Short
愛を尽くした、その果てに

愛を尽くした、その果てに

By:  クルミKumpleto
Language: Japanese
goodnovel4goodnovel
14Mga Kabanata
21views
Basahin
Idagdag sa library

Share:  

Iulat
Buod
katalogo
I-scan ang code para mabasa sa App

「みのり……ずっと愛しているよ」 深夜の寝室、佐原景斗はベッドの上で抑えきれない呻き声を漏らしていた。 絶頂に達しかけたその刹那―― 枕元に置いたスマホが不意に振動し始めた。 普段の彼なら無視するはずだった。 だが、画面が灯り、表示された名前を見た瞬間、景斗の動きは止まった。 橘みのりは、荒い息を整えながら、その様子を黙って見つめていた。 「……もしもし?」 静まり返った夜気の中で、電話の向こうから男の声が響いた。 「景斗!詩織のこと、覚えてるか?!」 景斗は低く声を抑え、アラビア語で遮った。 「声を抑えろ、今は都合が悪い」 相手もすぐにアラビア語に切り替えたが、声は依然として大きいままだった。 「病院の診断が出た!詩織は末期がんだそうだ!余命一ヶ月だって!彼女は死ぬ前にお前と一緒にいたいと言っている。それが彼女の最後の願いなんだ!」 その瞬間、景斗の顔色が一変した。 「……何だと!?すぐ行く!」 電話を切ると、景斗は振り返りもせずに言った。 「みのり、急用ができた。家で待っててくれ。すぐ戻る」 彼女が答える間もなく、彼は身を起こし、シャワーを浴びて服を着替え、玄関のドアを閉めて去っていった。 部屋には再び静寂が落ちた。 振動音が響き、みのりのスマホ画面が明るく光った。 そこには沢木詩織からのメッセージが表示されていた。 【橘みのり、あなたの負けよ。言ったでしょ?景斗は私のものだって】 その上には、三日前に届いたメッセージがあった。 【もし私が癌になったら、彼はどうすると思う?あなたを捨てて、私のもとへ来るに違いないわ】 みのりはゆっくりとスマホを伏せ、開け放たれた寝室の扉を見つめた。 景斗は知らなかった。 彼女がとっくにアラビア語を習得し、さっきの通話内容をすべて理解していたことを。 静かな沈黙の中で、みのりはうっすらと苦笑を浮かべた。 「そうね……私の負けよ……」 そう呟く声は、夜の静寂の中に消えていった。

