LOGIN命の瀬戸際で出会ったのが、鷹宮龍司(たかみや りゅうじ)だった。 温和で品のあるその佇まいに、柊真帆(ひいらぎ まほ)は、この人となら一生を共にできると、そう信じた。 だが、龍司に言われるがまま、彼の「忘れられない人」のために離婚訴訟を引き受けたことをきっかけに、五年間の結婚生活が、すべて嘘だったと知る。 自分への深い愛情も、愛妻家という世間の評判も、そして——彼が負っていたはずの脚の障害さえも。 彼は、巧みに言葉を操り、真帆を騙し続けた。 けれど、真帆だって決して一方的にやられるだけの存在じゃない。 離婚届を手にしたその日、真帆は再び世間の非難を一身に浴びた。 だが彼女は、それを逆手に取り、逆境の中から立ち上がった。 そして—— 五年間、彼女を探し続けていた執着深い男が、夜を越えて駆けつけ、片膝をついて指輪を差し出した。 「真帆。俺を救ってくれた君を、手放すつもりなんてない」 これは、裏切りの先で「本当の幸せ」を掴み取る、一人の女性の逆転劇。
View More直哉は深く頷いた。「玲子さんの話では、少し前に真帆さんに殴られたせいで、今になっても体調が回復するどころか、ますます悪化しているそうで。それで……」たとえ直哉が最後まで言わなくても、一雄には察しがついた。真帆は普段から外出を控え、他人と恨みを買うような性格ではない。唯一、誰かの不興を買った出来事といえば、蓮華荘で玲子を平手打ちしたあの件だけだ。彼女以外に、こんな真似をする人間など思い当たらない。直哉が溜息をつく。「しかも、西園寺家の名義を使っているようです」西園寺家の名義?一雄は眉をひそめ、声に怒りを滲ませた。「そんな話、私は聞いていないぞ」直哉は沈黙し、さらに深く頭を下げた。これは自分の失態だ。あの件から随分と時間が経っているというのに、玲子が今さら警察に被害届を出すとは思いもしなかった。「……彼女の状態は?」一雄は掠れた声で聞いた。もはや原因を追及するつもりはなかった。「付き添いの看護師によれば、術後の経過は順調で、特に目立った不調はないとのことです」「真帆のことを言っているんだ」直哉は一瞬思考が止まったが、すぐにハッとして言葉を継いだ。「真帆さんは拘留され、現在取り調べを受けています」一雄は顔をしかめた。「彼女から電話はなかったのか?誰かを使って私を呼びに来させたりも?」直哉は事実のままに首を振った。一雄は持っていた書類をデスクに叩きつけた。パァン、という乾いた音が、直哉の心臓を直撃する。直哉の心臓が跳ね上がった時には、すでに一雄は上着を腕にかけ、足早に部屋を出ていた。思わず口を突いて出た。「一雄さん、どこへ行かれるんですか?」「警察署だ」一雄の足取りは、風を切るように鋭かった。地下駐車場から直哉が車を出す。一雄は後部座席で目を閉じ、指先で膝をリズミカルに叩いていた。一見、気だるげに寛いでいるようにも見えるが、硬く結ばれた顎のラインが、今の彼の本心を物語っている。三十分後、黒い高級車が警察署の前に滑り込んだ。直哉が車を降り、一雄のためにドアを開けようとしたその時だ。一雄の視界の隅に、エントランスの階段に立つ見覚えのある若い男の姿が映った。有名なスポーツブランドの服に身を包んだその姿は、まだ幼さの残る子供のようにも見える。一雄は瞳を細め、その男が警察官と交渉し
しばらく返事がないのを見て、一雄は静かに目を伏せた。長い睫毛が、瞳の奥に宿る暗澹たる色を覆い隠す。彼はビルの下で長い間立ち尽くしていた。真帆が食事を終え、部屋に戻って明かりを灯すまで。その様子を確認してようやく、一雄は落胆した様子で背を向けた。一歩、また一歩と踏み出す足取りが、次第に重くなっていく。朝食を終えた悠人は、大学の講義があるため、真帆と知恵は彼を引き止めずに送り出した。二人は談笑しながら部屋に戻ったが、ドアを閉めた途端、知恵は真帆の腕を掴んでソファに押し倒した。まるで裁判の法廷にでも立たせるかのような、厳しい表情で彼女を見つめる。「白状しなさい。昨日、一体何があったの?」真帆の笑みが一瞬、凍りついた。すべてを見透かそうとする知恵の瞳に、心の奥で言いようのない後ろめたさを感じる。「……何があったって、別に何も」彼女は視線を泳がせながらうつむいた。「ただ、急に飲みたくなって。バーに二、三杯ひっかけに行っただけよ」「その手には乗らないわよ」知恵は全く納得せず、彼女の隣にどっかと腰を下ろした。「二、三杯?二リットルの間違いじゃないの!昨日のあんたの姿、この目で見たんだから。裁判所の前で鈴木祥子って女に会った後から、様子がおかしかったわ。あんなになるまで飲んで、家にも帰れないなんて……」今思い出しても、昨夜バーで見つけた真帆の姿は、知恵にとって心臓が止まるほど衝撃的だった。「たまたま私が星ヶ丘にいたから良かったけど、もし私がいなかったら?一人で意識を失うまで飲むなんて、どれだけ危険か分かってるの?悪い奴に目をつけられたり、拉致されたりしたらどうするつもりだったのよ!」知恵の説教は止まらない。「龍司さんと離婚した時だって、こんな酷い有様にはならなかったわ。昨日、あんなに理性を失ったのは……一体どうして?」「それは……」真帆は言葉を飲み込み、心の底で葛藤していた。知恵に話すべきかどうかではない。どこから話すべきかに迷っていた。八歳の頃から、あの男との関わりは始まった。二十年近い歳月の積み重ねを、どうして数言で説明できるだろうか。迷い続ける真帆を見て、知恵は探るように推測を口にした。「……もしかして、あの女に見せられたトレンド記事に関係があるの?」その言葉に、真帆は無意識に顔を上げた。彼女の瞳に一
