LOGIN娘・藤井希(ふじい のぞみ)の病状が急変し、実の父親による骨髄移植が必要になった。 しかし、彼女がずっと待ちわびていた父親・藤井怜司(ふじい れいじ)は、初恋の人の娘・白川莉奈(しらかわ りな)のために水晶のお城を建て、街中で花火を打ち上げてその子の誕生日を祝っていた。 藤井遥(ふじい はるか)は何度も怜司に電話をかけた。 だが電話の向こうから聞こえたのは、「今、忙しい」という冷酷な言葉だけで、すぐに切られてしまった。 希の小さな手が、温かさを失っていった。やがて冷たく固くなっても、怜司は一度も顔を見せなかった。 遥が骨壺を抱えて葬儀場から出てきた時、商店街の大型ビジョンは、どれも莉奈の誕生日を祝う映像を流していた。 娘の命を踏みつけにした3人が、幸せそうに誕生日の歌を歌い、輝く未来を夢見ていた。 かつて怜司をどれだけ愛していたか。今、それがそのまま憎しみに変わっていた。
View Moreほどなくして、莉奈が病院に運び込まれた。小さな顔を真っ赤にして、苦しそうに咳き込み続けている。全身に赤い発疹が広がっていて、見るからに痛々しかった。駿はすぐに莉奈の治療に取りかかった。だが診察を進めるうちに、駿は眉間に深いしわを寄せた。どこか腑に落ちないものを感じたのだ。症状からすると、アレルギー反応のようだった。それなのに、最近口にしたものや、接触したものを調べても、原因となるアレルゲンは特定できなかった。誰かが意図的にアレルゲンに触れさせているのではないか。おそらくは、花梨が。しかし、検査結果をくまなく調べても、決定的な証拠は何ひとつ出てこなかった。あくまで推測にすぎない。ただ、これまで莉奈が体調を崩したり、何らかの異変が起きたりしたのは、怜司が花梨を冷たくあしらった直後だった。一度なら偶然かもしれない。だが毎回となれば、故意ではないかと疑わざるを得なかった。とはいえ、確たる証拠もないまま、病み上がりの怜司に報告するわけにはいかなかった。それからの10日間、遥は甲斐甲斐しく怜司の看病をした。朝は温かいお粥を用意し、ひと匙ずつ口に運んでやる。昼間は時間どおりに傷の手当てをしながら、退屈しないよう話し相手になる。夜もベッドのそばに付き添い、怜司がわずかでも寝返りを打とうとすれば、すぐに起きて様子を確かめた。遥の献身的な看病のおかげで、怜司の身体は日に日に回復し、命の危機も脱した。窓から差し込む陽射しが、病室をやわらかく照らしている。だいぶ顔色のよくなった怜司を見ながら、遥はそろそろ本当の気持ちを打ち明ける頃合いだと思った。自分にも、無駄にできる時間はない。彼とここで馴れ合っている暇はないのだ。「怜司。この10日間看病してたのは、あなたを許したからでも、もう一度あなたを好きになったからでもないわ」そこでいったん言葉を切り、遥は続けた。「ただ、死なせたくなかっただけ。あなたがこんな目に遭ったのは、私にも原因があるから。でも、もう命の危険はないでしょう。だから、これでお別れよ」頭を殴られたような衝撃に、怜司は言葉を失った。顔に浮かんでいた笑みが消え、血の気が引いた。信じられないという表情に変わる。「遥……冗談だろ。この10日間、ずっとそばにいてくれたのも、全部嘘だったとでも言うのか」か
遥がこれからのことに思いを巡らせていると、病室のドアが開いた。入ってきたのは花梨だった。完璧にメイクをしているのに、目元だけは赤く潤んでいて、思わず守ってやりたくなるような雰囲気を漂わせている。「怜司、怪我をしたって聞いて。心配でひと晩中眠れなかったの」花梨はベッドのそばまで来ると、涙声でそう言った。そこで遥の姿に気づき、一瞬動きを止める。その目に嫉妬の色がよぎったが、すぐに可憐な笑みを貼りつけた。花梨の姿を認めた途端、怜司の表情が冷たくなった。無意識のうちに眉間にしわが寄る。以前、花梨の虚言に踊らされたせいで、遥をさらに危険な目に遭わせるところだった。そのことを思い出すと、今の彼女にはどうしても不信感が拭えなかった。「お前、何をしに来た」温度のない、凍りついた声だった。花梨は彼の態度に傷ついたように、身体を小さく震わせた。「莉奈がまた具合を悪くして、ずっとパパに会いたいって泣いてるの。私じゃどうしようもなくて、それで仕方なく……」そう言いながら、涙も出ていない目元を指先でぬぐってみせる。怜司の表情が、わずかにやわらいだ。莉奈には何の罪もない。「莉奈を連れてこい。治療は病院に手配させる」花梨は一歩前に出て、怜司に触れようと手を伸ばした。だが、怜司はさりげなくそれをかわした。「怜司がいないあいだ、私ひとりで莉奈の面倒を見て、本当に大変だったのよ。あなたが怪我をしたって聞いて、胸が張り裂けそうで……」花梨は悲劇のヒロインにでもなったつもりで、自分がどれほどつらかったかを延々と並べ立てはじめた。遥はそばに立ったまま、その「お芝居」を黙って眺めていた。だが、とうとうこらえきれず、思わずぱちぱちと拍手してしまった。――この人が、以前の私の敵だったの?記憶をなくしてから、花梨の「健気なヒロイン」ぶりを目の当たりにするのはこれが初めてだった。正直なところ、白々しいにもほどがある。以前の自分がこの女とどう渡り合っていたのかはわからない。けれど、こうなった以上、まずは彼女に少し思い知らせてやろう。遥は怜司にぴたりと寄り添い、とびきり優しいまなざしで彼を見つめた。「ねえ怜司、私、この人嫌い。それに、この人がいたら怜司がゆっくり休めないでしょ」まさかここまであからさまに言われるとは思っていなかった
