Share

第二章(1)

Author: 氷高 ノア
last update Last Updated: 2025-12-30 05:00:00

 ふわふわと、羽のようなものが鼻に触れ、くすぐったくて目が覚めた。よく見ると、綿菓子のような、白くてふわふわとした地面だった。

 若干光り輝くこの地は、不思議と温かく穏やかな気持ちになれる。

 ここはどこだろう。眠っていたのだろうか。眠る前、私は一体何をしていた?

「やっと目覚めたか」

 ぼんやりとしていた視界に、突然眼鏡をかけられたように、意識がクリアになる。私は起き上がり、低い声が聞こえた方向へと顔を向けた。

「誰?」

 目の前に佇んでいたのは、上から下まで白尽くめの人だった。顔を半分ほど覆うフードつきの白いマントに、長い鳥の嘴つきのガスマスクのような仮面をつけている。

 手足も全てマントの中に隠されており、他に見えるのは尖った黒い靴の先端だけだった。

 容姿が全くわからない、明らかに怪しい人物を前にし、私は柔らかい地面の上に足をつけて立つ。

「私は天の使いだ」

 天の使い……?

 天の使いということは、そのままの意味で考えると天使になるが、私のイメージをしていた天使とはかけ離れていた。なぜなら、背中にあるはずの羽も、頭に浮かぶ輪もない。赤ちゃんのような幼い姿でもなく、寧ろ声から察するに成人男性だ。おじさんと呼んでも間違いではないはず。

「天使おじさんってこと?」

 私がそう言うと、天使おじさんは固まっていた。表情はマスクのせいで見えないが、言葉も動きにも出ず、時が止まってしまったかのように感じる。

「え、違う? なんかごめんなさい。マントとマスクでよくわからなくて」

「いや、間違ってはいない。好きなように呼んでもらって大丈夫だ」

 謎の天使おじさんは、優しくそう答えた。その声を聞き、不思議と心が落ち着く。怪しい人ではないのだと、直感的に思った。

「良かった。ところで、ここはどこ?」

 辺りを見回すと、一面真っ白な世界で、どこまでも続いている。天上は春のような、爽やかで温かい青空が広がっていた。まるで雲の上のようだが、懐かしい感覚がして、怖くはなかった。

「ここは天国に最も近い、地上との狭間だ」

「天国?」

 よくわからなくて、思わず首を傾げる。それを見た天使おじさんは、雲のような地面に手のひらサイズの穴を開けた。

 覗き込むように、私は屈む。

 穴の中は暗かった。だが、次第に何かが映り込んでくる。

 とある町の住宅街。狭い交差点と思わしき場所に、赤い光がいくつか集まっていた。

 もっとよく見たい、と思うと、自動的に焦点が拡大される。

 そこには、ボンネットが大きく凹んだ車と、一人の女の子が電柱に体を預けるようにして倒れていた。顔は髪の毛で覆われてよく見えないが、赤黒い液体が、彼女の頭から地面にかけて流れ、水溜まりのようになっている。

「お前は亡くなったんだよ」

「え?」

 天使おじさんにそう言われ、もう一度彼女を見る。暗がりでよく見えなかったが、目を凝らすと、確かに私と同じ制服、同じ髪型だった。

「嘘でしょ? え、私死んだの?」

 理解することができず、困惑して笑いが込み上げてきた。ははっと空気を漏らすような声が鼻から抜けていくような感覚。

 死んだ、ということは今の私は何だろう。幽霊なのだろうか。幽霊だとしたら、もう高羅や麻仲には会えないのだろうか。

 そんなの嫌だ。もっとやりたいことはたくさんあったのに。

「後悔しているのか」

 天使おじさんは、慰めるわけでもなく、膝を落とした私に声をかけた。

 当たり前だ。死ぬつもりなんて毛頭なかった。ただ母と喧嘩をして飛び出しただけの話。その後どうするかは何も考えていなかったが、そこで人生を終わらせる気なんてなかったのに。