view more

Kabanata 1

第1話

「みのり……ずっと愛しているよ」

深夜の寝室、佐原景斗(さはら けいと)はベッドの上で抑えきれない呻き声を漏らしていた。

絶頂に達しかけたその刹那――

枕元に置いたスマホが不意に振動し始めた。

普段の彼なら無視するはずだった。

だが、画面が灯り、表示された名前を見た瞬間、景斗の動きは止まった。

橘みのり(たちばな みのり)は、荒い息を整えながら、その様子を黙って見つめていた。

「……もしもし?」

静まり返った夜気の中で、電話の向こうから男の声が響いた。

「景斗!詩織のこと、覚えてるか?!」

景斗は低く声を抑え、アラビア語で遮った。

「声を抑えろ、今は都合が悪い」

相手もすぐにアラビア語に切り替えたが、声は依然として大きいままだった。

「病院の診断が出た!詩織は末期がんだそうだ!余命一ヶ月だって!彼女は死ぬ前にお前と一緒にいたいと言っている。それが彼女の最後の願いなんだ!」

その瞬間、景斗の顔色が一変した。

「……何だと!?すぐ行く!」

電話を切ると、景斗は振り返りもせずに言った。

「みのり、急用ができた。家で待っててくれ。すぐ戻る」

彼女が答える間もなく、彼は身を起こし、シャワーを浴びて服を着替え、玄関のドアを閉めて去っていった。

部屋には再び静寂が落ちた。

振動音が響き、みのりのスマホ画面が明るく光った。

そこには沢木詩織(さわき しおり)からのメッセージが表示されていた。

【橘みのり、あなたの負けよ。言ったでしょ?景斗は私のものだって】

その上には、三日前に届いたメッセージがあった。

【もし私が癌になったら、彼はどうすると思う?あなたを捨てて、私のもとへ来るに違いないわ】

みのりはゆっくりとスマホを伏せ、開け放たれた寝室の扉を見つめた。

景斗は知らなかった。

彼女がとっくにアラビア語を習得し、さっきの通話内容をすべて理解していたことを。

静かな沈黙の中で、みのりはうっすらと苦笑を浮かべた。

「そうね……私の負けよ……」

その呟く声は、夜の静寂の中に消えていった。

彼と過ごした日々のひとつひとつが、囁きとともに脳裏に蘇る。

景斗は南城市随一の財閥、佐原家の御曹司にして、「天才」と謳われた青年だった。

一方の私、みのりは、山奥の桐ノ里育ちの田舎娘に過ぎなかった。

十七歳の夏、崖から転落した彼と出会った。

あれほど整った顔立ちの人を、私はそれまで見たことがなかった。

私は必死で彼を家まで背負い、懸命に看病した。

目を覚ましたとき、景斗は視力を失い、記憶すら失くしていた。

それから一年以上、彼は私の家で暮らした。

記憶を取り戻した彼は、ようやく私の助けで佐原家へ連絡を取ることができた。

その夜、景斗は私に告げた。

「一緒に南城市へ戻ってほしい。一生、君だけを愛している」

私は泣きながら頷き、迷いなく南城市へついて行った。

そして、後になって知った。

あの日、彼が崖から落ちたのは事故ではなかったことを。

当時、彼には詩織という恋人がいて、彼女と山道を散策していたとき、詩織を庇って転落したのだと。

だが、沢木詩織は何も語らず、そのまま海外へ去っていった。

南城市に戻った頃、景斗の視力はまだ回復してなかった。

佐原家は後継者の交代を検討し始めていた。

私は彼がその現実に耐えられるのか不安だったが、彼は私の手を握りしめ、微笑んで言ってくれた。

「俺にはみのりがいてくれれば、それで十分だ」

その言葉を信じて、私は大学で寝食を忘れて勉学に励み、人体実験に近い危険な治療法すら試した。

そして、ようやく――彼の目は光を取り戻した。

彼の視力が戻ったとき、「一生、君を裏切らない」と言って、私を抱きしめてくれた。

そして、彼は再び佐原家の後継者となった。

「佐原家の跡取りが、訛りの残る田舎娘なんかと一緒にいるはずがない」と陰で笑う人もいた。

それでも彼は私を宝物のように大切に扱い、誰かが私を侮辱すれば、その場で怒りをあらわにした。

佐原景斗の最愛の人は橘みのりであると、彼は態度で示し続けた。

