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第2話
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双子の罠に落ちた恋 第8話
時の流れは本当に早い。気がつけば、またブライダルクイーンコンテストの季節がやってきていた。この一年、私はひたすらデザインの世界に没頭した。世界各国のショーに招かれ、発表したウェディングドレスコレクションはいくつも賞を取り、自分の立ち上げたオートクチュールブランドは、予約がすでに二年先まで埋まっている。だから今の私は、出場者ではなく、最終審査員としてこの場に立つ。神谷家のことも、ときどき耳に入ってくる。聞いた話では、あの兄弟は、あの時の殴り合いを境に、完全に決裂したらしい。帰国後はさらに、家族企業の支配権を巡って、互いに死ぬ気で争ってきたそうだ。颯斗は容赦のない強硬策を取り、陽翔はそれ以上に節操を捨てて暴走し、兄弟の内輪揉めはとめどなく続いた。莫大な資金が次々と私的に流用され、有能な社員たちは離れ、さらにいくつかの大型投資の失敗も重なり、ファッション業界の招待リストから、もはや「神谷」の名は消えている。コンテスト開幕前、私は鏡の前で、これからインタビューを受けるときに着るドレスの襟元を整えていた。そこへ、どこか複雑な表情をしたミーナがタブレットを差し出してくる。「芽衣、今日のニュース、見た？神谷家、破産したって」ニュースによれば、颯斗は巨額の借金を抱え、海外へ逃亡した。その後の行方はつかめていないという。一方の陽翔は、激しい口論のあと車を暴走させ、脚に重傷を負って障がいが残り、今では姿をくらませ、消息は途絶えている。SNSでは、【まさかあの神谷家の双子が、こんな落ちぶれ方をするなんて】と嘆くコメントが相次ぐ。一方で、【自業自得。あんな卑怯なことばかりしてたんだし】と容赦のない批判も少なくなかった。私はタブレットの画面をそっと伏せ、テーブルの上に置く。そして真紅のリップを手に取り、ゆっくりと唇の輪郭をなぞっていく。そして立ち上がり、扉の方へ自信に満ちた笑みを向けた。恋人のアレックスが、手にスズランの花束を抱えて部屋に入ってきた。彼は才能豊かで、何より私の仕事を心から尊重してくれる建築デザイナーだ。澄んだ青い瞳にやわらかな愛情と惜しみない賛美を滲ませながら、私の額にそっとキスを落とす。「芽衣、今日の君は本当に、目を離せないくらい綺麗だよ。準備はいい？外では、君を映そうとフラッシュが待ちきれないみたいだよ」
双子の罠に落ちた恋 第7話
あれだけ多くの人の前で陽翔の本性を暴いたのだから、もう二度と彼に付きまとわれることはない――私はそう思い込んでいた。それからは、新作のデザインにただ没頭する日々だった。だが、あの兄弟の執着の深さを、私はあまりにも甘く見ていた。陽翔は、私の望みどおり視界から消えてくれることなどはなかった。その後、彼はさまざまな形で姿を見せるようになった。ときには幽霊のように無言で、一定の距離を置いて私のあとをつけ、ときには私のスタジオのビルの前をうろつき、高価な贈り物や、後悔を殴り書きしたような手紙を置いていく。そのうえ、スポンサー経由でスタジオとつながろうとまでしたが、私かミーナに、ことごとく門前払いを食らった。彼の執着は、もはや病的と言っていいほどだ。私を見るたび、まるで裏切ったのが私であるかのように、あふれるほどの愛情めいたまなざしを向けてくる。けれど私にとっては、ただの生理的な嫌悪でしかない。