LOGIN国民護衛隊に所属する軍人である婚約者に、99回目のプロポーズをしたが、またも冷たく拒まれた。ついに堀友夏見(ほりとも なつみ)は諦めた。もう彼と結婚することを望まず、十年前のあの約束に縛られることもない――
View More豪雨のあと、夏見は重い足取りで家に戻った。鍵が鍵穴に触れた瞬間、突然の力で熱く焼けつく腕に引き寄せられた。彼女は驚いて身をよじったが、後ろの首に湿った感触がある――雨でずぶ濡れの体が触れたのだ。「俺だ」掠れた声が彼女の耳元をかすめた。振り返ると、基之の赤く充血した瞳が目に入った。普段は誇り高いあの目が血走り、顎のラインは折れそうなほど強張っている。彼の腕が彼女の肋骨を締めつけ、震える吐息が肩の窪みに押し潰されている。「ちょっとだけ、抱かせてくれ。ほんの少しでいい……お願いだ……」夏見は全身が硬直し、瞳孔が急速に収縮した。背中に密着する体温は灼けるようで、全身が痺れた――これは彼女が無数に想像した抱擁。だが今、現実はあまりに異質で、震えが走った。「放せ!」声の調子が変わり、肘が本能的に後ろへ跳ねた。抜け出して振り向くと、夏見は壁際でよろめきながら後ろの消防設備にぶつかった。基之のシャツはずぶ濡れで、中で激しく動く胸の動きが見える。決して人前に見せなかった狼狽の姿が、初めて夏見の目に映った。しかし、驚くよりも先に湧き上がったのは滑稽さだ。「酔ってるの?」長年の付き合いの中で、基之が酔っている姿を見たことがなかった。これは彼女にとって、初めて目にする泥酔した彼だ。基之は答えず、ただ夏見の瞳を見つめ、長く胸に秘めていた言葉を口にした。「夏見、君のことが好きだ」彼は彼女の驚いた瞳を無視して、話を続けた。「ずっと好きだ。でも、自分の気持ちを認められなかった。今になってようやくわかった――愛しているのは君だ」この言葉を、夏見は十年間待ち続けていた。しかし、基之が口にした瞬間、なぜか期待していた胸の高鳴りは訪れなかった。十年間、いつでも言えたはずの言葉を、彼は言わなかった。そして、この言葉が出たのは、彼女が離れたそのタイミングだ。皮肉なことだ。十年も待ち続け、心は冷え切り、完全に諦めていたのに。彼から目を離すことを学んだのに。こんな時、彼はかつて彼女が最も望んでいたものを手に入れ、遅れてやってきた。基之は喉を詰まらせ、指先が無意識に丸まり、何かを掴もうとしたが、結局はただ垂れ下がった。「君の周りの人に聞いたんだ……」低く掠れた声に執着が混ざっている。「君は恋愛していない――嘘をついたんだ
夏見はその言葉を聞いて軽く笑った。その清々しい笑みは鋭い刃のように、基之の最後の望みをあっさりと断ち切った。「手放したんじゃない――ようやく前に進むことを学んだの。近石基之……」彼女は突然、彼のフルネームを呼んだ。声はかすかで、まるでため息のようだ。「私のこと、いつもうるさいって思ってたでしょ?」そして振り返り、健の手を握った。十本の指が絡み合った瞬間、雨音が突然、耳をつんざくほど大きくなった。「あなたの望み通り、もうあなたにまとわりついたりしない」そう言い残し、夏見は振り返った。指先は健の掌にわずかに震えを残しつつも、決して離れなかった。二人は並んでカフェを出た。背後でガラスの扉がゆっくりと閉まり、基之の固まった姿を永遠に記憶の彼方へと隔てた。雨の中、二人が交差点を渡っていると、夏見の足が突然もつれた。健が手を伸ばす間もなく、彼女は歩道の水たまりに膝をついた。長く抑えていた嗚咽が喉を突き破り、激しい雨の中で砕け散った。雨水が髪先から口元に流れ込み、塩気が雨なのか涙なのか判別できない。健は傘を支える手の指の関節を白くしながら、最終的に傘をわずかに彼女の方へ傾けた。雨水が彼の左肩を濡らし、シャツに染み込む冷たさが彼をはっとさせた――二人の間には、ずっとちょうどよい友人としての距離感が保たれている。彼はしゃがみ込み、差し出したティッシュを途中で止めた。「利用されたのは俺だ。俺は泣かなかったのに、なぜ君が泣くんだ?」軽く装った声には、本人も気づかない震えが隠れている。街灯が二人の影を水たまりに映しているが、その間には三センチの距離が保たれている。まるで、この年月、細心の注意を払って守り続けてきた距離のように。夏見はゆっくりと顔を上げた。雨と涙が彼女の蒼白な頬を伝い、細い川のように流れている。震える睫毛には細かな水滴が光を反射し、砕けたように煌めいている。「健さん……」声は雨に濡れて、しわくちゃになったようだ。「もう二か月……私は必死に頑張ってきたのに……」夏見の指先は無意識に彼の袖を握り、関節が白くなった。「でも、どうして……彼を見ると、ここが――」胸を押さえ、嗚咽で言葉がほとんど出ない。「まだ痛いの?」健の喉仏が苦しげに動き、言葉にできなかった想いは重いため息へと変わった。彼