周囲も次第に信じるようになり、私自身も信じて疑わなかった。

――三ヶ月前、沢木詩織が戻ってくるまでは。

彼女は帰国後、私にLINE登録をして、彼との思い出話を毎日のように送ってきた。

でも、私は気にしなかった。

過去のことだし、今の景斗は私一筋だと信じていたから。

でも――彼は一本の電話で、何の躊躇もなく私を置いて、彼女の元へ行った。

詩織が「癌で余命わずか」と告げてきた電話一本で。

三日前、沢木詩織から届いたメッセージを景斗に見せたとき、「気にするな、あれは君の気を引きたいだけだ」と彼は笑っていた。

その言葉を信じていたのに……。

私は部屋の片隅で身体を丸め、息を殺していた。

どれくらい時間が経ったのだろう。

スマホが震え、見知らぬ番号から動画が送られてきた。

震える指で再生ボタンを押すと、聞き慣れた景斗の声が耳に刺さった。

「詩織……」

沢木詩織が彼の胸に飛び込み、顔を上げてキスを求めていた。

「景斗、私はもうすぐ死んじゃうの……お願い、突き放さないで……」

景斗は目を閉じ、そのキスを受け入れた。

画面は途切れ、残されたのは二人の荒い呼吸だけだった。

その声は骨の髄まで染み付いていて、聞き間違えるはずもなかった。

頬に、音もなく涙がつたった。

私はスマホを握りしめ、一通のメッセージを打ち込んだ。

【教授、海外研修の件はお受けします】

景斗は私たちの誓いを裏切った。

だから私は――彼のもとを去る決心をした。
Palawakin
Susunod na Kabanata
I-download

Pinakabagong kabanata

Higit pang Kabanata

Mga Comments

Walang Komento
14 Kabanata
第1話
「みのり……ずっと愛しているよ」深夜の寝室、佐原景斗(さはら けいと)はベッドの上で抑えきれない呻き声を漏らしていた。絶頂に達しかけたその刹那――枕元に置いたスマホが不意に振動し始めた。普段の彼なら無視するはずだった。だが、画面が灯り、表示された名前を見た瞬間、景斗の動きは止まった。橘みのり(たちばな みのり)は、荒い息を整えながら、その様子を黙って見つめていた。「……もしもし?」静まり返った夜気の中で、電話の向こうから男の声が響いた。「景斗!詩織のこと、覚えてるか?!」景斗は低く声を抑え、アラビア語で遮った。「声を抑えろ、今は都合が悪い」相手もすぐにアラビア語に切り替えたが、声は依然として大きいままだった。「病院の診断が出た!詩織は末期がんだそうだ!余命一ヶ月だって!彼女は死ぬ前にお前と一緒にいたいと言っている。それが彼女の最後の願いなんだ!」その瞬間、景斗の顔色が一変した。「……何だと!?すぐ行く!」電話を切ると、景斗は振り返りもせずに言った。「みのり、急用ができた。家で待っててくれ。すぐ戻る」彼女が答える間もなく、彼は身を起こし、シャワーを浴びて服を着替え、玄関のドアを閉めて去っていった。部屋には再び静寂が落ちた。振動音が響き、みのりのスマホ画面が明るく光った。そこには沢木詩織(さわき しおり)からのメッセージが表示されていた。【橘みのり、あなたの負けよ。言ったでしょ?景斗は私のものだって】その上には、三日前に届いたメッセージがあった。【もし私が癌になったら、彼はどうすると思う?あなたを捨てて、私のもとへ来るに違いないわ】みのりはゆっくりとスマホを伏せ、開け放たれた寝室の扉を見つめた。景斗は知らなかった。彼女がとっくにアラビア語を習得し、さっきの通話内容をすべて理解していたことを。静かな沈黙の中で、みのりはうっすらと苦笑を浮かべた。「そうね……私の負けよ……」その呟く声は、夜の静寂の中に消えていった。彼と過ごした日々のひとつひとつが、囁きとともに脳裏に蘇る。景斗は南城市随一の財閥、佐原家の御曹司にして、「天才」と謳われた青年だった。一方の私、みのりは、山奥の桐ノ里育ちの田舎娘に過ぎなかった。十七歳の夏、崖から転落した彼と出会っ
Magbasa pa
第2話