追い払ってもまた飛んでくる、しつこいハエにまとわりつかれているような気分だ。さらに意外だったのは、颯斗までここに現れたことだ。彼は相変わらず、隙のないエリートらしいスーツ姿だったが、眉間にこびりついた陰りと疲労の色のせいで、以前の余裕めいた輝きは薄れていた。彼は私の行く手をふさぎ、低い声で言う。「芽衣、俺は綾香と別れた。彼女の作品は全部取り下げられたし、お前の作品を盗作したって、本人も認めた。ブライダルクイーンコンテストの実行委員会は、お前に改めてティアラを授与するつもりだ」自分がどれほど私のために動いたかを、彼は懸命に言葉にして並べ立てる。あのときの傷を、上書きして忘れさせようとでもするように。声には、隠しきれない焦りが滲んでいる。「だから、俺を許してくれないか？もう一度、お前を追いかけるチャンスをくれないか？」かつて私に想いを伝えた時よりも、今の彼の表情はずっと真剣だ。けれど今の私には、それが関係のない安っぽい演技にしか見えない。私の目は、冷え切ったまま微動だにしなかった。私の冷ややかな無視は、颯斗の誇りを深くえぐったようだ。彼の顔は一瞬で陰り、かつては自分の思いどおりに扱っていた女が、今は自分が与えた仕打ちをそっくりそのまま返してくる――その事実が、どうしても飲み込めないのだ。「芽衣！俺を本気で怒らせるな。俺が何だって
双子の罠に落ちた恋 第6話
海外での日々は、思い描いていたほど棘だらけではなかった。過去という枷を断ち切った私は、持てる力のすべてを新しい学びと創作に注ぎ込んだ。一流のチームの中で学びを吸収し、メンタルトレーナーの導きで心を立て直しながら、毎日は忙しくも満ち足りていた。陽翔を再び目にしたのは、一週間後のことだ。その日私は、ミーナと次のシーズンのシルエットについて熱く意見を交わしていた。陽射しはやわらかく降りそそぎ、体を包み込むように温かい。今の私の、穏やかで希望に満ちた心そのもののように感じられる。そこへ、唐突に一つの影がその静けさを踏みにじるように割り込んできた。陽翔だ。彼はこれまでの、颯斗を真似たエリートスーツ姿をきっちり捨て去り、いかにも気取ったストリートブランドのパーカーにダメージジーンズという格好で現れた。耳にはやたらと目立つダイヤのピアスまで光らせ、どこか不良めいたチャラさと、遊び人の色気を演出しようとしているのが見え見えだ。かつて二人が見分けのつかない鏡写しの双子だったとするなら、今の彼らは、一目で別人だとわかる。陽翔は、俗っぽく派手な赤バラの大きな花束を抱えて、自分では魅力的だと思っているらしい笑みを浮かべながら、私の前にずいっと顔を近づけてくる。「ねえ、お嬢さん、仲良くしよ？」私はゆっくりと顔を上げ、彼の目に浮かぶ期待と緊張を、静かに一瞥した。怒りも、動揺もない。ただ、どうでもいい。むしろ視界の端にあると邪魔なだけの物体を見るような気持ちだ。私は何も言わず、少しだけ体を横にずらして、ミーナと一緒に彼を避けて通ろうとした。まるで彼が、触れることもできない空気の一部であるかのように。その完全な無視が、明らかに彼のプライドを刺したらしい。陽翔はあわてて二歩詰め寄り、またしても私の前に立ちはだかって道を塞ぐと、半ば押しつけるように花束を差し出してきた。声は一段高くなり、どこか演技めいた熱がこもっている。「お嬢さん、その冷たさで俺の心はすっかり砕けましたよ。それでも、この胸はまだ、君のために鼓動しつづけるんです！」彼は手を差し出し、わざとらしく強調するように言う。「改めて自己紹介させてください。神谷陽翔といいます。君に会えて、本当にうれしいです」その大袈裟な仕草に、周囲の興味深そうな視線が一斉に引き寄せられる。私は
