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第3話

Autor: 白川 露
龍司が父親で、波が母親なら、自分は——正妻である自分は、一体、何なのだろう。

その言葉に、今度は知恵が沈黙した。

何か言おうとした矢先、真帆がわざと軽い調子で遮った。

「私が龍司と結婚するって言ったときは、あれだけ反対したのに。今度は離婚を止めるの?」

「それとは話が違うでしょ」

知恵は、呆れて頭を抱えながら言った。

「あのとき結婚を止めたのは、あなたが恩返しのために火の中へ飛び込もうとしてたからよ。

今、離婚を勧めないのは……龍司が身体に障害を抱えていることもあるし、それに、あなたのご両親のことだって……」

彼女は深く息を吐き、続けて言った。

「分かってる?彼と離婚するのが、どれだけ大変か」

「知恵、龍司は……」

真実を打ち明けようとしたその瞬間、階下から、耳をつんざくような悲鳴が響いた。

心臓が跳ね上がり、真帆は電話を切る間もなくスマホを投げ出し、階段を駆け下りた。

一階奥のペットルームが、赤く染まっていた。

雪のように白かった小さな苺が、血にまみれ、床の上で痙攣するようにもがいている。

そこには、もう、かつての愛らしさはどこにもなかった。そして、その前に立っていたのは、血の付いた小さなハンマーを握る湊だった。

それは、真帆が犬小屋を組み立てるときに使った道具だ。

「くさい犬!もうこれで驚かせられないだろ!」

そう叫び、再び振り下ろそうとした。

「やめて!」

真帆は叫び、足元をふらつかせながら、その小さな体に縋りついた。

「苺……苺?」

苺は、地面に横たわり、か細い声で鳴くだけだ。

物音を聞きつけた使用人の和恵が駆けつけ、目の前の惨状に、言葉を失った。

慌てて湊を引き離し、身分も忘れて声を荒げた。

「坊ちゃん!ほんの少し目を離した隙に、どうしてこんなことを……奥さま……」

和恵は、床の血と真帆の真っ青な顔を見るに堪えず、視線を逸らした。

「……とにかく、動物病院へ。もしかしたら……もしかしたら、助かるかもしれません……」

そう言いながらも、声は次第に弱くなっていった。

だが真帆は、その一言にすがるように苺を抱き上げ、外へ飛び出した。

別荘の玄関を出た瞬間、誰かと激しくぶつかった。

「龍司!」

真帆は衝撃で地面に倒れ込んだ。肘に鋭い痛みが走ったが、真帆は腕の中の苺を、必死に庇った。

龍司は反射的に立ち上がろうとしたが、ふと、何かを思い出したように動きを止めた。

そのまま車椅子に座り、代わりによろめいた波を支えて、眉をひそめ、叱責しかける。

「真帆、どうしたんだ。そんなに慌てて……」

しかし、言葉が途切れた。

彼女の腕の中の血に染まった小さな塊を見て、息を呑んだ。

「……苺!?どうしたんだ、どうしてこんな……」

真帆は答えず、歯を食いしばって立ち上がり、歩き出した。

「運転手、すぐに動物病院へ連れていけ」と龍司が命じた。

波は内心で大げさだと思いながらも、表情には心配そうな色を浮かべた。

「龍司、真帆さん大丈夫なの?犬なんかにあんなに慌てて、あなたにもぶつかって……」

「苺は、真帆が何年も大切にしてきた犬だ」

龍司は、静かに遮ったが、声はわずかに震えていた。

五年前、彼が真帆をタクシーから救出したときも、彼女は同じように苺を胸に抱き締めていた。

病院で意識を取り戻して最初に口にしたのも、苺のことだった。

なぜそこまで大切なのかと尋ねると、彼女は多くを語らず、ただこう言った。「最後の家族だから」

波は、思いがけず強い口調で制され、唇を噛んだ。

「……ごめんなさい。ただ、真帆さんの肘の怪我が心配で……」

「先に中へ入って、湊を見てやってくれ。俺は、真帆のところへ行く」

そう言って、別の運転手に車椅子を押させた。

......

真帆は動物病院に着いたが、医師は首を横に振った。

苺は、助からなかった。

診察室で、魂の抜けたように立ち尽くす真帆を見て、龍司は胸を痛め、声をかけようとしたが、波からの電話が鳴った。

短く応じ、通話を切ると、車椅子を操作して真帆の前へ行き、彼女を慰めようとした。

「真帆……今は、ペットの葬儀もあるそうだ。苺を、きちんと送ってやろう」

真帆は何も答えなかった。手術台の上で動かなくなった小さな体をただ見つめ、苺を迎え入れた日のことを思い出していた。

「気に入ったなら、あげる。でも、死なせるなよ」

「大丈夫。絶対に、大切にするね!ありがとう、お兄ちゃん!」

「お兄ちゃんなんて呼ぶな」

「じゃあ、何て呼べばいいの?」

「名前で呼べ」

それからずっと、真帆は苺を宝物のように大切にしていて、眠るときでさえ、腕から離さなかった。

四年も同じ家で過ごしたのだ。龍司の胸にも、重いものが残った。

「……波から連絡があった。湊が、ひどく怯えて入院したそうだ」

彼はそっと真帆の手に触れ、指を包む。

「苺を見送ったら、一緒に病院へ行こう。できれば……湊に、謝ってほしい」

「……謝る?」

真帆は、赤く腫れた目を上げた。

「高熱が続いていて、苺に噛まれる夢を見るそうだ。あの子も、相当怖かったんだろう。それに、あのとき君は家にいた……責任がないとは言えない」

「……龍司。湊は、ハンマーで苺を殴ったのよ」

「苺が先に彼を驚かせたんだ。自分を守ろうとしただけだろう。それに、苺はもう十二歳だ。いずれ……」

「……龍司。あなた、本気で言ってるの?」

真帆は、手を振り払った。

「苺が、私にとってどれだけ大切だったか、分かってるでしょう!林さんは苺を外に出していなかった。湊が自分でペットルームに入ったの。それなのに……」

「もういい、真帆」

龍司の声に、苛立ちが滲む。「湊は、まだ五歳だ。子ども相手に、そこまで責め立てるのか」

理を積み上げるのは、弁護士としての癖だ。

だが、彼の目には、それは大げさな言い分にしか映らない。

「苺は死んだ。どれだけ大切でも、所詮は動物だ。湊は子どもで、わざとじゃない」

「……わざとじゃない?」

真帆は、声を震わせて叫んだ。「自分の手で殺しておいて?それでも、わざとじゃないって言うの?」

「殺した?違う。自分を守ろうとして、誤ってやっただけだ。本気で、子どもに謝らせるつもりか?」

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