景斗は、一晩中帰ってこなかった。翌日の早朝、白川和馬(しらかわ かずま)教授から電話がかかってきた。「……橘君、本当に一緒に海外へ行く気になったのか?」白川教授の声は、わずかに息が上がっていた。「最初の滞在先は国境なき医師団だ。危険な現場にも入るし、国内とは長く連絡が取れなくなるかもしれないぞ」私は小さく息を吐くも、はっきりと言った。「はい。もう決めました」しばらく沈黙が落ちた。「……ついこの前まで、『婚約者と結婚するから』って断ってただろ?急にどうしたんだ?」「別れるつもりです」その一言で、察してくれたのだろう。「……わかった。覚悟はできてるんだな?」「はい、できてます」「じゃあこの二日間で履歴書と必要書類をまとめて提出してくれ。俺が手続きを進める。出発は一か月後だ」電話が切れると同時に、景斗からメッセージが届いていることに気づいた。【みのり、急な仕事で出張になった。南城に戻ったら連絡するから、大人しく待っててくれ】その文字を見つめ、私は苦笑いした。スマホを伏せて机に置き、留学手続き用の書類を広げた。私の実家は山間の小さな集落で、十数軒の家がぽつぽつと並ぶだけの場所だった。祖母は村でただ一人、薬草を使える村医者だった。私は三歳の頃から祖母の背中について山を歩き、薬草や鉱石の効能を学びながら育った。私が医大への進学を決めたのは、ただ景斗の目を治したかったからだ。景斗も、本気で私を支えてくれた。佐原家の人脈を使って全国の医療ネットワークを動かし、トップ専門医に弟子入りできるよう、私を推薦してくれた。私は医術の才に恵まれ、腕は飛躍的に向上していった。彼の目を治したとき、私の恩師となったのが白川教授だった。半年前、白川教授が数名の医学生を連れ、海外の医療支援活動を行う計画を立てたとき、私は結婚を理由に断った。でも、今は違う。私は国境なき医師団と行動をともにし、より多くの命を救うと決意した。そうすれば――景斗は、もう私を見つけることはできない。書類をまとめ終えた頃、また見知らぬ番号から動画が届いていた。再生すると、沢木詩織が景斗の胸に寄りかかっていた。「景斗……私、一ヶ月だけ、あなたの妻になりたいの。一か月後に私が死んだら、みのりさんのところへ戻れ
Magbasa pa
第3話
午前九時、景斗から電話がかかってきた。「マンションの地下駐車場で待ってる。降りておいで」あらかじめ用意しておいた供物を抱え、私は彼の車に乗り込んだ。祖母が亡くなったのは、私が大学二年のときだった。本当は、故郷の山の上に眠らせてあげるつもりだった。でも景斗は、「おばあさんをひとり田舎に置いていけない」と言って、南城の霊園に祖母を埋葬した。でも、今になって思う。私はこの街を去るつもりだし、どのみち祖母はひとりこの街に取り残される。あのとき、彼の約束なんて信じるべきじゃなかった。祖母のことを思うと、涙が止まらなかった。車の中で肩を震わせる私を見て、景斗は慌てて車を脇に寄せ、私を抱きしめた。「みのり、泣かないで……おばあさんが天国で心配しちゃうだろ」私の涙の理由なんて知らずに、彼は偽善的な態度を取り繕っている。この男は、最後まで私を騙し通すつもりなのだ。「……そうね。心配させちゃいけないわね。もう行きましょう」景斗は、私の顔を覗き込みながら言った。「みのり……何かあったのか?おばあさんが亡くなってもう随分経つのに、今日の君の様子はおかしいよ」私は首を振った。「ううん。ただ、急に恋しくなっただけ」彼に何度か問いかけられたけど、私は何も答えなかった。「……もう泣かないで。さもないと、おばあさんに『みのりは弱虫だ』って言いつけるよ?」私は黙ったまま、視線を落とした。墓地に着くと、供物を手に車を降りた。景斗が手伝おうとするも、私は避けた。「自分で、おばあちゃんに渡したいの」二人で並んで墓地の階段を登った。祖母の名前が刻まれた墓碑が目に入り、胸が張り裂けそうになった。私はゆっくりと膝をつき、墓碑に手を添えた。景斗も隣で膝をつき、手を合わせた。「おばあさん、安心してください。俺が、みのりを一生守ります」どうしてこの男は、祖母の前で平気でそんな嘘がつけるのだろう。私は袋の中から、赤い組紐を取り出した。祖母の墓前に置こうとしたそのとき、景斗が私の手首を掴んだ。「みのり……それって、俺たち二人のために編んだ組紐だろ?」私は小さく頷いた。「結婚式で交換するって約束したものだよな?」景斗は眉をひそめた。「式の日まで大事に取っておくって、言ってたじゃな
