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第3話

Author: 小石
きっと、ふだんの私があまりにも言いなりだったせいだろう。私がこんな無茶なお願いをあっさり受け入れても、颯斗は少しも驚かなかった。

「じゃあ、お前はゆっくり朝ごはん食べてて。俺はこの手稿を綾香に届けてくる」

そう言って、彼は待ちきれないとばかりに手稿をひったくると、こちらを一度も振り返らずに慌ただしく出て行った。ついさっき、一緒に朝ごはん食べようと言ったのが、まるで別人だったみたいに。

――芽衣、あなたこの二ヶ月、どれだけ目が曇ってたの?こんな露骨な計算を愛だなんて思い込んで。

自嘲するような乾いた笑いが漏れた。テーブルの朝食をそのままゴミ箱に放り込み、私はくるりと背を向けて外に出た。

海外へ発つ前に、やらなければならないことが山ほどある。家とスタジオを売りに出し、これまでの作品も一冊にまとめておかなければならない。向こうで仕事をスムーズに始めるためだ。

私はスタジオにこもり、黙々と資料をまとめていたそのとき――

ドンッ!とけたたましい音とともに、扉が乱暴に蹴り開けられた。

酒臭さをまとった数人の男たちがふらつきながらなだれ込んでくる。私を見つけるなり、彼らの顔に、吐き気がするほど下卑た笑みが浮かんだ。

「おお、人気デザイナーの清水様じゃないか?まだウェディングドレスなんか作れるの?俺たちでインスピレーション探してやろうか?」

「そうそう、ドレス着せてからビリビリに破く感じでさ」

「今すぐ出て行って。さもないと警察を呼ぶわ!」

私は震える手でハサミを持ち上げて威嚇したが、まったく効果はなかった。

男たちはかえって興奮したように距離を詰め、私の服を引きはがそうとする。

「お前のベッド写真、もうネットで拡散されまくってんだぜ?今さら清純ぶるなよ!」

ハサミはあっさりともぎ取られ、床に放られて耳を刺すような音を響かせた。

私は強い力で後ろ向きに押し倒され、作業台に叩きつけられた。冷たい天板が背中に食い込み、煙草と酒の混じった臭いが喉を焼くようにせり上がってくる。

ざらついた手が、容赦なく私の服を引き裂こうとする。絶望が、凍りつくような勢いで私を覆い尽くした。

突然、扉が再び蹴り開かれ、陽翔が真っ赤な目で駆け込んでくる。

彼は怒りに燃えた獣のように男たちを次々と追い払うと、私のもとへ駆け寄り、自分のコートで私の震える身体を包み込んだ。

「芽衣、もう大丈夫だ。怖くない、怖くない。俺がいる」

その瞬間、頭の中がすっと真っ白になった。わずか二日間に積み重なった出来事に、私はもう、限界まで追い詰められていた。

溺れる者が流木にしがみつくみたいに、私は陽翔の胸に顔を押しつけた。彼だけが救いのように思えた。

陽翔は私を抱き上げて家へ連れ戻した。彼は指先で私の涙をそっとぬぐい、額にやわらかく口づけた。その瞳には、痛いほどの憐れみがにじんでいた。

「もう心配ないよ。眠れ。俺がそばにいるから」

心も身体もすっかり疲れ果てていた私は、その馴染みのある手のひらのリズムに揺られながら、いつの間にか眠りに落ちた。次に目を覚ましたときには、もうすっかり日が昇っていた。

裸足のまま無意識に階段を降り、陽翔を探しにリビングへ向かった。そこで、彼が電話をしている声が聞こえた。

「バカ言うなよ。芝居を打つ奴を用意しなきゃ、あいつが自分から実物のドレスを渡すわけないだろ。綾香が言ってたんだ、あの手稿には、原作者にしか仕上げられない部分がいくつかあるって……」

その先の言葉は、もう耳に入ってこなかった。

まるで世界から音が抜け落ちたようだ。残ったのは、神経をきしませる鋭い耳鳴りだけ。

これもまた、仕組まれた騙しだった。

あの庇うような態度も、優しさも、「俺がいる」という言葉も。すべては、別の罠だった。

狙いはただ一つ──私の最後の価値を絞り取って、綾香が私を踏み台にして完璧に上り詰めることだ。

視界がぐらりと暗くなり、思わずよろめいた。

「芽衣、どうして裸足のまま降りてきたんだ?」

電話を切った陽翔が振り返り、私の姿を見るなり、あの優しくて思いやりのある恋人の仮面が、顔にぱっと貼りついた。

彼は私のスリッパを手に取り、ごく自然な仕草でしゃがみ込み、そっと私の足に履かせてくれた。顔を上げたその瞳は、「心配している」と訴える色でいっぱいだ。

「また悪い夢でも見た?大丈夫だよ、俺がいる」

その完璧な演技を眺めながら、胃の中がかき回されるように気持ち悪くなった。けれど不思議と、心だけは妙に静まり返っていた。

何度も傷つけられ、穴だらけになった心臓は、この最後の一撃を受けたあとで、とうとう血を流すことさえやめてしまったようだ。凍りつくように固まって、もう何も感じない。

そんな自分の声が、驚くほど落ち着いた調子で、少しだけ軽やかに響いた。

「昨日、持っていったのは手稿だけよ。実物のウェディングドレスはスタジオのトルソーにかけたままよ。細かいところを少し直しておいたから、綾香に持っていって、きっと役に立つはず」

陽翔の目が一瞬で輝き、企みが思いどおりに運んだと告げる喜色がよぎった。

「芽衣、ほんと、お前は聞き分けがいいんだ!」

そう言って、彼は嬉しそうに私の唇にキスを落とすと、待ちきれないというように浮き立った様子で、そのまま足早に出ていった。

私は扉の向こうに消えていく背中を、ただ黙って見送った。体は固まったまま動かないのに、涙だけが意思を持ったように勝手にあふれ出す。

それは悲しみの涙じゃない。何度も欺かれ、もてあそばれ、いまこの瞬間ようやく息を引き取った――清水芽衣という愚かな女に、せめて捧げる弔いの涙だ。

ちょうどそのとき、ポケットの中でスマホが小さく震えた。航空会社からの、フライトリマインダーの通知だった。

通知を切り、頬に残った冷えた涙の跡を拭い取る。私は一瞬の迷いもなく階段を上がって着替えを済ませ、用意していたスーツケースを引き寄せると、この嘘と裏切りに満ちた家を振り返ることなく後にした。
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