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第611話

作者: 青ノ序
綾は健吾の胸に顔をうずめ、ほのかに漂う清潔な香りが鼻をくすぐり、張り詰めていた心が、嘘のように落ち着いていく。

「もう大丈夫だ。綾」

健吾自身は、まだ現実味がなかった。彼は綾を抱きしめる手に、力任せに力を込めた。

恐怖はいまだに体にまとわりつき、骨まで凍るような冷たさを感じた。

もしあと2分遅かったら。3分というタイムリミットに間に合わなければ、一生綾を失っていたかもしれない。そう思うと、全身の血が凍りつくような恐怖に襲われた。

「マルス、このまま病院へ直行する」

健吾は声を振り絞り、もう一言付け加えた。「中野に、綾と瑞希は無事だと伝えろ。それと、一旦帰宅するようにともな」

湊の身を案じているわけではない。ただ、あの虚弱な男が焦って倒れでもすれば、結局綾が心配するだけだ。

綾はもう十分苦しんだ。これ以上、余計な心配事はさせられない。

健吾はミネラルウォーターを開け、綾の唇に添えた。「水を飲んで落ち着け」

綾はボトルを両手でしっかりと握り、半分近く飲み干した。

冷えた水が喉を通り抜ける。強張っていた体が、少しずつ緩んでいくのを感じた。

「健吾、本当にありがとう」

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