Magbasa pa
第4話
心の中で祖母に別れを告げると、私は墓地の階段を降りようと背を向けた。景斗はその場に残り、墓前の線香が完全に消えるのを待ってから後を追ってきた。その瞬間だった。背後で沢木詩織の悲鳴が響き、階段から転がり落ちていくのが見えた。「詩織!」景斗は雷に打たれたかのように私を押しのけ、その拍子に石段へ叩きつけられた私に振り返りもせず、詩織のもとへ駆け寄った。「大丈夫か?骨折してないか?病院へ行こう!」彼は詩織を抱き上げ、その場を走り去った。その場に取り残された私は、さきほどの衝撃で右腕の袖が破れ、骨が覗くほどの深い傷を負っていた。血が溢れ、石畳を赤く染めていく。冷たい風が血の匂いを漂わせ、痛みで全身が震えた。それでも私は必死に立ち上がり、ふらつきながら霊園の門へ向かった。門にたどり着いたときには、景斗の車はもうどこにもなかった。その場にいた職員の方が血だらけの私を見て驚き、すぐにタクシーを呼んでくれた。「その女性を、すぐに病院までお願いします!」と、運転手に頼み込む声が聞こえた。赤の他人でさえ、こんなに気遣ってくれる。なのに、景斗は――病院で傷口を洗浄され、縫合される間、私は冷や汗を流しながらも、一度も声を上げなかった。「痛くないの?こんなに我慢強い人は初めてだよ」と、医師は驚いた顔で言った。私は答えず、ただ窓の外を見つめた。祖母が亡くなったあと、景斗が私の支えになると信じていた。でも今や、彼を私の人生から切り捨てるしかない。泣き言を言える相手なんて、もうどこにもいない。だから――強くならなきゃいけないのだ。会計を済ませて病院を出ようとしたとき、詩織を抱きかかえた景斗と鉢合わせた。私を見るなり、彼の表情が険しくなる。「みのり!詩織は癌で余命わずかだと言ったのに、どうして彼女を突き飛ばしたんだ!?君のせいで何かあったら、どう責任を取るつもりだ!」胸の奥で、何かがひび割れる音がした。「私が突き飛ばしたって、彼女がそう言ったの?私はそんなことなんてしてないわ!」景斗の目が冷えた色を帯びた。「みのり!あの石彫は、俺が彼女にあげると決めたんだ。文句があるなら俺に言えよ!病人に当たるなんて、君の優しさはどこに行ったんだ?」胸の奥が冷たくなり、言葉が自然に口をついた
Magbasa pa
第5話
病院を出て間もなく、景斗から何度も電話がかかってきた。でも私は、出る気にはなれなかった。しつこく鳴り続ける着信音がようやく止むと、今度はメッセージが届いた。【みのり、白川教授を疑ったわけじゃないんだ。今日は焦ってて、言葉を選べなかっただけだ。教授にも、君にも謝るよ。教授に一言伝えてくれないか?】私は返事をしなかった。しばらくして、またメッセージが届いた。【詩織を連れて再検査した。彼女にはもう時間が残されていない。余命わずかの彼女に嫉妬しないでくれ。彼女を見送ったら、俺の残りの人生は君に捧げるよ。一ヶ月後、君を両親に紹介する。そしたら結婚式を挙げよう。これからはずっと一緒だ】私はスマホを閉じ、心の中で静かに答えた。――佐原景斗、私たちに未来なんてない。私のこれからの人生に、あなたはいらない。その夜、SNSを開くと、沢木詩織の投稿が目に飛び込んできた。景斗にスリッパを履かせてもらっている写真、マフラーを巻いてもらっている写真、スープを飲ませてもらっている写真……そして最後の一枚は、肩を寄せ合って微笑む二人の写真だった。画面越しの二人は、とても幸せそうだった。私はしばらくその画面を見つめ、最後にそっと「いいね」を押した。翌朝、私は帰郷の航空券を予約した。直行便はなく、いくつか乗り継ぎを経て、夕暮れ前に小さな町の停留所で降りた。荷物を抱えタクシーに乗り込み、舗装された山道を進んだ。数年前、景斗と一緒にこの山を出たとき、彼が出した資金で村へ続くコンクリートの道路が整備された。その道を通って、今では家の前まで車で行ける。私は何日もかけて、荒れ果てていた実家を少しずつ片付けていった。村の人たちは私が戻ったことに気づき、声をかけてくれた。「おかえり、みのりちゃん」「久しぶりだなあ、元気にしてたか?」子どもたちも笑いながら駆け寄ってきて、私の手を握った。私の故郷――桐ノ里は、資源も仕事もない貧しい村だ。舗装路ができても、外の世界には遠く及ばない。私は、ひび割れた手で私の服の裾を引く小さな女の子を見つめ、胸の中で決意を固めた。――ここを離れる前に、私にできることをしよう。でもこの村には、寄付を受け取る仕組みすらなかった。だから私は、自ら慈善団体に連絡し、何度も桐ノ里の
