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第2話

Penulis: 玉酒
翌朝早く、美穂は徹夜で用意した料理を手に、陸川家の本家へ向かった。だが主屋に入る前に、執事に呼び止められ、華子の部屋へと案内された。

精巧で古めかしい檀木の屏風の裏では、白檀の灰が金縁の香炉に静かに落ちていた。

華子は目を閉じ、数珠を回している。

静まり返った部屋に、マーケティングアカウントのどこかぎこちなくて興奮した声が響いている。

「……陸川グループの社長が夜、秦家の次女と密会していた。まさか、夫婦関係が破綻したのか……」

華子の手が止まった。翡翠の腕輪が机に当たり、澄んだ音が鳴った。

「あんた、旦那のしつけもできないの」

彼女は香の灰を指先で潰しながら言った。

「3年も一緒にいたのに、旦那の浮気さえ防げないなんて!」

美穂は頭を下げて、跪いた。足元の敷物は外され、冷たい青いレンガの感触が膝から骨まで染みた。

ドレスのスリットから覗く膝は、紫色の痣で覆われていた。

今朝、外出前にコンシーラーを塗ってきたが、硬い床に擦れて跡がくっきり出てしまっていた。

屏風の向こうで、本家の使用人たちがヒソヒソと話し合っている。

そのささやきは、彼女のボロボロに傷ついた自尊心を痛々しく蝕んでいる。

「申し訳ございません」

彼女は腰をかがめ、額を重ねた手の甲にそっと押し当てた。

「私は何とか……」

「あんたが何ができるって言うのよ?」

和彦の母である陸川明美(りくかわ あけみ)が鼻で笑い、張り詰めた空気を一気に切り裂いた。

「昨日の夜、和彦が途中で出て行ったよね。あなたに触れるのも嫌だったんでしょ」

その言葉に、美穂は思わず顔を上げた。

窓から差す朝の日差しが、彼女の顔に濃淡をつけた。

喉の奥には無数の言い訳が渦巻いていたが、結局それらは沈黙へと変わった。

屏風の向こうから抑えきれない嘲笑が聞こえ、彼女は穴があったら入りたいほど恥ずかしかった。

夫婦の寝室での話を公にさらされたら、誰でも耐えられない。

だが、長年未亡人の明美は一切気にしていなかった。

彼女の視線が美穂の腹部に移り、冷たく言い放った。

「あなたは子どもを産めないなら、外には、和彦の子を産みたい女なんていくらでもいるわよ。

あなたのせいで、陸川家の血筋と家業を途切れさせるわけにはいかないの」

美穂はさらに頭を垂れた。

痩せた女性の姿が青いレンガに映った。その髪は乱れ、唇は青ざめている。

彼女はまるで枯れかけた白い花のようで、衰えの気配を漂わせている。

明美が彼女の前に歩み寄ると、赤く塗られた爪の手で彼女の手首をぐいっと掴み、無理やり立たせた。

「私の言ったこと、聞いてんの?」

「やめなさい」

華子がようやく口を開き、明美の行動を止めた。

彼女は無口で堅苦しい孫嫁を見つめ、冷たい口調で言った。

「あの時、あなたは大旦那様に気に入られたとはいえ、もし、孝行な和彦がその意思に逆らったら、その身分じゃ到底陸川家に入れないよ」

華子は再び数珠を回しながら、最後通告を突きつけた。

「男でも女でも構わないわ。とにかく、和彦の子であれば、それでいい」

さもないと、彼女は明美の言う通り、孫に子を産める女性を送ることも厭わないから。

美穂はその裏の意味を理解し、唇を引き結んだが、耐えきれず言葉がこぼれた。

「おばあ様、和彦がそれを許してくれなくて……」

「黙りなさい!誰が和彦の名を口にしてよいと言ったの!」

明美が力強く一振りした。

体勢を崩した美穂は机に倒れかかると、机の上の茶碗がひっくり返り、褐色の茶が明美の体に撒かれた。

その白いドレスには大きなシミが広がっていた。

突然の事態に、執事はあわてて使用人たちを下がらせた。

美穂を嘲笑うのは構わないが、明美を嘲笑うのは絶対に許されない。

華子は眉間にしわを寄せ、何か言おうとしたその時、スマホの着信音が響いた。

美穂は着信音を聞いた瞬間、思わず安堵の息をつきそうになった。

義祖母と姑に子作りを急かされる場面は、彼女にとって息の詰まるような拷問のようで、胸が締めつけられ、逃げ出したくなるのだ。

彼女は申し訳なさそうに華子に一礼し、バッグから震えるスマホを取り出した。

表示されたのは、介護士からのビデオ通話だった。

美穂はすぐに通話を受けた。

「水村さん」

介護士のカメラが病床の外祖母に向けられた。