「後悔どころか……いきなり死んだなんて言われても認められないよ。やり残したことたくさんあるのに……」

 そうだ、元はと言えば母と喧嘩をしたからこうなってしまったのだ。でも今更何と足掻こうと、どうにもならないのだろうと一気に絶望感に苛まれ、脱力する。

 地面に空いた穴が煙に覆われるように、元の柔らかい雲へと戻った。私はその一点をひたすら見つめる。

「やり直したいか」

「え?」

 見上げると、嘴のようなマスクは私の視線に向いて落ちていた。

「やり直せるの?」

 私は立ち上がり、マスクを見つめた。奥にある瞳と視線が交わるように。

 すると天使おじさんは、こくりと頷いた。

「そうだ。いつに戻るか、決めることはできないが、やり直した世界で、そのまま死なずに生きることもできる」

 信じられなかった。そんなことが許されるだなんて。あまりに都合が良すぎて、少し疑いたくもなる。だが、ありがたいチャンスだ。受ける以外、選択肢はないだろう。

「やり直したい! まだやりたいことはたくさんあるし、それで生きられるのなら、今度こそ死なないようにする!」

 天使おじさんのマントが風に乗って揺れる。そのままフードも取れないだろうかと考えたが、さすがにそう簡単にはいかず、彼はマントの隙間から手を出して、指先でフードを押さえていた。血管が浮き出た、男性らしい手だった。

「ならば一度だけ、やり直しの機会をやろう。ただし、“一番大切なものがない世界で”だ」

 一番大切なものがない世界?

 ということは、もしや高羅がいない世界ということだろうか。それとも幼馴染で親友の麻仲か。いや、“もの”ということはお金かもしれないし、高い化粧品かもしれない。はたまた、物質的なものではなく、楽しかった幼い頃の思い出や、将来の夢だろうか。

「一番大切なものって何? 高羅がいない世界は、さすがに耐えられないよ」

 高羅以外にも、もちろん大切なものはたくさんある。麻仲だって、小中学生の頃の友達だってみんな大切だ。それでも、今一番自分が大切に思っている自覚があるのは、高羅だと思った。

 天使おじさんは咳払いを一つついて、答えた。

「それはわからない。ただ一つ言えることは、本当に大切なものは自分ではわからない、ということだ」

 天使おじさんが言う言葉の方が、あまりピンとこず首を傾げる。自分ではわからない大切なものとは一体何なのだろうか。

「家族とか? でもお母さんがいなくても別にいいよ。寧ろ、いない方が気楽かもね」

 一般的に見ると、家族は大切なものだと思う。だが、私の家は例外だ。望んでもいないのに、この家庭に生まれたことは、不運以外の何物でもない。

「そうかもしれないし、違うかもしれない。さあ、どうする? リスクがある中でやり直すか、諦めて死者の道へと進むか。選ぶのはお前だ」

 天使おじさんの背後から風が吹き、髪の毛とスカートの裾が後ろへと流れていく。

 一瞬悩んだが、すぐに私の答えは決まった。

「やり直してみる。もし高羅がいない世界なら、耐えられないかもしれないけど、何もせずこのまま死ぬよりは、可能性を全て潰してから諦めた方が良いと思うし。それに、正直死ぬことはいつでもできるからね」

 この状態になって、初めてわかったことがある。それは、天国と地上の狭間はふわふわとした雲のようなところであること。天使はおじさんであること。そして、生き続けることは、案外死ぬより難しいということだ。

 天使おじさんは、私の意志を聞き、マスクの中でふっと笑ったように感じた。

「その通りだな。では、一番大切なものがない世界で生きることをやり直すというのが、お前の選んだ道ということで間違いないな?」

「はい! 一番大切なものがない世界でのやり直しを選びます!」

 私が返答すると、天使おじさんは両手を広げながら宙に浮き、私を見下ろした。白いマントが大きく開いて羽のように風に靡いている。

「では、行っておいで」

 彼の姿に釘づけになっていると、雲のような地面が、とてつもなく眩しい光を放った。思わず目を細めていると、私の下に大きな穴があき、中から溢れ出る光に包まれるようにして穴に落ちていく。

 天使おじさんが、みるみるうちに小さくなる。卵のような大きさから、米粒、白い点へと姿を変え、やがて何も見えなくなった。

 天国に最も近い地上との狭間ということは、今は地上に向けて落ちているのだろうか。一番大切なものがない世界で、私は生きていけるのだろうか。

 自信満々に決意したものの、言葉にできぬ不安は拭えなかった。もうあとは祈るのみだ。

 高羅がいますように。そして、もうやり直しをすることがないよう、生きていられますように。

 光がより一層強くなる。激しく強い光だが、肌が感じ取る温度は、温かなものだった。

 眩しさに耐えられなくて、私はそっと目を閉じる。眠りに落ちるように、意識が途切れた。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 君が選ぶやり直し   第四章(1)