Magbasa pa
第6話
胸が張り裂けそうになり、目の前が真っ白になった。震える手でスマホを握りしめ、連絡先を開いたが……誰にかければいいのかわからなかった。――佐原景斗?その名前が頭に浮かんだ瞬間、胸の奥が冷たくなった。もう、あの人は信じるに値しない。すぐに航空券を取ろうとしたが、直行便はなく、配車アプリでタクシーを呼び、夜行の高速鉄道に飛び乗った。南城市に着いたのは夕暮れ直前だった。空は重く垂れ込めた雲に覆われ、湿った風が頬を冷たく打った。タクシーから飛び降りると、私は霊園の中へ全力で駆け出した。祖母の墓のそばで、沢木詩織が骨壷を抱え上げようとしているのが見えた。「やめて!!」私は声を張り上げ、息が詰まるほど必死に駆け寄った。詩織が振り返り、不気味に笑うと、次の瞬間骨壷をわざと手から滑らせた。パリンッ!乾いた音が墓地に響き、骨壺は地面に叩きつけられ、粉々に砕け散った。私は崩れ落ち、割れた破片の上で両手を広げ、必死に灰を集めようとした。冷たい風が容赦なく私の腕をすり抜け、灰をさらっていく……「おばあちゃん……!おばあちゃん!!」声が枯れるまで泣き叫んだ。全部、私のせいだ。佐原景斗なんかを愛し、信じた私が間違っていた。どうして南城市へ来てしまったのだろう。どうして、佐原景斗を信じてしまったのだろう。私は立ち上がり、理性が吹き飛んだ頭で詩織を睨みつけ、そのまま突進した。「沢木詩織!おばあちゃんを返して!!」詩織は地面に尻もちをつきながらも、その唇にはまだ嘲笑の気配が残っていた。私がその頬に手を振り下ろそうとした、その瞬間――がっしりと腕を掴まれ、その一撃は宙で止められた。「景斗さん!橘さんが急に来て……私はわざと骨壺を落とすつもりじゃなかったの、ごめんなさい……」詩織が涙を流しながら縋るように言った。そして景斗は迷うことなく、彼女を庇った。「詩織、君のせいじゃない」その瞬間、胸の奥が凍りついた。張り裂けそうだった痛みさえ、すっと消えていった。私は景斗に振り向き、冷え切った声で告げた。「……手を離して」「みのり、詩織はわざとじゃないんだ……」その声には、不快感しか覚えなかった。心の底から気持ち悪いと思うこの男に、一瞬たりとも触れられたくなかった。
Magbasa pa
第7話
みのりからの返信がないことに、景斗は胸騒ぎを覚えた。電話をかけようとスマホに手を伸ばしかけたその瞬間――「……け、景斗……」と、詩織が弱々しい声で彼の名前を呼んだ。景斗はまた詩織に気を取られるしかなかった。医者からは、余命三日と宣告されていた。詩織の顔色は真っ青で、水も食事も喉を通らず、呼吸をするたび苦しそうに咳き込み、ときどき血を吐いた姿を晒していた。……でも、それはすべて彼女の演技に過ぎなかった。沢木家は、佐原家ほど裕福ではなかったが、同じ階層の家柄で、両家の親同士は古くからの知り合いだった。景斗と詩織は幼い頃から一緒に育った幼馴染だった。二人は高校から交際を始め、家族にも祝福されていた。だが大学一年のとき、詩織が無理に景斗を誘って出かけた登山で、例の事故が起きた。詩織は、生死不明の恋人を崖に残したまま、逃げるように海外へと姿を消した。その日を境に、佐原家は彼女への態度を一変させた。景斗は、あの崖での瞬間を忘れられずにいた。崖から落ちかけたとき、必死に古木の根を掴み、辛うじて宙吊りになっていた。詩織は最初こそ手を伸ばし、景斗を引き上げようとしたが、彼の手を掴んだ瞬間、体重に耐えられず、顔色を変えて手を振り払い、その場から逃げ出したのだ。あの事故は――紛れもなく詩織が原因だった。その当時、景斗は詩織を責めたこともあった。