陸家の長男ですからね!」洋子は、この子がどれほど重要か分かっている。林家には自分と雪菜の二人の娘しかいない。もし自分が妊娠すれば、この子は林家を継げるうえ、将来は常陸家の後継者となる。彼女は職業的にはバリバリのキャリアウーマンだが、名家における跡継ぎの価値もよく理解している。だから、どうしても妊娠しなければならない。洋子「良枝、今夜はお茶を淹れるだけじゃなくて……量も増やして!」彼女はすでに計算している。今日と明日は、最も受胎しやすいタイミングなのだ。逃すわけにはいかない。良枝は花が咲いたような笑顔になった。「任せてくださいませ、若奥様!全部私がやります!」洋子「でも、彼には気付かれないように」良枝「もちろんです!若旦

  • 元夫、ナニが終わった日   第1112話

    洋子の笑みがぴたりと固まった。どう見ても、和也はずっと前からそこにいて、一部始終を眺めていたらしい。洋子の頭が一瞬フリーズし、さっき自分が何を言ったかを高速で思い出そうとした。和也のことを顔がいいと言った。スタイルがいいと言った。一晩に七回と言った。うん、問題ない。全部褒め言葉だし。洋子はすぐに唇を弧にし、歩み寄った。「どうしてここに?」和也は、洋子のさっきまでの表情の変化を全て見ていた。わざと自分を使って雪菜を刺激し、自分を見つけた途端に固まり、気まずそうになり……そして今は、いつもの冷静で落ち着いた態度に戻っている。こいつ、案外演じるのが上手いらしい。和也は口角を上げた。「君がなかなか戻らないから、様子を見に来ただけだ」「私は大丈夫。ちょっと話してただけ。そろそろ戻ろう」そのとき、雪菜が和也を見て目を輝かせた。「お義兄さん」彼女は甘ったるい声で呼んだ。和也は彼女へと視線を向けた。「今夜私、泊まるところがなくて……お姉さんとお義兄さんのところに泊めてもらってもいい?さっきお姉さんに断られちゃって……ひとりで外に泊まるの、危険でしょ?」すぐに「可哀想アピール」と「甘え」が始まった。洋子は和也を見上げた。彼がどう答えるのか、分からない。別荘は和也の家であり、彼が主人だ。もし彼が雪菜を連れて帰ると言ったら、自分はそれを止められない。出ていくしかない。それに、和也が雪菜をどう思うのかも分からない。雪菜は男受けするタイプだ。追いかける男はいつも途切れない。もし和也も雪菜を可愛いと思ったら?洋子は、自分が和也をよく知らないことを改めて感じた。彼の答えを、じっと待つしかない。和也は雪菜に言った。「悪いけど、うちは全部、君のお姉さんの意見に従ってるんだ。さっきお姉さんが『ダメ』って言ったよね。ダメなものはダメだ」洋子のまつげが小さく震えた。彼が言いそうな言葉を、心の中で何十通りも想像していた。だが、彼がこう言うなんて、思わなかった。家は全部洋子の意見に従っているのだ、と。そのとき、和也は洋子の肩を抱き寄せた。「行こう」洋子は「うん」と頷いた。二人はそのまま雪菜の横を通り過ぎた。雪菜の胸の中では、怒りがもはや煙のように立っている。あなたの持っているものは、全部奪っ

