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第47話

Author: こふまる
「このままじゃ出血多量で死んじゃうよ……橘さん、僕を殺すつもりかい?」桐嶋涼は溜め息をつきながら弱々しく呟いた。

桐嶋の容態は刻一刻と悪化していた。夕月は楓とのやり取りに時間を費やす余裕などなかった。

「降りなさい!いちいちグズグズしないで!話は後!」

「でも、事故でも起きたら――」

楓の言葉は途切れた。全身を包み込むような威圧感に、背筋が凍る。夕月の鋭い眼差しに射抜かれ、バイクの上で思わずよろめいてしまう。

今まで見たことのない、背筋が凍るような威圧感だった。

ゾッとするような感覚が背中を走る。

「夕月姉さん、無理はしない方が……」

「こんなにグダグダしてるなんて、楓らしくないわね」

楓は不満気に口を尖らせた。夕月が死にたいというなら、勝手にすればいい。できれば顔面から転んで、鼻も歯も粉々になればいいのに!

楓はバイクから降りた。

「鍵を頂戴」夕月が手を差し出す。

楓は鍵を投げ渡し、夕月は見事にキャッチした。

「お兄さん、美優をホテルまで送ってあげて」夕月は天野に頼んだ。

「病院に行きたい……おじさんが心配。私にできることは少ないけど……」美優が不安そうに言う。

「美優ちゃんがそばにいてくれるだけで、痛みなんて感じないよ」涼は優しく微笑んだ。

「じゃあ、第二病院まで美優を頼めますか」夕月は天野に言い直した。

天野は頷き、美優を自分のSUVへと案内し始めた。

「美優!」突然、冬真の声が響く。

「パパの方においで」

美優は真っ直ぐな瞳で冬真を見つめた。その眼差しには、まるで小動物のような警戒心が満ちていた。

小さな首を横に振り、美優は静かに言った。「パパ、私がパパから完全に逃れるには、どうすればいいの?」

その言葉は、冬真の体を突き抜けた。まるで高所から真っ逆さまに落とされるような、底知れぬ絶望感。

「美優!どうしてそんなことを!」

美優の表情が暗く曇る。涼おじさんは自分を守ってケガをした。

そして、その矢を放ったのは、血を分けた兄の悠斗。

幼い心には重すぎる感情が押し寄せ、どう向き合えばいいのか分からない。

天野は優しく美優を抱き上げ、SUVに乗せた。

冬真の視線は自然ともう片方へと向いていた。

バイクに跨った夕月が後ろを振り返る。「桐嶋さん、私にしっかり掴まってください。できるだけ早く病院まで走ります」

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Comments (4)
goodnovel comment avatar
千恵
美優に謝れ? おいおい、怪我させた人にも謝れよ
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千恵
楓に 「もう近づかないでくれ お前が一緒に居ると、いずれは犯罪者になる! 俺たちの前に現れるな!!!永久に!!」って言ってやれ
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しあわせなあほいとり(ししゃも)
いやもう、殺人未遂か過失致傷だし。民間人の刺傷者をバイクで運ぶって、殺すようなもの。救急車が使えない山間部の戦場ならともかく、平和な国の市街地では有り得ない... どこの国をモチーフにしているのか伝わってこないけど、一応は現代風の司法国家らしいんだから、ちゃんと警察と救急に連絡しようよ。
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