でもその後、みのりと出会い、彼女と一緒に過ごす時間の中で、記憶も視力も回復し、そして笑顔を取り戻したのだ。そんな中、詩織が再び戻ってきた。沢木家の不動産業は破綻寸前で、詩織は癌を患っているという噂まであった。景斗は放っておけなかった。「詩織は余命はわずかで、みのりは一生添い遂げる存在」と、自分に言い聞かせながら、詩織を優先し続けた。「冷たい病院で死にたくないの……これが最後の願いよ、景斗お兄ちゃん……」詩織が「お兄ちゃん」と呼んだのは、子どもの頃以来だった。高校で付き合うようになってからは、決して使わなかった呼び方だ。その一言が、景斗の胸を再び貫いた。「わかったよ」景斗は頷き、詩織の願いを受け入れた。翌朝、詩織は「最後に景斗さんお手製のうどんが食べたい」と言った。みのりのために料理を覚えた景斗にとって、それは造作もないことだった。
Magbasa pa
第8話
景斗は、何かを思い出した瞬間、狂ったようにその場を飛び出そうとした。「景斗さん……!」沢木詩織が縋るように彼の腕を掴んだ。しかし景斗はその手を力任せに振り払い、詩織を突き飛ばした。「どけ!」詩織の身体が地面に叩きつけられ、呻き声を漏らしたが、景斗は一度も振り返らなかった。彼はただ、全速力で家へ向かって走った。佐原家の人間は、みのりのことを「不釣り合いの女」だと見下していたため、景斗は必要な時にだけ実家へ戻り、普段はみのりと外で二人暮らしをしていた。みのりが医師になってからは、二人で病院近くの高級マンションで暮らしていた。家へ飛び込むなり、景斗は血走った目でリビングを見渡し、寝室へ駆け込み、洗面所のドアまで荒々しく開け放った。だが、どこにもみのりの痕跡はなかった。二人で撮った写真は一枚も残されておらず、ペアのマグカップも消えていた。みのりの私物も、生活用品も、一つ残らず片付けられていた。まるで、最初からここに彼女は存在しなかったかのように。景斗の心が、深く沈んでいった。彼はリビングの冷たい床に座り込み、目を閉じた瞬間、この一ヶ月、自分が何をしたのかが鮮明に甦った。「……みのり!」叫ぶと同時に、手が無意識に頬を打ち据えた。「みのり……俺が間違ってた!俺が悪かったんだ……!」血の味が口の中に広がるのも構わず、再び立ち上がり、階段を駆け下りた。ハンドルを握る手に力を込め、病院近くにある、もう一つのマンションへと車を走らせた。しかしそこも、空虚だった。家具だけが整然と残り、あの日々の温度はどこにもなかった。景斗は虚ろな目で部屋を見渡し、その場に立ち尽くした。頭が真っ白になり、これから何をすべきかも浮かばなかった。その時、不意に思い出したことがあった。震える指でスマホを取り出し、いくつかの番号を必死に押す。数分後、自分が用意したみのりの祖母の墓地が、未だ使われていないことが確認できた。次に、みのりの故郷へと電話をかけた。何度も繋ぎ直し、ようやく返ってきた答えは――あの日、景斗が詩織を連れて去ったあと、みのりは祖母の骨壺を抱え、夜のうちに村へ戻り、祖母の遺骨を村の墓地へ埋葬したということだった。景斗の背筋が一気に粟立った。みのりは……一体何を考えている?
Magbasa pa
第9話
私は白川教授と共に、国境なき医師団の一員として戦地へ向かった。そこは砲火が飛び交い、街の至るところで負傷者がうめき声をあげていた。粗末な病院には、必要な薬も人手も足りず、ベッドすらまともに揃わなかった。私たちが病院へ到着した日、大規模な爆撃が街を襲い、次々と交通事故が連鎖するように発生した。救急車が次々と重症者を運び込んでくるも、それすら足りず、現地の人々が担架で負傷者を運び込む姿もあった。私は何かを考える暇もなく、教授らチームとともに、無我夢中で救命処置に飛び込んだ。縫合、止血、胸骨圧迫、気管挿管――その作業を幾度となく繰り返した。ようやく手術室から出られた頃には、到着から十数時間が経過していた。疲労でふくらはぎは痙攣し、腕は痺れ、関節が痛みで軋んだ。食事は口に合わなかったが、空腹で倒れるわけにはいかず、黙々と流し込んだ。食べ終えると休む間もなく、再び呼び出されて治療へ向かった。まる三日間、寝ることなく救命を続けた。