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第46話

Author: こふまる
「桐嶋さん!!」夕月の悲鳴が響いた。

涼の腕の中で守られていた美優は、何が起きたのかまだ理解できていなかった。

「美優ちゃん、怪我はない?」涼が懸命に声を絞り出す。

美優は黒い瞳を大きく見開いたまま、首を振った。

立ち上がった時、やっと涼の背中に刺さった金属の矢に気付いた。

美優の瞳が震え、息を飲んだ。

視線を上げると、遠くに立つ悠斗が慌ててクロスボウを背中に隠すのが見えた。

この矢、楓が悠斗にあげたものだ!

橘冬真も息子がこんな行動を取るとは予想していなかった。表情が凍りついている。

息子が人を傷つけたことよりも、桐嶋涼が身を挺して守ったことの方が気に掛かっていた。

両手が強く握り締められる。

「橘悠斗、こっちへ来なさい!」

悠斗は体を震わせた。「パパを助けたかっただけ!美優ちゃんが言うこと聞かないから!」

美優は悠斗を見つめ、肩を震わせた。目の前の悠斗が、まるで見知らぬ人のように感じられた。

冬真は悠斗からクロスボウを奪い取り、地面に叩きつけた。

「よくも美優に向かって矢を放てたな!二度とこんなものに触れるんじゃない!」

顔を上げると、夕月が涼を支え起こそうとしているところだった。

長身の桐嶋涼が、華奢な夕月の体に寄り掛かっていた。

「桐嶋さん、大丈夫ですか?救急車を呼びます!」

「いや、大丈夫だ。歩けるから、病院まで連れて行ってくれ」

天野昭太が大股で近寄ってきた。「俺が支えます」

「いや」涼は静かに言った。「藤宮さんは俺より背が低いから、この体勢なら背中の傷を引っ張ることもない」

美優を守って怪我をした涼のことを考え、夕月は昭太に告げた。「私が付き添います」

美優は涼の隣に寄り添い、もう片方の手を握った。

「おじさん、大丈夫?

痛くない?」

涼は明るい声で答えた。「美優ちゃんが手を握ってくれてるから、もう痛くないよ」

美優は涼の手を強く握り締め、離そうとしなかった。

突然、エンジン音が響き、藤宮楓がバイクで現れた。

黒のニーハイブーツを履いた楓が片足で地面を踏み、すらりとした脚線美を見せる。

「夕月姉さん!桐嶋さんを車で病院に連れて行くの?背中を怪我してるのに、後部座席に横たわっても傷が開いちゃうわよ」

夕月は足を止めた。「それで?」

「私が病院まで送りましょうか」楓は積極的に申し出た。

涼は
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