     あれから約一週間が経った。天使おじさんに会った日の夜は、施設に戻ると、また呆れ顔でため息をつかれながら門を開けてもらったが、あの日以来、私は毎日門限通り帰っている。 今までは、よほど遅くに帰っていたのだろう。門限までに帰ると、非常に驚かれた。 どうせその日だけの気まぐれで、明日からは夜通し遊ぶのだろうと噂されたり、兄弟たちに煽られることもあった。 だが、何を言われても私は門限までに帰り続けた。それは、門限の本当の意味を知れたからだと思う。 突然態度が急変した私に対し、よそよそしい雰囲気を出す職員や、わざと突っかかってくる弟たちも大勢いたが、私は冷静に言葉で伝えるよう心がけた。「門限は守らなければならないルールじゃなくて、私を守ってくれるためのものってわかったから」「帰ってきてほしくないのはわかってるし、家族と思われてないのも知ってるけど、そんな風に言われると傷つく」「今の私の家はここしかないから」 毎日嫌われ役として生きているが、こうして自分の気持ちをそのまま言葉にしていると、弟たちは少しずつ私の反応を楽しむことが減ってきている気がした。 学校へ行けば相変わらず透明人間で、勉強面は追いつけない部分も多いが、怠ることはなくなった。それなりに毎日真面目な態度で授業を受け、補習も受けている。 アルバイトは生前と変わらないところに勤務していると、スマホの履歴とカレンダーに残されていたため、施設に毎日の勤務時間と帰宅時間を予め報告した上で、シフト通り働いた。 そして夜は一人、ぼうっと天井を眺めて考える。 生きるか死ぬか。 単純に言えば、その選択だった。一度死んだ身なのに、今こうして生きていることは特別で、有難いことなのだろう。 母一人を選ぶために、全てを捨てるのは怖い。だが、そんなことを考えているこの場所は、多少慣れてきていたとしても未だに違和感が残る場所で、帰る度に母と暮らしたあの家を思い出してしまうのだ。 そして綺麗に洗ったタイムカプセルをもう一度開けて、手紙を読み返す。会いたくてたまらなくなり、苦しくなる。 そんな時に限って、麻仲や高羅から連絡が入る。まるで偏りが生まれないよう、大切なものたちが

  • 君が選ぶやり直し   第三章(3)

    「あれー? どうしたのー?」 わらわらと、男性三人が公園の中に入ってきた。話しかけた相手は、もちろん私。「可愛いねぇ。君、一人? 夜は危ない人も多いからねぇ。お兄さんたちが車で送っていってあげるよ」 近づいてきた男性たちは、該当に照らされ、耳と鼻、そして唇の下についたピアスがキラリと光る。 髪は明るく染め上げられており、伸ばしてきた腕にはよくわからない模様が入っていた。「いえ、大丈夫です」 これはまずい、とどこかで察する。 目を合わせないようにし、私は鞄と紙袋を抱えて公園を出ようとした。「おっと、どこに行くんだい? いいから、俺たちに任せろって」 男性たちを交わして出ていこうとしたが、公園の出入口は一つしかない。当然のように出口の前に三人は立ちはだかり、呆気なく脱出手段を奪われてしまった。 どうしよう。怖い。何をするつもりだろう。まさか本当に送ってくれるはずがない。「家はすぐそこなので。迷惑をかけることになりますし……」 ジリッと靴が砂を擦りながら、私は後退りをした。それとほぼ同時に、彼らは一歩前に出る。「近くても危ないものは危ないしさぁ。君知らないの? この辺、暗くなると不審者が出るって有名だよ? 迷惑なんて全然気にすんなって」「そうそう。そんなさぁ、怖がらないでよ。優しくするからさぁ」 へへっと笑いながら、三人はゆっくりと私の方へ足が近づいてくる。公園の出口の先を見ると、いつの間にか黒いワゴン車が停まっていた。よく見えないが、運転席からも視線を感じる。「いや、もう本当、大丈夫なので」 周りには誰もいない。私と、彼らの四人だけ。人が通る気配すらない。 手足がガクガクと震え出した。力が入らず、前にも後ろにも進めない。 すると一人がチッと舌打ちをして、明らかに表情が変わった。「ごちゃごちゃうるせぇなぁ! 送ってやるって言ってんだろ! ほら、さっさと乗れよ!」 一気に距離を詰められ、腕を掴まれた。荷物が地面に落ちる。怖くて堪らなくて、私は大声を出すことも、抵抗することもできなかった。「い、いや、やめ……」 蚊の鳴くような声を出す