  • 元夫、ナニが終わった日   第1111話

    洋子は動かず、スマホを受け取ろうとしない。雪菜は不安げに言った。「お姉さん、なんで電話に出ないの?お父さんが知ったらきっと悲しむよ?」洋子は冷たく笑った。「大丈夫よ。お父さんにはあなたという『良い娘』がいるんだから、私のことで悲しむわけないでしょ。そんなにお父さんが悲しむのが嫌なら、自分で切れば?」雪菜は言葉を失った。父親の電話を切るなんてありえない。雪菜は仕方なくスマホを自分で持ち、「じゃあ、スピーカーにするね」と言った。彼女はスピーカーをオンにした。すると、健治の声がはっきり響いた。「もしもし、洋子」さっき雪菜に話す時の声は、柔らかく甘い愛情に満ちていた。だが「洋子」と呼ぶ声は、一転して冷たく、よそよそしい。洋子は心の中で嘲笑した。父親は、もう何年も前から父親の演技すら放棄している。洋子は淡々と言った。「もしもし。お父さん、何か指示があるなら言って。聞いてるわ」「洋子、君の妹の雪菜はもう栄市に着いた。君は雪菜のお姉さんだ。ちゃんと面倒を見てやりなさい」洋子は即答した。「お父さんがそう言うなら面倒を見てもいいけど……本当に私でいいの?私は昔から人の世話なんてしたことないのよ。大事な娘を傷つけても文句言わないでね?」「洋子、そんなことを言うな!」洋子は冷ややかに言った。「じゃあ私の邪魔をしないで。表面だけの平和なら保ってあげる。でも、誰かがわざわざ私を不愉快にしに来るなら、私は容赦しない」健治の怒気は電話越しでも伝わった。「洋子、その態度は何だ!お父さんに向かってなんという口の利き方だ。礼儀は?」親子が険悪になる様子を見て、一番嬉しそうなのは雪菜だ。彼女はあざとくもったいぶった声で言った。「お姉さん、なんでそんなにわがままなの?お父さんを怒らせなくてもいいのに」洋子は冷笑した。「お父さんは私を産んだけど、育ててはいない。だから礼儀なんてあるはずないでしょ」健治「君!もうすぐ雪菜は林家に入るんだ!」洋子は一歩も引かず言った。「それは絶対に認めない」健治「君が認めなくても無駄だ!私は親父を説得するからな。雪菜は林家の血だ。外に置いておくわけにはいかん!」そう?大旦那様を説得、ね。洋子はそっと自分の下腹部に手を置いた。もし自分が早く和也の子を授かれば、大旦那様は必ず自分に林グループを継

  • 元夫、ナニが終わった日   第1110話

    林家の家主はまだ雪菜を認めていない。だから林家は、この私生児を常陸家の若き当主である和也の前に出すつもりなど毛頭ないのだ。和也が尋ねた。「こちらの方は?」雪菜は和也を見つめ、瞳を輝かせている。和也は彼女を知らない。しかし、彼女は和也を知っている。洋子との政略結婚、その相手であるトップクラスの夫だ。その時、彼を一目見て恋に落ちていた。だが、この男性は彼女のものではない。触れることさえ許されない存在だ。そんな相手からの問いに、雪菜はすぐさま声を弾ませた。「お義兄さん、こんにちは。私、林雪菜なの!」「お義兄さん?」と、和也は洋子を見た。「洋子、彼女、君の妹か?でも林家には君ひとりしか娘はいないはずだろ?」洋子は雪菜をまっすぐ見据えた。「聞こえた?林家の娘は私ひとりだ。だから『お姉さん』なんて呼ばない方がいいわ。私生児って恥ずかしくない?私は見てるだけで恥ずかしいけど」雪菜の顔色がさっと青ざめ、すぐに可憐で弱々しい表情を作った。「お姉さん、どうしてそんな言い方をするの?お姉さんは私を妹だと思ってなくても、私はずっとお姉さんだと思ってたんだよ。さっきお姉さんとお兄さんが一緒にいるのを見て、すごく嬉しかったのに……」洋子は淡々と言った。「今すぐここを離れてくれるなら、私はもっと嬉しいけど?」雪菜は言葉を詰まらせた。「……」まったくもって言い返せない。雪菜はぶりっ子である小悪魔系女子を装うのが得意だが、洋子は彼女をつぶすことに関してはさらに上手で、雪菜は一度も優位に立てたことがない。真夕が柔らかく言った。「では、食事を続けよう」雪菜は真夕を見、それから司にも視線を向けた。司を見た瞬間、彼女の目がもう一度輝いた。「お姉さん、このお二人は?」洋子が紹介した。「こちら堀田社長。そしてこちらが池本先生よ」なるほど、あの有名な堀田グループの社長である堀田司と、伝説の名医である池本真夕か。雪菜は司をちらりと見た。彼女はもう結婚適齢期だが、私生児の立場で、父親が探してきた政略結婚の相手はどれも気に入らない。なのに洋子の周りには、こんなにも権力と地位のある男性が揃っている。雪菜は嫉妒で胸が締め付けられた。洋子は林家の嫡長女として、最高の資源を与えられ、自身も努力して頭角を現した。自分とは違い、彼女はいつも「主役」で、