夏見はわずかに体をそらし、よそよそしい口調で言った。「あなたは私にとって、尊敬する兄のような存在。理屈で言えば、もしM市に来てくれたなら、きちんとおもてなしすべき」彼女は腕時計を見ながら、落ち着いた声で続けた。「でも、今日は残念ながら約束があるの」「兄のような……?」基之は呆然とした。その呼び方は鈍い刃のように、少しずつ胸を抉るようだ。かつて彼は、彼女に本当に自分を兄として見てほしいと願ったこともあった。しかし今、その言葉を耳にした瞬間、胸に込み上げたのは言葉にできない鈍い痛みだけだ。基之は声を震わせながら言った。「夏見……今の君は、本当に俺のことを兄のような存在として見てるのか?」長い沈黙の後、夏見はふっと笑みを浮かべた。その瞳には冷たい光が宿っている。「そうじゃないとしたら?」彼女は彼の目をじっと見つめた。「これって、昔あなたがずっと望んでいたことじゃないか?」基之は、心臓が引き裂かれるような痛みに襲われた。一歩踏み出し、かすれた声で言った。「もし、俺は君のことを妹以上に思っていたら?」「妹以上……って、何?」夏見は小さな声で返し、その瞳に皮肉が漂っている。彼女は思い出した――眠れずに転げ回ったあの夜、「俺は彼女を妹みたいな存在として見てる」という基之の言葉に、泣きじゃくったあの夜を。基之が口を開こうとしたその時、カフェの入口から清らかな声が響いた。「夏見、こっち」健はガラス扉の外に立ち、手に透明で長い柄の傘を握っている。細かい雨が彼の後ろで、朧げなカーテンのように降り注いでいる。夏見の表情はたちまち柔らぎ、唇に自然な笑みが浮かんだ。「待ち合わせしてた人が来た」彼女は基之に向き直って言った。「先に行くね」一歩踏み出した瞬間、手首を強く掴まれた。振り返ると、基之の赤く充血した瞳と目が合った。「彼はあの日のレストランにいた人か?」彼の声はかすれ、恐ろしいほどに震えている。「君たち……付き合ってるのか?」雨音がガラスを叩く音が急に鮮明に響いた。夏見はそっと手を振りほどき、答えずに健のもとへ走り出そうとした。だが、その前に振り向きざまに小声で認めた。「そうよ、彼は私の彼氏」彼女の声は雨音に溶け込むかのようにか細かった。だがその言葉は、基之の胸の奥で、何かが砕ける音を響かせた。それはま
知らぬ間に、夏見がM市に来てからすでに二か月が経っていた。引き出しの中のスマホが、再びあの馴染み深い振動を始めた。着信表示は、まだ乾いていない油絵の絵具の上に、四文字を映し出している。彼女は【近石基之】という文字が琥珀色に溶けていくのを見つめている。指先は受話ボタンの上にかかっているが、結局押すことはなかった――二人の間には、言い尽くすべき言葉が多すぎて、沈黙さえが最も安全な距離となっているのだ。彼女は志帆から届いた報告のメッセージを確認した。【夏見、あなたのあの絵が高額で買い取られたよ。それに、私たちのアトリエも黒字に転じ始めた】その知らせを聞いた夏見の目には、抑えきれない喜びが宿った。簡単に返信を返すと、再び画筆を手に取った。実は、彼女は大学で美術を専攻しており、絵の才能はずば抜けていた。さらに、美術大学の関係者から留学資金の提供も申し出られていた。だが、基之の後を追いたい一心で、長い間考えた末に断っていた。6700マイルも離れた距離にいても、夏見が唯一気にかけていたのは基之だけだった。しかし今、彼女と基之は別れた。だから、ようやく自分の趣味に取り組む時間ができたのだ。午後、夏見は志帆に教えてもらった住所へ向かい、絵を購入した人に会いに行った。だが、カフェに到着して扉を押し開けた瞬間、彼女の足は突然止まった。窓際の席で下を向き、画集をめくる姿が――あまりにも見覚えがあり、目が痛くなるほどだ。基之が顔を上げると、夏見は図面ケースを握りしめ、指先が白くなるほど力を込めて立っている。「あなた……」喉に言葉が詰まった。「俺が、その絵を買った人だよ」基之は画集を閉じた。表紙には夏見の作品が大きく印刷されている。夏見の目に驚きの色が走った。基之が絵を収集する趣味がないことは、彼女がよく知っている。ましてや、たった一枚の絵のために、わざわざS市からM市まで来るはずがない。こんな偶然があるはずがない――それなのに、その絵は偶然にも彼女の作品だ。彼女が困惑している間に、基之は喉仏を動かし、声をわずかに震わせた。「夏見、この二か月間……すごく会いたかった」夏見は眉間に軽く皺を寄せ、唇に苦い笑みを浮かべた。「基之、そんなこと言って……彼女に怒られないの?」「もう……彼女とは別れた」