  • 君が選ぶやり直し   第三章(2)

     帰る場所などない私は、いつもの公園へと向かった。辺りは完全に日が落ちて、街灯が寂しい遊具たちを照らしている。 相変わらず人の気配はなく、私は安心してブランコへと腰掛けた。 鞄は地面に、そしてもらった紙袋は、そっと膝の上に乗せた。 紙袋の口を大きく広げ、中にあるビニール袋を開封する。すると案の定、土まみれの瓶が姿を表した。「うわぁ……」 あまりに汚く、中は見えない。だが、最も肝心なものは、外側からは目視することができない、この汚れた膜で覆われた世界に閉じ込められているのだろう。 私は意を決して、瓶の蓋を回した。 土が入り込んでいるのか、とても固かった。しばらく様々な持ち方をして力を加え、格闘する。すると蓋は、ついに参りましたというように、勢いよく回った。 私はそれをそっと開け、紙袋内の端に置いておく。 中にはチャックつきポリ袋があり、分厚い紙が入っていた。瓶に守られていた分、劣化を感じさせない綺麗さを保っている。 私は中身をよく見るために、瓶が入った紙袋を地面に置き、ポリ袋のチャックを開けた。 よく見るとそれは無地の白い封筒だった。そして端の方に、小さく書いてある文字を見つける。『二十歳になった春田絵美様』 心臓がどくんと跳ねた。動悸が続いて、耳まで伝わり、周囲の音は自分の鼓動で遮られている。 震える手を必死に抑えながら、私は封筒を開いた。丁寧に折りたたまれた何枚もの紙と、封筒に入るくらい小さなサイズの袋があった。 私はその手紙と思わしきものを広げ、目を通す。 風がふわりと紙を揺らした。『二十歳になった絵美ちゃんへ。 これを書いたこと、そしてこのタイムカプセルの存在自体、絵美ちゃんは覚えていないと思います。 だってこれを書いているのは、絵美ちゃんの二歳のお誕生日なのだから。 明日、これを絵美ちゃんと一緒に、庭に埋めようと思っています。 ママは絵美ちゃんが二十歳になるまで、このタイムカプセルの存在を隠せているかしらね。 うっかり言ってしまいそうな自分が想像できるけど、案外忘れて

  • 君が選ぶやり直し   第三章(1)

     十六年間暮らしていた家までの道を、忘れるわけがなかった。素早い足取りで、私は色褪せた壁と、つかない玄関ライト、そして蜘蛛の巣が張られた『春田』を探し歩く。 日が少しずつ落ちてきた。街灯が白い光を放ち、太陽の代わりに世界を明るく照らす。 そんな眩しい光を浴びた、一軒の家が見えてきた。「あった……」 それは私が暮らしていた時と、何ら変わりのない家……ではなかった。 壁の色は、塗り替えたばかりなのか、汚れ一つ見えないほどの綺麗さで、玄関ライトは淡くオレンジ色の光を灯していた。 そんな綺麗な家を見て、私は胸が痛くなる。単純な理由だ。だって、そこに書いてあるのは『春田』ではなかったから。 掃き出し窓からはカーテンを挟んで温かい光が漏れており、キャーという子供らしい声と、それを聞いて笑う男女の声が響いていた。 ああ、入れない。私がこんな理想的な家族の間に入れるわけがない。入ってしまえばきっと、虚しさで灰になってしまうだろう。 ここでただ見つめているだけで十分。そう思った時だった。 シャッと淡いピンク色のカーテンが開いた。オレンジ色の眩しい光が、闇の中にいる私に直撃する。逆光で表情は何も見えなかったが、長い髪の人影が私を見ているのがわかる。 私は驚いて完全に固まっていた。すると、その女性らしき人は、鍵を開けたのだ。「……どちら様? どうかされましたか?」 先程聞いた笑い声は幻かのように、ピリリと冷たい空気が私たちの間を流れる。 小さな影と、更に大きい大人の影も、窓枠の端から覗いていた。 冷や汗が滲み出てくる。私は咄嗟に答えた。「あの……前ここに住んでいて、どうなってるのか気になって……」 すると、女性は、すぐ下に置いてあったサンダルを履き、門のそばまで出てくる。表情がようやく露わになり始めた。 スタイルは良く、肌艶があり、若めの綺麗なお母さん、という印象だった。怒っているのかと思ったが、意外にも表情は柔らかい。だが、真剣な表情だった。 恐らく、怒り口調でないのは、制服を着ていたおかげだろう。全く年齢も素性もわからない不審者であれば、無言で警察を呼ばれてもおかしくないはずた。