双子の罠に落ちた恋 第5話
スマホの向こうから、無機質なビジー音だけが流れ続ける。颯斗はスマホを握りしめ、指の関節が白く浮き上がっていた。いつもは冷静さを崩さないはずの整った顔に、初めて動揺の影が走った。信じられないという驚きと、本人さえ気づいていないわずかな狼狽が、表情の上で入り混じった。――芽衣が、俺をブロックした？あいつ、よくもそんな真似を。陽翔は、颯斗の険しい顔色と、何度も同じ動作で発信を繰り返す様子を見て、ニヤリと腹黒い笑みを浮かべた。「どうやら、彼女はまだ懲りてないみたいだ。あんたは綾香のそばにいてやれよ。芽衣の居場所は、今すぐ人に当たって調べさせる。安心しろ、必ず本人の口から綾香の盗作をしたって認めさせてやる」だが、返ってきた報告は、二人の胸に鈍い一撃を叩き込んだ。芽衣は、もう海外へ行ってしまっていた。「海外？誰がそんなことを許した！」陽翔の笑みが、一瞬で消えた。声がいきなり大きく跳ね上がり、壁に拳を叩きつける。彼には納得がいかなかった。今朝まであれほど素直で、頼るように自分の後ろをついてきた彼女が、どうして急に何もかも断ち切るように去っていけるのか。ふいに、朝の電話のことと、別れ際に芽衣のあの他人行儀な視線が脳裏によぎる。ぞくりとするような嫌な予感が、そっと頭をもたげた。「いや、ありえない。あの酔っ払いどもを俺が仕組んだなんて、あいつが知るはずがない。知っているわけがない！」何か大事なものを永遠に失ってしまうような恐怖が、陽翔の中で膨れ上がり、もはや平静ではいられなかった。手の甲の痛みも構わず、彼は踵を返して飛び出そうとする。颯斗は眉間にしわを寄せ、不機嫌そうに陽翔をじっとにらみつけ、警告めいた声で言う。「陽翔、お前のその反応はやりすぎだ。俺の代わりにあいつと何回か寝ただけじゃないか？まさか本気で、あいつに惚れたわけじゃないよな」「そうだよ。俺はあいつに惚れた。だから何だよ？あんたが要らないって言う女を、俺がもらうだけだ。むしろ都合がいいだろ」陽翔は冷えた目で睨み返す。「そもそもあんたが芽衣と付き合ってたのは、綾香の邪魔になる駒をどかすためだけなんだろ？」颯斗は言葉を失った。芽衣が自分の手の届かないところへ行ってしまったと知るまでは、彼の中で彼女は、用が済めば捨てられるはずの、ただの使い捨ての存在に過ぎ
双子の罠に落ちた恋 第4話
あの嘘と裏切りに満ちた牢獄を抜け出した瞬間、空気まで少し澄んで感じられた。四時間のフライトでも疲れはまったくなく、まるで繭を破って羽ばたく蝶のような、軽やかさと解放感だけが私の胸に広がっていく。これから一緒に仕事をするパートナーのミーナと打ち合わせをしているとき、スマホが何度か震えた。綾香からのメッセージだった。最初に届いたのは一枚の写真だった。ブライダルクイーンのティアラを載せた綾香が、私から奪ったあの作品の隣に誇らしげに立ち、その両脇には颯斗と陽翔がぴたりと寄り添っている。その直後、二つの音声メッセージが続いた。綾香は挑発するように声を弾ませた。「あなたの作品で私が優勝できたから、特別に教えてあげるわ。颯斗はね、そもそもあなたなんて好きじゃなかったの。付き合ったのも、全部私のため。ベッドに入るのだって嫌がって、代わりに陽翔に行かせてたくらいよ」「それから、例の写真。撮ったのは陽翔よ」得意と悪意を混ぜた声が手の中のスマホから流れ出す。ミーナは心配そうに私を見つめた。