それを聞くと、駿は少し表情をゆるめ、眼鏡の位置を直した。「目を覚ましたということは、状態がよくなってきている証拠です。それに今の反応からすると、あいつは無意識のうちに、遥さんを強く頼りにしているようです。できるだけ安心させて、気持ちを落ち着かせてやってください。興奮しすぎると、身体にまた負担がかかりますから」そう言ってカルテを閉じると、駿は遥と一緒に病室へ向かった。病室では、怜司がベッドに横たわったまま、じっと戸口を見つめていた。顔色は相変わらず青白く、唇にも血の気がない。遥と駿の姿が戸口に現れた瞬間、その目に光が宿った。けれど、すぐにどこか不安げな色が浮かぶ。遥はベッドのそばへ行って腰を下ろし、眉間に寄ったしわをそっと指でのばした。「怜司、嘘じゃないよ。夢なんかじゃない。私、本当にここにいるから」怜司の視線が、遥と駿のあいだを行ったり来たりする。その声は震えていた。「遥……本当に、遥なのか」「うん、私よ」遥は彼の手を握り、自分の頬に押し当てた。体温を、ここにいることを、確かに感じてもらえるように。「ほら、鈴木先生もいるでしょ。全部本当のことよ」怜司の目に涙がにじんだ。喉仏が上下し、不意に声を詰まらせる。「遥、すまなかった。あのとき守ってやれなくて……靖也のせいで、あんな目に遭わせて。今回も、真相を確かめようとして心配をかけたな」遥の目元がうっすらと赤くなり、小さく首を横に振った。「そんなこと言わないで。私のためにここまでしてくれて、命まで懸けてくれたのに、責めたりなんかしないよ」そうは言ったものの、心の底では、彼を許すつもりなどなかった。ただ、今は彼の命がかかっている。そう言うしかなかったのだ。駿がベッドのそばに来て、怜司の診察を始めた。手を動かしながら口を開く。「怜司、君はまだかなり弱ってるんだ。あんまり興奮するなよ。目が覚めたんなら、おとなしくしてろ」けれど怜司は聞こえていないかのように、遥だけを見つめ続けていた。「遥、俺は今までお前をひどく傷つけてきた。たとえ記憶をなくしても、あのつらい過去をなかったことにしていいはずがない。ずっと考えてたんだ。もっと早く俺が靖也の企みに気づいていれば、遥があんな苦しみを味わうこともなかったのにって」遥は胸を痛めたように彼を見つめ、目
かつての遥は、あのつらい記憶に耐えきれず、記憶を消去する手術を受けた。けれど今なら、過去の出来事を第三者のような目で振り返ることができる。実際に経験したときほどの痛みを味わうことはないだろう。少なくとも、あのときほど苦しむことはないはずだ。「ええ。あいつは……遥さんのために、死にかけたんです。でも、遥さんを責めるつもりはありません」駿は屋上で静かにそう言って、まっすぐ遥を見た。「ただ、遥さんには、自分の気持ちにちゃんと向き合ってほしいんです」その言葉に、遥は沈黙した。――自分の気持ちに向き合う。怜司のことなんて好きじゃない。そのはずなのに、気づけばまた惹かれてしまっている。結局、私はあの人を好きになることから逃れられないのだろうか。「しばらくは、私が看病します」遥は静かにそう告げた。駿の言葉に正面から答えたわけではない。それでも駿は、そのひと言を聞いて深く安堵した。怜司が命を取りとめたのは、奇跡と言ってもいいほどだった。だからこそ、遥にはどうしても怜司のそばにいてもらわなければならない。そうでなければ、再び生きる気力を失ってしまうかもしれないのだから。それからの日々、遥は毎日怜司の看病を続けた。「今日はお体を拭きますね」看護師がワゴンを押して入ってきて、必要な清拭用品を並べた。「鈴木先生が、そろそろ半流動食を始めてもいいって。経鼻栄養チューブも、午後に交換しますね」遥はうなずき、タオルを固く絞った。布団の端をめくると、幾重にも巻かれていた包帯は大半が外され、赤黒い打撲の痕や、まだ生々しい傷痕があらわになっていた。タオルで鎖骨のあたりを拭いたとき、怜司のまつげが小さく震えた。この半月、こうしたかすかな反応はたびたびあった。けれど、何度か一瞬目を開けることはあっても、意識がはっきり戻ることはなかった。遥はいつの間にか、手を動かす合間に彼の眉間のしわを確かめるようになっていた。そこにしわが寄るのは、痛いという合図なのだ。遥の手からタオルが滑り落ち、洗面器に跳ねた水が袖口を濡らした。看護師が出ていくと、遥は何かに引き寄せられるように身をかがめた。ふたりの距離が、ぐっと近くなる。「……そこまでする価値、あるの?」吐息が彼の肌にかかるほど近かった。「あなたのことを忘れた女のために」
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