生きるか死ぬかの境目で患者を救い、その狭間で無力感に襲われても、また次の負傷者のもとへ走った。時折仮眠を取るも、空襲警報が鳴り響き、その音で跳ね起きた。近くで爆発音が鳴るたびに、私は身をかがめて自分の安全を確保しながらも、ついさっき救った患者の安否を案じていた。怒りや悲しみに浸る余裕はなかった。この場所での死は、日常だった。大人だけでなく、まだ小さな子どもたちでさえ、戦争の犠牲になってあっけなく命を落としていく。ある日、片腕を失った小さな女の子が運ばれてきた。切断の意味すら、まだまともに理解できない年頃だった。退院前日、その女の子は私を見上げて尋ねた。「退院したら、お花のブレスレット、またつけられる?」胸が張り裂けそうになった。私はその子の包帯に、お花のブレスレットの絵を描いてあげた。女の子は屈託なく笑った。その笑顔はあまりにも眩しく、私は病室を出ると壁にもたれ、しばらく動けずにいた。呼吸を整え、震えを抑えてようやく顔を上げた時、白川教授が近づいた。「橘君、ここでやっていけそうか?」私は小さく頷いた。「……大丈夫です」数多くの儚く脆い命を目の当たりしたからこそ、命の尊さを痛感していた。そして、もっと多くの命を救いたいと強く思った。
Magbasa pa
第10話
景斗はわかっていた。今すぐ自分の過ちを正し、みのりに誠意を尽くして償えば――まだ挽回できる余地は残されていると。だが、詩織が子どもを産めば、その可能性は完全に失ってしまう。「沢木詩織の腹の子なんて……要らない。俺はまだ若いし、子どもなんていつだって作れる」景斗は両親を前に、静かにそう告げた。だが両親は揺るがなかった。「お前は結局、橘みのりを取り戻したいんだろ?」父が低い声で問いかける。「彼女との子どもを望んでいるんだな?だが、もしみのりが戻らなかったらどうする?佐原家の跡取りはいなくなるぞ」その言葉を突きつけられた瞬間、景斗の表情がわずかに歪んだ。「みのりが戻らない」――その言葉が、鋭い刃のように胸を抉った。長い沈黙の末、景斗はまっすぐ父を見据えて答えた。「……それでも、俺はみのりを取り戻す。彼女と結婚して、彼女との子を持つ」梅子がすかさず問い詰めた。「もし橘みのりに子どもを産む気がなかったら?その時はどうするの?」景斗は視線を逸らさず、同じ言葉を繰り返した。「必ず取り戻す」その瞬間、両親は息子の覚悟を悟った。それでも、詩織の子どもを堕ろさせることだけは許さなかった。「いいか、景斗。お前は心配するな」父が告げる。「詩織には金を渡して海外で出産させ、二度と戻らせない。子どもは俺たちが責任を持つ。お前は橘みのりを取り戻すことだけを考えろ」景斗はしばらく黙り込み、父の提案を受け入れた。その会話を電話越しに聞いていた詩織は、思わず笑みをこぼした。彼女は、自分の勝利を確信したのだ。この計画は誰がどう考えても完璧で、景斗も最終的には納得すると詩織も梅子も信じて疑わなかった。赤ん坊さえ生まれれば、景斗は必ず自分の元へ戻ってくる。血を分けた子どもを、彼が無視できるはずがない。一度でも子どもに会いに来れば、その時には母親である自分にも会うことになる。そして何度も顔を合わせるうちに、過去の思い出を語り、少しずつ景斗の心を取り戻せばいい。雨垂れが石を穿つように、ゆっくりと確実に。詩織はそう信じて疑わなかった。梅子もまた、景斗への警戒を解き、詩織を高級マンションに匿った。しかし数日後、景斗はすぐに詩織の居場所を突き止めた。その日、会社の部下を連れてマン
Magbasa pa
Galugarin at basahin ang magagandang nobela
Libreng basahin ang magagandang nobela sa GoodNovel app. I-download ang mga librong gusto mo at basahin kahit saan at anumang oras.
Libreng basahin ang mga aklat sa app
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status