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第4話

Author: 黒霧の海
若菜が止める間もなく、千聡は木箱を開けてしまった。

中には数枚の紙が入っていた。

「命まで懸けて取りに戻ったのは、これのためだったのか。

お前、脚を挟まれて骨折したうえに、煙も吸い込んで危うく死ぬところだったんだぞ!」

若菜は黙って木箱を受け取り、自分の胸へ抱き寄せた。

この中には、離婚に必要な手続きの書類がすべて入っている。

千聡は、彼女が木箱をしっかり抱き締める姿を見て、苛立ちを覚えた。

やはり彼女は変わっていない。

いつまでも過去に執着し、感情的になると、こんな無茶なことをしてしまう。

「3人とも助かるはずだったのに、お前はわざと俺に究極の選択をさせて、自分が一番大事かどうか試したかったんだろ?

若菜、お前は放火したんだ。だから俺が唯を助けたのは当然のことだ」

若菜はベッドに横たわったまま天井を見つめ、淡々と「そう」とだけ返した。

「若菜」

千聡は説明しようとし、口調も少し和らぐ。

「もう唯とは関わらないって言ったろ?ただ......あの子は生活が厳しいから、少し手を貸してるだけ......住む場所を用意してやっただけなんだ」

生活が厳しいからと、ベッドまで共にする。

家庭に戻ると言いながら、その体は若い女性に惹かれてしまう。

若菜はようやく彼を見た。

その瞳はまるで淀んだ水面のようで、何の波紋もなく、異様なほど静かだった。

「分かってるよ」

その静けさに、千聡は気が狂いそうになる。

勢いよく立ち上がった彼の目に飛び込んできたのは、自殺未遂の傷跡が残る彼女の腕に広がる、大きな火傷だった。

喉が詰まるように息苦しい。

若菜の態度が、胸を鋭く抉っていく。

「一つ傷を負っただけじゃ足りないのか。もっと傷を増やしたら、俺を引き止められるってのか?」

「もう、そんな馬鹿なことはしないわ」

相変わらず感情の起伏のない返事だった。

千聡は何か言おうとしたが、そのときスマホが鳴った。

彼は足早に窓際へ行き、電話に出る。

若菜には会話の内容までは聞き取れなかった。

途切れ途切れに聞こえる唯の泣き声だけが耳に届く。

千聡は小声で何か言い聞かせると、振り返って若菜を見た。

「会社で急ぎの用事ができた。この数日は仕事を片づけるから、お前はゆっくり治療に専念してくれ。誕生日にはちゃんと一緒に過ごすよ」

その言葉に、若菜はふっと笑った。

「私と河村さん、誕生日は同じ日よ。彼女のところへ行かなくていいの?」

千聡の顔は一瞬で赤くなり、声も大きくなる。

「彼女の誕生日はもう俺には関係ない!何度も言ってるだろ、今は一時的に助けてるだけだ!」

だが若菜は、すでに背を向けていた。

千聡はなおも何か言いたげだったが、スマホには次々とメッセージが届いている。

二、三言言い残すと、そのまま病室を出て行った。

それから数日間、若菜は静かに病院で療養を続けた。

千聡は後ろめたさから、何度も人を遣って花束や彼女の好きな菓子を届けさせ、LINEでもたびたび気遣うメッセージを送ってきた。

若菜はそのたびに「ありがとう」とだけ淡々と返し、すぐにやり取りを終わらせた。

退院の日。

彼女は一人、杖をつきながら一階へ下り、会計を済ませようとしていた。

精算票を窓口へ差し出したそのとき、一人の年配の女性が彼女の前に割り込んできた。

「おばさん、割り込みはだめですよ」

女性は鼻で笑い、若菜を押しのけて自分の受付票を差し出した。

「うちの婿はこの病院の出資者よ。あんたより先に並いて何が悪い?余計なことを言うと、うちの婿に痛い目を見せてもらうからね!」

杖をついて動きの遅い若菜に苛立ったのか、女性は思いきり彼女を突き飛ばした。

若菜は眉をひそめる。

北代城病院の最大出資者は千聡のはずだ。

振り返るとちょうど、騒ぎを聞きつけた千聡が唯とともに駆け寄ってくる。

若菜がその女性に何か言うのを恐れたのか、彼は真っ先に若菜を脇へ引き寄せた。

「唯のお母さんは重い病気なんだ。気が立ってるだけだから、少しくらい譲ってやってくれ」

唯も母親をなだめ終えると、涙を浮かべたまま駆け寄ってきた。

「全部私のせいなんです。母は風邪がひどくて、治療費を気にしないでほしくて......だからすごい彼氏がいるって嘘をついたんです。宮城さん、怒るなら私を怒ってください。市橋社長は本当に私を助けようとしてくれているだけなんです」

若菜は無表情のまま二人を見つめた。

唯の母親が風邪を引いただけで、骨折と火傷を負った自分は病院へ置き去りにされたということか。

――もう、どうでもよかった。

若菜は小さくうなずく。

今度は返事をすることさえ億劫で、そのまま踵を返した。

一歩踏み出したそのとき、震える声が背後から聞こえてきた。

「宮城さん、やっぱりまだ怒っていますよね?また市橋社長を苦しめたりしないでしょうか......ごめんなさい、全部私が悪いんです。母のことが心配で......」

千聡は彼女がまた涙を流すのを見ると、そっとその涙を指先で拭った。

「気にしなくていい。あいつは子どもの頃から親がいなかった。だから君の気持ちを理解できることはできない」

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