「清水さん、大丈夫？」私はゆっくりと顔を上げた。驚くほど落ち着いていて、むしろ口元にはかすかな笑みさえ浮かんでいる。そして、スマホでブライダルクイーンコンテストのライブ配信を開く。「ミーナ、いいもの見せてあげるね」画面の中で、綾香はスポットライトの中心に立ち、司会者の問いに微笑みながら答え、最高の晴れ舞台を楽しんでいる。そのそばには颯斗と陽翔が、まるで忠誠を誓う騎士さながらに寄り添い、甘い眼差しを向けている。突然、出場者のひとりがスマホを掲げて綾香の前に押し出てきた。「橘さん、説明してもらえますか？あなたの受賞作品が、清水芽衣さんが雪町の合同ウェディングのために無償でデザインしたウェディングドレスと、どうしてここまでそっくりなんでしょう？盗作したのはあなたなのか、それとも彼女なのか、どちらなんです？」「清水芽衣」という名前は、あのきわどいプライベート写真の炎上騒動で、今やそれだけで強い話題性と物議を呼ぶ存在になっている。その名が急に持ち出された途端、まるで油の沸いた鍋に冷水を垂らしたみたいに、会場は一気にざわめきが爆発した。無数のカメラが一斉に綾香に向けられ、答えを待ち構える。綾香の顔色が一瞬で青ざめ、彼女はすがるように颯斗の腕を掴んだ
双子の罠に落ちた恋 第3話
きっと、ふだんの私があまりにも言いなりだったせいだろう。私がこんな無茶なお願いをあっさり受け入れても、颯斗は少しも驚かなかった。「じゃあ、お前はゆっくり朝ごはん食べてて。俺はこの手稿を綾香に届けてくる」そう言って、彼は待ちきれないとばかりに手稿をひったくると、こちらを一度も振り返らずに慌ただしく出て行った。ついさっき、一緒に朝ごはん食べようと言ったのが、まるで別人だったみたいに。――芽衣、あなたこの二ヶ月、どれだけ目が曇ってたの？こんな露骨な計算を愛だなんて思い込んで。自嘲するような乾いた笑いが漏れた。テーブルの朝食をそのままゴミ箱に放り込み、私はくるりと背を向けて外に出た。海外へ発つ前に、やらなければならないことが山ほどある。家とスタジオを売りに出し、これまでの作品も一冊にまとめておかなければならない。向こうで仕事をスムーズに始めるためだ。私はスタジオにこもり、黙々と資料をまとめていたそのとき――ドンッ！とけたたましい音とともに、扉が乱暴に蹴り開けられた。酒臭さをまとった数人の男たちがふらつきながらなだれ込んでくる。私を見つけるなり、彼らの顔に、吐き気がするほど下卑た笑みが浮かんだ。「おお、人気デザイナーの清水様じゃないか？まだウェディングドレスなんか作れるの？俺たちでインスピレーション探してやろうか？」「そうそう、ドレス着せてからビリビリに破く感じでさ」「今すぐ出て行って。さもないと警察を呼ぶわ！」私は震える手でハサミを持ち上げて威嚇したが、まったく効果はなかった。男たちはかえって興奮したように距離を詰め、私の服を引きはがそうとする。「お前のベッド写真、もうネットで拡散されまくってんだぜ？今さら清純ぶるなよ！」ハサミはあっさりともぎ取られ、床に放られて耳を刺すような音を響かせた。私は強い力で後ろ向きに押し倒され、作業台に叩きつけられた。冷たい天板が背中に食い込み、煙草と酒の混じった臭いが喉を焼くようにせり上がってくる。ざらついた手が、容赦なく私の服を引き裂こうとする。絶望が、凍りつくような勢いで私を覆い尽くした。突然、扉が再び蹴り開かれ、陽翔が真っ赤な目で駆け込んでくる。彼は怒りに燃えた獣のように男たちを次々と追い払うと、私のもとへ駆け寄り、自分のコートで私の震える身体を包み込んだ。
