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442:サンクチュアリ見学ツアー、前編

last update Date de publication: 2026-08-16 11:20:06

 搬入口の騒々しさを背に、引率スタッフが先頭を歩く。

 一行は従業員専用の通路を通ってホテルの奥へと進んだ。

 理玖は自分の背丈よりも何倍も高いコンクリートの天井を見上げる。グレーに塗られた太い配管が縦横に這い回っていた。

「次は、ケーキやお菓子を作っている場所へ行きますよ。みんな、はぐれないように手をつないでね」

 引率スタッフが声を張り上げる。コンクリートの天井に声が反響した。

「はーい!」

「ケーキだって。たのしみ!」

 引率スタッフの案内に、園児たちが元気よく返事をする。

「美夕ちゃん、手つなご」

「ええ」

 理玖は隣を歩く美夕と手を繋いだ。

 美夕と手を繋ぐのはいつものことなのに、見知らぬ場所のせいかドキドキする。

 やがて行く先に大きな扉が見えてきた。

 分厚いステンレスの扉が開く。途端、焼きたてのバターの香ばしさと、焦がしキャラメルの濃厚な甘い匂いが鼻をくすぐった。

「うわぁ&hell

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     火口が並ぶ調理台周辺の温度は40度近い。 換気扇の轟音、油が弾ける音、硬質なプラスチックのまな板に包丁が叩きつけられるトン、トンという高速の連打音が、厨房内に反響している。 銀色に輝く調理台の向こうでは、数十人の料理人たちが戦場のような熱気の中で立ち働いていた。 手前の作業台では、若い料理人が山のような玉ねぎを前に、瞬きする間もない速さでみじん切りを量産している。 その隣では、熱したフライパンにオリーブオイルが敷かれ、白身魚が皮目から焼かれていた。 料理人がスプーンを使い、溶けたバターを何度も魚の身に回しかけている。食欲を刺激する香ばしい匂いが充満していた。「ウィ、シェフ!」 フランス語のオーダーが飛び交う中、奥のガスコンロの前で一際高いコック帽を被った総料理長が動いた。 彼はよく使い込まれた鉄のフライパンを火にかけ、たっぷりのバターを溶かす。そこへ溶き卵を一気に流し込んだ。 菜箸で卵を素早くかき混ぜながら、フライパンの柄を握る左手首を小刻みに振るう。 手首の返しだけで、半熟の卵の塊がフライパンの縁を滑り、くるんと宙を舞って綺麗な木の葉型にまとまった。「すごい! 卵が飛んだ!」 理玖が身を乗り出して指を差すと、隣で見ていた小夜子が目を細めて笑った。「これは、私の実家である白河旅館で出していた特別なオムレツです。板前さんに教えてもらった大切なレシピを、ここで再現しているのですよ」 小夜子の実家である白河旅館は、すでに倒産してこの世には存在しない。 彼女の父と継母は怠惰な悪人で、小夜子を家政婦のように扱っては虐げていた。 経営末期の旅館はサービスも悪化し客足が遠のいていたが、朝食で出されるこの定番のオムレツだけは、長年の愛好者が足繁く通うほどの絶品だった。 小夜子はその味を途絶えさせまいと、当時の板前からレシピ――詳細な火加減やバターの配合を聞き出し、このサンクチュアリの厨房でメニューとして復活させたのだ。 一般の社員はその背景を知らない。 理玖は義理の伯父にあたる隼人を介して、小夜子の過去

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    (わかんない。服が多すぎて選べないよ。どれも同じに見えるし、なんだか重たそうだ) 返事に困って黙り込んでいると、スタッフは人の良さそうな笑みを浮かべた。「それじゃあ花婿さん役だから、これにしようか」 彼がラックの奥から引き出してきたのは、大人顔負けの黒いタキシードだった。「着替えはこっちでしようね」 理玖は別室に連れて行かれ、子供用のタキシードを着せられた。 黒い上着は肩のあたりが窮屈で、腕を動かしにくい。 首元に巻かれた蝶ネクタイの硬い布地が喉に当たって、唾を飲み込むのさえ苦しかった。「着心地はどうかな?」「苦しい……です」「そっか、ごめんねえ。少しの間だから我慢してくれる?」 そう言われれば嫌だと泣くわけにもいかない。理玖は渋々頷いた。◇ 一方の美夕は、衣装の山を前に目をキラキラと輝かせていた。 ラックの間を縫うように歩き回り、次々とドレスの裾をめくっては品定めをしている。「わたし、ウェディングドレスがいいわ」 美夕がおっとりとした、けれど芯のある声で宣言した。 スタッフは困ったように目尻を下げる。「さすがに子供用のウェディングドレスはないねえ」「そうなの?」 美夕は少しだけ唇を尖らせたが、すぐに気を取り直して別のラックを漁り始めた。「それなら、これがいいわ」 彼女が引っ張り出したのは、白を基調とした可愛らしいワンピースだった。 胸元には細やかなレースがあしらわれ、スカートの裾には小さな造花が散りばめられている。 着替えを終えて出てきた美夕は、まるで絵本から飛び出してきた花の妖精のようだった。 ふんわりとしたスカートには透けるような布が何枚も重なり、動くたびに擦れて微かな音を立てる。「どう? にあう?」 美夕がスカートの裾を軽くつまんで、理玖の前でくるりと回った。

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     ところが食器が割れる音は、いつまで経っても聞こえてこなかった。 理玖が恐るおそる目を上げると、そこにはテーブルクロスだけがきれいに引き抜かれたテーブルがあった。 セットされたカラトリーの位置はそのままに、テーブルクロスのみがスタッフの手にある。「すごい!」「本物の忍術だ!」 興奮した園児たちがスタッフに駆け寄り、テーブルクロスを触っている。「しっかり練習すれば、この『忍術』を使えるようになりますよ。でも失敗したら大変だから、大人の人と一緒にやってね」「はーい!」「すごかったね」 忍術を見た園児たちは、大満足して次の場所へと向かった。◇ 次に向かったのは、ウェディング部門のチャペルだった。 分厚い両開きの扉が開くと、高いアーチ状の天井が広がっていた。 正面のステンドグラスから太陽の光が入り込み、大理石のバージンロードに赤や青の光を落としている。 木の長椅子が規則正しく並び、祭壇の周りには白い花がたくさん飾られていた。甘い花の匂いが鼻をくすぐる。 引率スタッフが、箱を持って園児たちの前に立った。「ここでは特別イベントを行います。この箱の中の紙を一枚ずつ引いてください。『当たり』と書いてあったお友達に、花嫁さんと花婿さんになってもらいます。あ、もちろん、花嫁さん2人や花婿さん2人でもオッケーですよ」 ウェディング部門のスタッフが差し出した箱に、園児たちが順番に手を入れていく。 理玖も紙を1枚引いた。 二つ折りの紙を開く。 赤いペンで丸が描いてあり、「当たり」の文字があった。「あっ」 隣で同じ紙を見ていた美夕が、おっとりとした口調で言う。「りくくん、いっしょだね」「当たりは理玖くんと美夕ちゃんね。いいコンビが当たりましたね」 引率スタッフが可笑しそうに微笑んだ。「さあ、こちらへ」 ウェディング部

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