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第4話

Author: 白川 露
自分の言い方がきつすぎたと気づいたのか、龍司は小さく息を吐き、調子を和らげた。

「真帆……そんなつもりで言ったんじゃない。おじいちゃんが亡くなったばかりだろう。今は、これ以上波風を立てたくないんだ。

もしおばあちゃんの耳に入ったら……結局、困るのは君じゃないか」

息が詰まった真帆は信じられないという顔で彼を見た。

「……それ、私を脅してるの?」

「真帆、そんな言い方をしなくてもいいだろう」

龍司は眉を寄せ、穏やかな口調の奥に、拒絶を許さない色を滲ませた。

「ただ湊に謝るだけだ。そんなに時間は取らせない」

「私が行かなかったら?」

弁護士として長年仕事をしてきた真帆は、脅しを受けること自体は初めてではない。

だが、まさか長年共に過ごしてきた夫に脅しを受けるとは……胸の奥に、細かな痛みが広がった。

目を赤くしながらも、なお踏みとどまろうとする彼女の様子に、龍司の胸にわずかなためらいがよぎった。

彼は額を押さえ、ため息をついた。

「真帆……病院に行って、湊を少し安心させてやってくれ。それさえしてくれるなら、君の望みは、何でも聞く。どうだ?」

その言葉に、真帆ははっと顔を上げた。聞き間違いではないかと、もう一度、確かめた。

「……何でも?」

「ああ。何でもだ」

彼女が揺らいだのを見て、龍司は畳みかける。

「苺がいなくなって、俺だってつらい。でも、どんな理由があっても、親は幼い子に、心の傷を残すわけにはいかない」

——親?

親は父母や祖父母のことだろう。いつから彼が親を名乗るようになったの?

けれど真帆は、それ以上言葉を費やす気にはなれなかった。

彼女が耳を奪われていたのは、「何でも聞く」という言葉だった。

病院に着くと、運転手が車椅子を降ろした。

これまで、その役目を担っていたのは真帆だったが、今回は、彼女は手を出さなかった。

龍司は、彼女がまだ苺のことで気を落としているのだろうと解釈し、特に何も言わなかった。

病室では、波が湊に果物を剥いている。二人の姿を見て、すぐに立ち上がった波の目は赤く、泣いた跡がはっきり残っていた。

「真帆さん、大丈夫?」

彼女は親しげに手を取った。「私が湊を甘やかしすぎたの。でもまだ小さいから……どうか気にしないで」

そう言ってから、振り向いて声をかけた。

「湊、真帆おばさんに謝りなさい」

湊は鼻を鳴らし、ミニカーを抱えたまま言い返した。「やだ!あの人、悪い人だもん!僕をいじめる犬を放した悪い人!」

「湊!」

波の目から、また涙がこぼれ落ちた。「真帆おばさんは、私たちの恩人でしょう?どうして、そんな失礼なことを言うの……」

「もういい」

龍司はティッシュを数枚差し出した。その視線には、かすかな気遣いが滲んでいる。

湊はそれを見て安心したのか、小さな体でベッドを降り、龍司の膝に登った。

龍司もごく自然に腕を回し、湊をあやしながら、波に言った。

「真帆は弁護士だ。裁判を引き受けるのは、職務のうちだ。あまり気にするな」

真帆は、心の中で冷笑した。裁判をするのが弁護士の仕事で、依頼人を弁護するのも当然の責務。

だが、それは報酬を受け取っている場合の話だ。波の案件は、決して簡単ではなかった。

彼女は親権を望み、夫の暴力を訴えたが、肝心の証拠は乏しい。

真帆は、龍司の親族だという理由だけで、波から一円も受け取らず、半年以上奔走した。

結果、残ったのは「やるべきことをやっただけ」という一言だけ。

「龍司パパ……」

湊は龍司の首にしがみつき、甘えている。「悪い人の犬が僕をいじめた。龍司パパ、やっつけて。僕、怖い……」

「大丈夫だ、怖くないよ」

龍司は柔らかく微笑むが、「悪い人」という言葉を訂正することはなかった。

代わりに、真帆に視線を送り、謝るよう促した。

真帆は深く息を吸う。

これが最後だ。離婚さえ成立すれば、すべてから解放される。

そう覚悟を決めて、彼女は口を開いた。「……波。湊が入院したことについては、確かに、私にも責任がある。これからは……気をつける」

波の目に、一瞬、勝ち誇った色が浮かんだが、すぐにそれを隠した。

「そんな、真帆さん。そこまで言わなくても……湊は……」

「それ以上は結構よ」真帆は淡々と遮った。

「今回の件は、私が苺をきちんと管理できなかった。動物も人と同じで、育てるだけでなく、きちんと躾なければならない。じゃないと、命を落としてから後悔することになる」

波は一瞬言葉を失い、不安げに龍司を見た。彼が何も言わないのを確かめると、弱々しく声を出した。

「龍司……」

「苺は、もう死んだ。骨まで砕かれてね」

真帆は湊の前にしゃがみ込み、意味の読めない笑みを浮かべた。

「だから安心していいのよ、湊。夢の中でもない限り、もう苺が、あなたを驚かすことはない。ね?」

まるでその言葉を証明するかのように、空が轟き、雷が落ちた。

冬の雨が、激しく叩きつける。

湊は一瞬、固まり、次の瞬間、声を上げて泣き出した。「龍司パパ、怖い!今日は、ここにいて!ママと僕を守って……!」

龍司は優しく宥めながら、真帆を咎めた。「……どうして、あんな言い方をするんだ」

「彼を怖がらせないためでしょう?」

真帆は立ち上がった。「真実を知れば、もう怖がらなくて済む」

「もういい」

龍司は言葉を失い、不機嫌そうに言った。「謝罪も済んだ。先に帰ってくれ。今夜は、俺が湊に付き添う」

ちょうどいい。

彼がいないなら、今夜のうちに離婚協議書を仕上げられる。

真帆は何も言わず、踵を返した。エレベーターへ向かう途中、背後から波が「真帆さん!」と呼びながら追いかけてきた。

真帆は眉を寄せ、聞こえないふりをしたが、エレベーターが来ず、波に追いつかれる時間を与えてしまった。

真帆は背を向けたまま、近づく足音を聞いていた。

「真帆さん、今日は本当にごめんね」

謝罪の言葉とは裏腹に、その目には隠しきれない勝利があった。

「でも、気にしないで。龍司だってもうすぐ三十でしょ。男ってさ、子ども欲しくない人なんていないよね?」

わざと真帆の腹部に視線を落とし、嘲りを濃くした。

「真帆さん、龍司と結婚して五年なのに……まだお腹、何にもないの?ちょうど病院だし、私ついて行ってあげようか。検査、してみたら?」

真帆は笑った。「子どもを産むだけなら、誰にでもできる。でも、育てられる人は限られる。――そもそも、育てる資格がある人ばかりじゃない」

「……っ!」

波の顔色がみるみる変わり、真っ青になった。

その時、チン――とエレベーターが到着した。真帆はこれ以上相手にせず、乗り込んだ。

「この、下品な女!」

波は悔しさに足を踏み鳴らし、歯ぎしりしながら閉じた扉を睨みつけた。

ふと何かを思い出したように、口元に陰のある笑みを浮かべながら、スマホを取り出し、誰かにメッセージを送った。

【いつまで得意でいられるか、見てなさい……】

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