  • 元夫、ナニが終わった日   第1109話

    和也はここで洋子を見るとは思ってもみなかった。「どうしてここに?」洋子は一枚のデザイン図稿を手にしている。「ここで仕事しているの。ちょうど出てきたらあなたを見かけてね」洋子は司と真夕に視線を向けた。「あなたの友達を紹介してくれないの?」和也「俺の親友の堀田司、そして仲のいい友達の池本真夕だ」洋子は司を見て挨拶した。「堀田社長、こんにちは」続いて真夕に向き直った。「池本先生、お名前はかねがね伺ってる。お会いできて光栄だ」本物の美女と才女のあいだには、いつだって互いを認め合う空気がある。真夕は洋子にとても良い印象を持ち、洋子も真夕に好感を抱いている。真夕はにこりと笑った。「林さん、こんにちは」星羅が甘えた声で言った。「お姉さん、こんにちは。私は星羅だよ」和也「星羅、彼女をお姉さんと呼ぶのに、俺のことはおじさんって呼ぶのか?それじゃあ順序がおかしくなるだろ」星羅「でもそう呼びたいんだもん」和也「わかった。星羅が好きにすればいい」真夕「林さん、せっかくのご縁だし、今夜一緒に夕食はいかが?」司「ここは俺がおごるよ」洋子は和也を見た。「私は時間あるけど、あなたは?」和也「いいよ。一緒に行こう」五人はレストランに行き、窓際の席に座った。司、真夕、星羅が並び、和也と洋子は向かい合うように座った。真夕「林さん、デザイナーなの?」洋子は頷いた。「はい。実は私の林家は代々デザインの家系で、私も小さい頃からずっとデザインを学んできたわ」和也は彼女を見つめて言った。「そこまで無理しなくてもいいのに」洋子は仕事に熱心で、毎日のように遅くまで働いている。洋子は和也をちらりと見た。彼は羨むほど恵まれた人間だ。常陸家の長男であり一人息子である彼には、危機感などあるはずもないだろう。自分は違う。努力しなければならない。進まなければならない。司が笑った。「和也の言いたいことは、多分ね、奥さんなら彼が養ってあげられるってことだよ」洋子は口元を上げた。「女性には自分のキャリアが必要よ。誰かに養われるなんて、私は御免だわ」真夕も大きく頷いた。「私も同じだ。仕事に打ち込む女性こそ一番美しいと思う」真夕と洋子は視線を交わし、互いへの敬意がその目に浮かんでいる。和也は少し驚いた。この二人がここまで気が合うとは

  • 元夫、ナニが終わった日   第1108話

    和也「真夕、今どこ?今夜は俺がご馳走するよ」和也にとって真夕は、今や気の置けない友達のような存在だ。以前真夕に奢ってもらったし、今日はそのお返しをしたい。洋子のせいで気分は散々で、真夕と一緒にいる時だけ心が落ち着く。真夕「和也、今夜は時間ないの。星羅と一緒にいるのよ」真夕は最近多忙で、星羅と過ごせる時間がめったにない。和也「星羅は今一緒にいるのか?」真夕「そうよ。今、遊園地にいるの。司も一緒」司も?和也は即座に言った。「今どこだ?俺も行く」真夕「じゃあ住所を送るね」電話を切ると、すぐに真夕から位置情報が送られてきた。和也は書類を置き、車の鍵をつかみ、遊園地へと向かった。……三十分後、和也はその大型遊園地に到着した。そして人混みの中、一目で司、真夕と星羅を見つけた。美形の親に、人形のように愛らしい小さな女の子。絵に描いたような高スペ一家で、どこにいても目立ってしまう。見つけるなと言うほうが無理だ。和也は近づいた。「司、真夕、星羅」司が振り向いた。「どうした?こんなところまで来るなんて」真夕は星羅を抱き上げた。「星羅、和也おじさんよ」星羅は幼い声で挨拶した。「おじさん、こんにちは!」和也はその小さな頬をそっと撫でながら言った。「星羅、こんにちは。ほんと可愛いな。お父さんとお母さんのいいとこ全部もらったな」星羅は甘えた声で言った。「おじさんも、かっこいい!」司「星羅、じゃあおじさんとパパ、どっちがかっこいい?」星羅「どっちも、かっこいい!」司がさらに聞こうとしたが、真夕は笑いながら止めた。「もういいでしょ、司。星羅が和也をかっこいいって言ったくらいで嫉妬?」和也「司、もう完全に娘バカだな」司は得意げに胸を張った。「子どもがいないから分からないだろう、娘を持つってのはこういう気持ちなんだ!」星羅「おじさんの娘は、きっとすっごく可愛いよ!」その言葉に、和也はふと固まった。昨夜、避妊対策をしなかったことが脳裏をよぎったからだ。司はじっと和也を見つめながら言った。「和也、君、なんか様子変だぞ。どうした?何かあったな」幼馴染同士として、司には、和也の変化など一目で分かる。だが、和也は相談に乗る気はない。司はますます怪しんできた。「和也、奥さんは?昨夜、政略

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status