LOGIN命の瀬戸際で出会ったのが、鷹宮龍司(たかみや りゅうじ)だった。 温和で品のあるその佇まいに、柊真帆(ひいらぎ まほ)は、この人となら一生を共にできると、そう信じた。 だが、龍司に言われるがまま、彼の「忘れられない人」のために離婚訴訟を引き受けたことをきっかけに、五年間の結婚生活が、すべて嘘だったと知る。 自分への深い愛情も、愛妻家という世間の評判も、そして——彼が負っていたはずの脚の障害さえも。 彼は、巧みに言葉を操り、真帆を騙し続けた。 けれど、真帆だって決して一方的にやられるだけの存在じゃない。 離婚届を手にしたその日、真帆は再び世間の非難を一身に浴びた。 だが彼女は、それを逆手に取り、逆境の中から立ち上がった。 そして—— 五年間、彼女を探し続けていた執着深い男が、夜を越えて駆けつけ、片膝をついて指輪を差し出した。 「真帆。俺を救ってくれた君を、手放すつもりなんてない」 これは、裏切りの先で「本当の幸せ」を掴み取る、一人の女性の逆転劇。
View More勢いよく立ち上がって後を追いながら、直哉が慌てて口を開いた。「あの……どちらへ?」「星嶺市だ」「星嶺……」いったん頷いたものの、次の瞬間、目を見開く。「星嶺市に戻るんですか?まさか……真帆さんに会いに行くとか!?」一雄は肯定も否定もしなかった。「ダメです!」直哉は誰よりも早く立ちはだかった。「今、おじさんたちは、あなたの弱みを掴もうと狙ってるんですよ。もし知られたら……」焦りきった様子で大きく息をつく。「一雄さん、安心してください。真帆さんの件はずっと私が見ています。絶対に何かあったりはしません。それに、もう真帆さんは無事です。ずっと動向を追ってましたし、万が一何かあれば、真っ先にあなたに報告しますから!」「無駄口はいい」一雄の声は低く、周囲の空気が一気に冷えた。「俺が聞いているのは一つだけだ。真帆は、どうして怪我をした?」「そ、それは……」直哉は言葉を濁した。「真帆さんは……」そのとき、オフィスのドアが外から開いた。入ってきたのは、一雄の秘書チームの一人だった。だが一雄は、特別な表情も向けず、ただ視線を上げて続きを促した。女の秘書は回りくどい言い方をせず、端的に告げた。「一雄様、会長からお電話です。至急、ご自宅へ戻るようにとのことでした」一雄はわずかに眉を寄せた。数秒の沈黙のあと、結局了承した。秘書が出ていくと、一雄は直哉に命令した。「真帆が星ヶ丘に来る正確な日時を調べろ。それから、搭乗便の情報も全部送れ。それから、今後真帆に関することは、大小関係なく全部俺に報告しろ」「承知しました、一雄さん」直哉は深く頷いた。三日後。真帆は最後の検査で「経過良好」と診断された。待っていましたとばかりに退院手続きを済ませ、知恵と悠人と共に、依頼人に会うため星ヶ丘へ向かった。機内では、悠人は背筋を伸ばして、やけに行儀よく座っていた。その緊張ぶりを見て、真帆はバッグから持ち歩いているミントキャンディを一つ取り出し、差し出した。目の前に差し出されたキャンディを見て、悠人の目が一瞬、ぱっと輝いた。驚いたように真帆を見る彼に、真帆は唇の端をわずかに上げた。「食べてみて。美味しいよ。私のお気に入り」悠人は大切そうに受け取り、口に入れた。ひんやりして、ほんのり甘い。まるで
星ヶ丘、西園寺グループ。直哉は出勤打刻を済ませてから、社長室のドアをノックした。中から「どうぞ」という声が聞こえてきて、ようやく扉を開ける。「一雄さん、出たてのホヤホヤの情報です。真帆さんが星ヶ丘に来るそうですよ!」声には、抑えきれない喜びがにじんでいた。一雄は書類にサインしていた手を、わずかに止めた。顔を上げると、満面の笑みを浮かべた直哉と目が合った。なぜだか、胸の奥が少しざわついた。「真帆が星ヶ丘に来るってだけで、そんなに嬉しいのか?」「え?」直哉は一瞬きょとんとしたあと、首をかしげた。「一雄さんこそ、嬉しくないんですか?」一雄は言葉に詰まった。「いいから、くだらないこと言うな」軽く咳払いをし、書類をめくる。目は文字を追っているが、内容はまるで頭に入ってこない。あくまで平然を装いながら、何気ない口調で尋ねた。「で、真帆が星ヶ丘に来る理由は分かってるのか?」「仕事みたいです」直哉は姿勢を正した。「星ヶ丘で最近かなり注目されてる、あの夫殺害事件ですね。長年DVを受けていた母親が、暴行を受けている最中に身を守るため果物ナイフで夫を刺して死亡させた件です。今、星ヶ丘ではかなり話題で、記者も群がってます」一雄はネットの動向に疎い。事件の詳細は知らなかったが、以前給湯室を通りかかった際、社員たちの噂話で耳にしたことはあった。彼は眉を上げた。「それなら、正当防衛じゃないのか?真帆がそんな案件を引き受ける理由が分からない」直哉は苦笑し、唇をすぼめた。「一刺しだけなら、ですね……」「……」一雄の目がわずかに揺れた。状況はすぐに察しがついた。長年の抑圧が限界に達し、感情が爆発してしまったのだろう。一雄はそれ以上追及する様子もなく、特に関心を示さなかった。そんな一雄を見て、直哉の中で燃えていた噂話欲は静かに消えていった。「そういえば、一雄さん。真帆さんが星ヶ丘に来るなら、こちらで何か手配します?」一雄は一瞬、頷きかけた。だが、ふと思い直して首を振る。「いや、いい。仕事で来るんだ。必要なものは、向こうの事務所が全部用意するだろう」そして、誤解を避けるかのように話題を切り替えた。「彼らの離婚の件は、どうなってる?終わったのか?」「まだです」直哉は露骨に顔をしかめた。「ずっと
