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第447話

Author: こふまる
「え?」夕月は首を傾げた。

「聴診器で俺の心臓を聴いた時、愛を叫んでいる音が聞こえなかったのか?」

看護師が血液検査の結果を届けに入ってきて、病室に現れたもう一人のハンサムな男性を見て一瞬ためらった。

彼女は勇気を振り絞って口を開いた。「面会時間が終わりました。明日また来てください」

涼はベッドに片手をついて、もう片方の手を伸ばし、夕月の髪を束ねる髪ゴムを引き抜いた。夕月の漆黒の髪が滝のように肩に流れ落ちた。

彼は指を広げ、髪ゴムを五本の指の間に通し、それが雪のように白い手首へと落ちていった。

「ゆっくり休んで」

涼はそう言い残して立ち去った。

夕月は血液検査の結果を手に取ったが、報告書の文字が目に入ってこなかった。

かすかに看護師が「もう少し経過観察が必要」と言っているのが聞こえた。看護師が去ると、夕月は布団の中に潜り込んだ。

ベッドの中から聴診器を見つけ出し、涼が「証拠」を置き忘れていったことを思い出した。

「藤宮先生は医術がお粗末ですね」

涼の言葉が頭に浮かび、夕月は慌てて聴診器を枕の下に押し込んだ。

彼女は医者ではないのだから、医術がお粗末なのは当然だ。

それに医者だって、涼の心臓からそんな言葉を聴き取れるわけがない。

「ああもう!」夕月は小さく叫んだ。彼女はこの甘い言葉を並べる孔雀男に、心をかき乱されてしまいそうだった!

夕月は布団を引き上げ、頭まですっぽりと覆った。

スマートフォンを取り出すと、涼の連絡先には「桐嶋涼」と表示されていた。

夕月はその名前の後ろに「孔雀くん」と追加した。

突然、新しいメッセージの通知音が鳴り、夕月は思わずビクッとした。

画面をじっと見ると、鹿谷からの返信だった。

「まだ入院?夜は僕が付き添うよ!」

講堂の火事があった日、鹿谷は突然電話を受け取ると慌ただしく去っていった。

つい先ほど夕月と連絡が取れたばかりだった。鹿谷と楼座雅子の関係を思うと、夕月はあまり詮索しない方がいいと思った。

夕月は布団に潜る子猫の絵文字を送信した。

「待ってるね!」

*

夜になり、病室は闇に包まれた。

誰かが窓から病室の洗面所に忍び込み、そこから出てベッドの方を見た。

窓の外の明かりがカーテンの隙間から漏れ、かろうじてベッドで眠る夕月の姿が確認できた。

男は近づき、ベッドのそばにしゃがみこん
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