悠人は慌てた様子で両手をぶんぶんと振った。「真帆さんは僕と母にとって命の恩人なんです。僕、僕は……ほんの些細なことをしただけで、そんなことと同列には扱えません……」言えば言うほど声は小さくなり、耳の付け根まで真っ赤に染まっていく。知恵は悠人のそんな純情そうな様子に気づき、いたずら心が芽生えてからかった。「命の恩人ねぇ……」わざと語尾を長く引きずる。その響きには、どことなく含みがあった。「それほどの恩なら……いっそ『身を捧げて報いる』くらいじゃないと、釣り合わないんじゃない?」その言葉を聞いて、悠人は顔だけでなく首筋まで真っ赤になった。「知恵さん!」思わず声を張り上げ、目を丸くする。その場に立ち尽くして狼狽える姿は、まるで初恋にたじろぐ未成年のようだった。そんな反応を見れば見るほど、知恵はもっといじめたくなる。腕を組んで歩み寄り、悠人の周りをぐるりと回って値踏みするように眺めた。「ふむ……悪くないわね。身長もルックスも、うちの真帆とお似合いじゃない。悠人、お姉さんに正直に言ってみなさい。この可愛い後輩と、世間を驚かせるような『年の差恋愛』をしてみる気はない?」その言葉に、悠人は恥ずかしさのあまり穴があったら入りたいような顔をした。「知恵、いい加減にしなさいよ。悠人くんはまだ若いのよ」真帆は知恵の軽口には慣れっこだったので、特に気に留めることもなく笑い飛ばしたが、悠人は一人で大真面目に真っ赤になっていた。「わ、若くなんてありません。もう二十歳です!」必死に弁解するが、それが余計に墓穴を掘っているようにも見える。「あ、いや、そういう意味じゃなくて……真帆さん、誤解しないでください。僕は……」その生真面目すぎて言葉に詰まる様子に、知恵はついに声を立てて笑い出した。「はいはい、分かったわよ。二人がどういうつもりだろうと、今はもっと大事なことがあるわ」「大事なこと?」真帆と悠人の声が重なった。「ご飯よ」知恵は呆れたように額に手を当てた。「一人は二日酔い明け、もう一人は一晩中寝てないのよ?お腹空かないの?」言われてみれば、二人は顔を見合わせて苦笑した。「そう言われると、確かに少し空いてきたかも……」「行きましょう、下のレストランへ」真帆が上着を羽織り、三人は連れ立ってホテルのレストランへと向かった
「あなた……約束……したじゃない……」真帆は夢にうなされているのか、何度も同じ言葉を繰り返していた。悠人は慌ててティッシュを数枚取り出すと、彼女の目尻に溜まった涙をそっと拭い去った。「一体何があったんですか。夢の中でまで泣くなんて……」彼は小さく溜息をつくと、スマホを取り出し、手早くメッセージを送信した。それが終わると再び真帆のそばに屈み込み、片時も目を離さずに彼女を見つめ続けた。「分かってます。真帆さんも僕と同じ、幸せじゃない子供だったんですよね……」独り言のように呟きながら、堪えきれないといった様子で指先を伸ばし、真帆の頬にそっと触れた。「でも大丈夫です。僕たちで幸せを作ればいい。最高に美しい、誰にも邪魔させない幸せを。誰にも、邪魔なんてさせませんから……」しばらくして、悠人のスマホが短く鳴った。画面を素早く確認した彼の瞳には、その年齢には似合わない執着と複雑な光が宿っていた。翌日。真帆が目を覚ました時、外はすっかり明るくなっていた。目を開けて最初に飛び込んできたのは、ベッドの脇でコアラのように丸くなって眠っている悠人の姿だった。昨夜の記憶は曖昧だった。バーに入り、意識が途切れるまで飲み続けたことだけを覚えている。二日酔いの頭痛が神経を苛むなか、真帆がこめかみを押さえた瞬間、隣にいた悠人がパッと目を覚ました。「真帆さん、起きたんですか?」彼は眠たそうに目をこすりながら、すぐに立ち上がろうとした。「お水、飲みますよね?今、持ってきます」そう言った直後、彼は足をもつれさせてよろけた。「すみません、僕……ちょっと足が痺れちゃって……」頭をかきながら苦笑いする悠人。「真帆さん、ちょっと待っててください。すぐ戻りますから」寝ぼけているのか、部屋を出る際にドアに体をぶつけてしまい、耳から首のあたりまで真っ赤にしていた。真帆はその様子に、思わず小さく笑ってしまった。やっぱり考えすぎだったわね。悠人くんは結局、まだ卒業前の学生なんだもの。「真帆さん、お水をどうぞ」真帆がベッドから出ると、悠人が水を持って戻ってきた。一口飲み、真帆は何気なく尋ねた。「そういえば、どうしてあなたがここにいるの?」悠人はコップを枕元に置いた。「昨夜、電話を切った後、やっぱり直接お礼を言いたいと思って伺ったんです。でも真帆さ
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