しばし沈黙が続いた後、真帆が静かに口を開いた。「もう一度、電話してあげたら?せめて状況だけでも聞いてみよう。もしかしたら、先に当事者と会うだけ会ってもいいかもしれない」「ダメ!」知恵は考える間もなく即答した。「あなた、まだ完治してないでしょ。命が惜しくないの?」「大丈夫だよ。向こうから頼ってきてるんだし、話を聞くだけなら問題ないでしょ」真帆は宥めるように微笑んだ。「引き受けられそうなら引き受ければいいし、無理だと思ったら断ればいい」知恵から彼の家庭環境が良くなかったと聞き、なぜか胸の奥がきゅっと痛んだ。同類を憐れんだのか、それとも、ただ放っておけなかっただけなのか。真帆は、この案件を最初から断りたくはなかった。知恵はしばらく真帆を見つめ、結局折れるように、彼女の目の前で電話をかけ直した。簡単なやり取りを終え、電話を切る。「決まり。二、三日したら星嶺市に来るって。その時に直接会って話すってさ」「星嶺市に?」真帆は少し驚いた。「彼、ここに住んでるわけじゃないの?」「うん。子どもの頃に一家で引っ越したって言ってたでしょ。今は星ヶ丘に住んでるみたい」その地名を聞いた瞬間、真帆の表情がわずかに止まった。脳裏をよぎったのは、一雄の名前。すぐに我に返り、自嘲気味に笑った。自分だって星ヶ丘育ちなのに、星ヶ丘と聞いて真っ先に思い浮かべたのが彼だなんて。本当に、笑えない。知恵の幼なじみの弟が病院に来たのは、真帆が抜糸を終えたその日だった。年は彼女たちより三、四歳は下だろう。目の下には濃い隈が浮かび、何日もまともに眠っていないことが一目で分かる。体つきも異様なほど細く、色褪せたダウンジャケットが身体に合わず、ぶかぶかと揺れていた。真帆を見ると、病室の入口で足を止め、どう入ればいいのか分からない様子で立ち尽くしていた。結局、場を取りなしたのは知恵だった。「悠人、こっち。この人が、私が話した刑事案件で一番頼れる弁護士の柊真帆」そして真帆の方を向き、「真帆、こっちは私の幼なじみの弟の三浦悠人(みうら ゆうと)」真帆はベッドから立ち上がった。療養の日々のおかげで、顔色もずいぶん戻っている。彼の前まで歩き、右手を差し出した。「はじめまして。柊です」悠人は、その白く細い指先を見つめ、手を伸ばし
「真帆!」龍司は、真帆がここまできっぱり否定するとは思ってもいなかった。震える指先で床に散らばったガラス片を指し示す。「破片はここにある、熱湯だって床に残ってる。真帆、君はいつからやったことを認めない人間になったんだ?」「龍司さん、その言い方はずいぶんおかしいんじゃないですか?」背後から、冷笑を含んだ声が飛んだ。ドア枠にもたれかかっていた知恵が、冷ややかな目で龍司を見る「真帆はさっき病院で中度の脳震盪って診断されたばかりなんですけど?水を飲もうとしてふらついて、手が震えて、うっかりポットを落としただけ。それのどこが、そんな物騒な話になるんです?」二人は息ぴったりに、前後から龍司を挟み撃ちにした。龍司の目つきが、一気に冷え切った。「医者も警察も、馬鹿にしてるのか?波が警察に通報したら、真帆はどう収拾するつもりだ?」「警察に行くのは、波だけとは限らない」真帆は静かにまぶたを上げた。「私も怪我をしてる。理屈で言えば、私だって同じように被害届を出す立場よ」龍司は眉を寄せる。「俺は、犯人を必ず見つけると言ったはずだ」「それで?見つけた後、どうするつもり?」「当然、君に納得のいく説明をする」「……そう」真帆は即座に頷いた。「じゃあ、龍司さん、その説明を待っているわ。その時は、どうか、私を失望させないでね」龍司さん……結婚して五年。真帆が彼を、こんなふうに呼んだのは初めてだった。そのよそよそしい呼び方に、龍司は一瞬、言葉を失い、顔に張りついていた怒りさえも、ひび割れたように崩れた。なぜか分からないが、真帆の言葉には裏がある気がしてならない。だが、今は波の安否が最優先だった。深く考える余裕もなく、彼は診察室へと駆けていった。知恵はその背中に向かって小さく舌打ちし、真帆のベッド脇に歩み寄る。「……やったの?」真帆は、ただ微笑むだけで答えなかった。「やるじゃない」知恵は遠慮なく褒めた。「あなたもね。あんなもっともらしい理由、よく即座に出てきたわ」眉を上げて言う。「さすが。専門分野が一致してるだけあるわ」そう言いながら、床にしゃがみ込み、ガラスの破片を拾い始めた。真帆は心配そうに声をかけた。「放っておいて。清掃の人が来るから」「平気平気、ついでだし」口調は軽いが、内心ではやはり不安が残
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