痩せ衰えた老人がベッドの柵を叩き、濁った目でじっとカメラを見つめていた。

「美穂……港市に……帰ってきて……家に帰って……」

「おばあちゃん!」

美穂はよろけながら立ち上がった。

ここ数年、外祖母の体調は悪かったが、これほどまでに意識が混濁することはなかった。

「水村さん、おばあ様はずっと、孫に会いたいって言ってました。時間があるなら、港市に戻った方がいいです!」

美穂は反射的に華子を振り向いた。

「おばあ様、私……」

「出ていきな!」

明美が冷めた茶を美穂の足元に叩きつけた。

「役立たずめ!」

美穂は足元をふらつかせながら、よろよろと部屋を出ていった。

スマホのバイブは止まらず、画面には介護士からの新しいメッセージが届いた。

【実はひと月前から、おばあ様の容態が悪化してましたけど、本人が心配かけたくないから隠してくださいと言ってました。今朝、一度瞳孔が散大しましたが、救命措置でなんとか持ち直しました。それからずっと、あなたに会いたいと騒いでいました】

彼女は返事をする暇もなく車庫へ駆け出しながら、震える指でチケット予約アプリを開いた。

京市の空港へと続く高速道路には、眩しい日差しが照り返していた。

美穂はハンドルを握る指の関節が青白くなるほど力を入れていた。

カーナビのラジオが雷注意報を流し始めたとき、彼女はちょうど介護士の音声メッセージを再生していた。

「おばあ様がまた意識を取り戻されました。あなたに歌を歌ってあげると言っています……」

子どもの頃、美穂は寝るのを嫌がってはよく騒いでいた。

そんな彼女を寝かしつけるために、外祖母が歌ってくれていたのだった。

美穂はラジオを切り、窓を少し開けた。狭い車内に外祖母の不明瞭なハミングが響いた。

乾いた熱風が、港市特有の蒸し暑さと混ざり合って顔を包み込み、幼い頃に馴染んだ匂いが蘇ってきた。

ふと、バックミラーに鮮やかなローズピンクのスポーツカーが飛び込んできた。

オープンカーの運転席にはサングラスをかけた女が座っていた。

爆音のロックが車内から流れていた。

あんな厄介そうな相手に関わりたくないから、美穂は咄嗟にハンドルを切って避けた。

だがそのスポーツカーは傲然とセンターラインを踏み越えて追い越してきた。

マイバッハの車体をかすめる金属の擦れる音が、イヤホンから響く突然の泣き声をかき消した。

「だめです!おばあ様、また瞳孔が散大し始めました!」

エアバッグが開いたその刹那、美穂はフロントガラス前に吊るされた櫻の花の飾りが宙に舞うのを見た。

それは結婚式の車を購入した時に、外祖母が心を込めて作ってくれたものだった。

花びらは砕け、血にまみれたフロントガラスに散った。

彼女は胸を締めつけられるような痛みを感じ、呼吸が苦しくなりながらも手探りでシートベルトを外そうとした。

朦朧とする意識の中で、ローズピンクのスポーツカーがドアを勢いよく閉める音が聞こえた。

「誰かと思ったら……美穂さんね」

美穂が目を細めて顔を上げると、見覚えのある、派手で美しい顔が視界に飛び込んできた。

なんと、それはネットで和彦と「近々縁を結ぶ」と噂されている秦莉々だ!

莉々は両腕を組みながら、傲然と立ち、ヒールで地面に散った櫻の花びらを踏みつけた。

その耳には、美穂のブレスレットとお揃いのルビーのイヤリングが冷たく光った。

「すごい偶然ね、こんなところで会うなんて」

彼女は皮肉たっぷりに笑い、美穂の手元を見て笑みをさらに深めた。

「まあ、あのとき私が捨てたブレスレット、あなたが持ってたの?

和彦ったら、処分してくれるって言ってたのに、まさか美穂さんに渡してたなんてね」

それはまるで美穂がゴミ収集所であるかのように皮肉っている。

「どいて」

美穂は相手に構っている時間などなく、歪んだドアを開けて降りようとした。

だがドレスが破れ、膝には陸川家で跪かされていた痣が露わになった。

莉々はそれを見て、ふっと顔をしかめた。

そして不意に美穂の髪を束ねていた簪を引き抜いた。

黒髪が滝のようにこぼれ落ち、うなじに残る昨夜の赤い痕跡があらわになった。

「なにを気取ってるのよ」

莉々は簪の先で美穂の鎖骨を突き、先端が肌に食い込む。

彼女は嘲るように笑った。

「聞いたわよ?昨夜、和彦に子どもをねだったんだって?」
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