基之が別荘に戻ると、思わずいつものように声を上げた。「夏見?」しかし、空っぽの屋内に響くのは、自分の声だけだ。一瞬呆然とした後、彼はすぐに口角を引き上げて自嘲気味に笑った。――どうしてまた忘れてしまったのか。夏見はもうここにはいない。最初の頃、彼はまるで何かを見逃すのを恐れているかのように、毎日別荘に戻っていた。しかし次第に、この家の静けさに息が詰まるようになり、結局彼自身が引っ越すことになった。出て行く日、リビングの入口に一冊のカレンダーが置かれているのを見た。手に取ってみると、びっしりと印がつけられている――すべて彼が任務を終えて帰宅した日々の記録だ。誰がつけたかは一目瞭然で、夏見以外に彼の帰宅日を気にする者はいない。視線がふと、7月25日の日付で止まった。その日付は赤いペンで太く丸が描かれ、【私の誕生日】と書かれている。隣には手描きの笑顔。筆致は軽やかで、期待を込めているようだ。基之はカレンダーを握りしめ、指先が白くなった。瞳には驚きの色が隠せない。その笑顔のマークを見つめると、彼は喉が詰まった。――その日は静菜の誕生日だった。彼は思い出した。この件で夏見と大喧嘩したこと、そして深夜に静菜に誕生日の祝福を届けたことを。しかし、あの日が夏見の誕生日であることだけは、まったく覚えていなかった。基之の手はかすかに震えた。あの笑顔は鈍い刃のように、少しずつ彼の心臓を切り刻んでいる。そして、喧嘩の日の夏見の最後の眼差しを思い出した――言いたいことを押し殺した瞳の奥に、千の言葉が詰まっていた。しかし、それは結局、沈黙へと変わった。あの日、夏見は行きたくなかったわけではなかった。ただ、その日も彼女の誕生日だった。遅すぎる後悔が、巨大な岩のように基之の胸に重くのしかかり、息苦しさをもたらした。そのとき、スマホが震え、画面に静菜からのメッセージが表示された。【基之、あなたの家の前にいるわ】しばらくして、次のメッセージが届いた。【最近、私の勘違いかもしれないけど、ずっと私を避けている気がする】基之は画面をじっと見つめている。ここ数日、静菜に会う気になれず、彼女を冷たく扱っていた。しばらく考えた末、ついに静かに玄関へ向かった。「水」彼はガラスを向かいに座る静菜に差し出した
送信した瞬間、基之の呼吸が一瞬止まった。指先は無意識のうちにスマホの縁をなぞった。後悔のようでもあり、何か予め知っている答えを待っているようでもある。スマホが突然震え、画面が光った瞬間、基之は目を細めた。夏見の返信は予想以上に早く、一行の簡潔な文だが、鈍い刃のように胸を刺した。【何を返せばいいの?】彼の指先は画面の上で止まったままだ。そのとき、残酷な事実に気づいた――彼女が【いいね】を押したのは、自分と静菜のカップルツーショット写真だ。トーク画面の上部に【入力中】と何度も表示され、やがて送られてきた文字は――【わかった】続けて、もう一行――【基之、静菜とお幸せに。早く結婚できますように】その文字を見つめる基之の喉が詰まったように感じられた。指は無意識に握りしめられ、指先が白くなり、まるでスマホを握り潰しそうなほどだ。突然、彼は左胸に手を当てた。そこに鋭い鈍痛が走った。心臓を誰かに握り潰されるようで、内側から何かがゆっくりと砕けていくようでもある。……M市に到着した初日、夏見はキャリーケースを引きながら、志帆が手配してくれたアパートの前に立っている。扉を開けると、日差しが掃き出し窓から室内に満ちている。広すぎはしないが、オープンキッチンや温かみのある寝室、緑にあふれた小さなバルコニー――すべてが友人の心遣いを物語っている。「志帆、ありがとう……」少し声を詰まらせながら、夏見は荷物の整理を手伝っている友人を見つめた。「私のために、こんなに苦労してくれて……」「バカなこと言うな!」志帆はぴんと背筋を伸ばし、手には包装を取ったばかりの枕カバー。「私たちの間柄に遠慮なんて必要ないだろ!これ以上遠慮したら怒るぞ」彼女はわざと真顔を作ったが、夏見の赤くなった目の下を見ると、すぐに表情が和らいだ。夏見は唇を噛み、財布から古びたキャッシュカードを取り出して、丁寧に志帆の手のひらに置いた。「これは両親が残してくれたもの……中には二千万円あるの。この十年間、一度も使わなかった」彼女は指先でカードの表面をなぞった。「私たちの起業には資金が必要。場所も人員も、すべてお金がかかる。まずはこれを持ってて」志帆の手のひらが、突然熱を帯びたように感じた。彼女は知っている。これは夏見の全財産であり、亡き両親
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