  • 君が選ぶやり直し   第二章(6)

    「ちょっと待って。いつの間に彼氏ができてたの!?」 あの後、誰かに話したくて仕方がなく、麻仲に連絡してしまった。これまでは、自分の中で解決しようと耐えていたことも多かったのだが、今回ばかりはさすがに無理だと思った。 すると放課後、急だったにも関わらず、私のために彼女はわざわざ話を聞きに来てくれたのだ。 先日と同じく、ファストフード店に足を運び、彼女はシェイクを注文。私はとても食べる気分にならなかったため、オレンジジュースだけを購入して席へとついた。 私からすると、前回麻仲と会ったのは昨日のような感覚で、連日の呼び出しに申し訳さを感じながらも、すぐに日中にあった高羅の話し始めた。 私があまりにも止まらぬ勢い話していたため、疑問を投げかける隙すらなかったのだろう。一気に語り尽くし、私が息継ぎのために間を置いた瞬間、ようやく彼女が疑問を放つことができたようだった。 その疑問を聞いてようやく、彼氏ができたと報告するより前の世界に、やり直したことを思い出す。 家以外は、生前と変わらない日常のため、自分は死んで、やり直しをしている事実を忘れてしまっていた。 「いつの間にって……四日前だよ。私にとっては一ヶ月くらい前の感覚だけどさぁ……」 やり直しについて、麻仲は一切理解できないとわかっていながらも、思わず本音を漏らしてしまった。だが、これ以上私は何も言わないでおいた。私は一度死んでいる、なんてオカルトチックなことを言えば、引かれる未来は容易に想像できる。 麻仲は一瞬、よくわからないといった様子で首を傾げたが、私の目を見て、すぐに鞄からティッシュを取り出し、何も言わずに渡してくれた。 話を聞いてもらえた安心感からか、気がつくと目と鼻がじわりと熱くなり、麻仲の顔がぼやけて見えなくなっていた。 溜まっていた感情が、言葉と共に溢れ出してしまったのだろう。 我慢することもできず、瞬きをした瞬間、頬に幾筋もの悲しみの川が流れた。 そんな私たちの様子を気にすること

  • 君が選ぶやり直し   第二章(5)

     途中のコンビニでパンと水を買い、イートインコーナーでそれを食べながら時間を潰した。ある程度の時間になったため、そのまま登校する。 学校は驚くほどに変わらなかった。私に対して暴言を吐く人はいない分、寄ってきてくれる人もいない。 その原因は知っている。私の方から離れたのだ。この人も、あの人も、何だか合わない。何か違う。だから女子特有のグループを転々として行くうちに、気づけば一人になっていた。 それは慣れっこだった。寧ろ、普段通りの生活が戻ってきたことに安心感すら覚える。 朝礼、一時間目、二時間目と授業が進み、昼休みになった。暇になった私は、隣のクラスを覗きに行く。 いつものように、後ろ側の扉から中を覗くと、一番後ろの窓側の席に、複数の男子に囲まれた高羅の姿があった。「あ、ほら小木。来たよ彼女さん」 一人が気づき、高羅に呼びかけた。高羅も、あっと口を開け、こちらを見ている。同時に、周りにいた男子たちも一斉に振り向いた。「あ、やっぱり大丈夫! またね!」 私は高羅に手を振り、覗かせていた顔を引っ込める。 残念。話をしているのなら仕方がない。高羅は人気者なのだから。 そう思い、廊下の窓から見える青空を眺めていると、ある発言が耳に入った。「小木さ、どうしてあの子と付き合ったの? あんまり良い噂聞かないじゃん」 うわ、と思い立ち去ろうとする。だが、その理由は私も気になっていた。なぜ、高羅ほどの人気のある人が、私なんかと付き合ってくれたのだろう。 別に、この学校では頭も良くないし、スポーツだって人並みだ。顔はそこそこに可愛いと言われたことはあるが、特別良いわけじゃないし、学校では完全に浮いている存在。 それのどこを、好きになってくれたと言うのだろうか。 私は息を潜めて、全神経を耳に集中させた。「うーん、なんでだろうね」 えぇ、と落胆した声が聞こえた。その後、高羅の控えめな笑い声が上がる。 どういうこと? それ後に何か付け加えの発言があるかと待っていたが、高羅は何も言わなかった。空気を読んだのか、友達が別の話題を始める。 高羅の気持ちがわからなかった

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status