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第二章(2)

Penulis: 氷高 ノア
last update Terakhir Diperbarui: 2025-12-31 05:00:00

「ねぇ、起きて。お願い……」

 夢の中で、誰かが私のことを呼んでいた。優しくて懐かしくて、心が温もりに満たされるような声。

 何故か目頭が熱くなる。だが、姿は一向に見えなかった。

 誰? 私のことを呼んでいるのは……。

「……さん。……るたさん。春田さん」

 はっと目が覚めて体を起こすと、驚いたように隣の机が激しく動いた。

「びっくりした……。大丈夫?」

 声の主に目をやると、見覚えのある高校の制服を着た、高身長イケメンが隣の机に手をついて立っていた。

「高……羅?」

「え? そうだけど……」

「うわぁーん! 良かったぁ、会いたかったよ〜」

 私は思わず高羅に手を伸ばし、抱きついてしまった。大好きな高羅にもう一度出会えた。それが心から嬉しくて、涙が溢れる。

 反対に、高羅は急なスキンシップに困惑した様子で、拒否はしないものの、少し距離を取ろうと腰を逸らしていた。

「どうしたの? 怖い夢でも見た? なかなか門に来ないから、心配して教室覗いたんだけど……」

 なかなか来ないとは何のことだろうか。教室、ということはここは私のクラスで間違いないのだろうが。

 他の生徒たちはみな、部活に行ったか帰宅をしたらしく、私たち以外誰もいない。

 私は高羅から離れ、自分のスマホを探し、画面を見た。

『九月二十九日 十六時四十五分』

 その数字を見て、あっと呟いた。

 今日は高羅と付き合って、三日目の放課後だ。高羅の部活が休みのため、一緒に帰る約束をしていた。確かその日は付き合ってから初めてのデートで、一緒にドーナツを食べに行き、高羅の手と口元がチョコレートだらけになっていたんだっけ。

 そんなことを思い出していると、本当にやり直しができていることに心底驚いた。

「何でもない! ごめんね、寝ちゃってたみたいで。行こっか!」

 私たちは鞄を持ち、教室を後にした。高羅の教室の前を通る際、近くにいた何人かの女子が私を横目で見る。きっと後で何か言われるのだろうなと感じた。

 北高校に入学したことはやり直せなかったが、東高校に行って高羅に出会えないことを考えると、やり直しはここからでも十分に思える。付き合えた事実まで残してくれていたのだから。危うく付き合うまでの努力が水の泡になるところだった。

 二人で今日あったことを談笑しながら、門を出て歩く。しばらく行くと、小さなショッピングモールが見え、中に入った。

 お互い、どこに行くか尋ね合う。高羅は終始どこでも良いといった様子で、結局、私が甘いものを食べたいと言い、やり直す前と同じくドーナツショップに行くことになった。

 店内に入ると、甘い香りが鼻腔を通って脳に直接刺激を与えるほどに、良い匂いが充満していた。

 トレイとトングを取り、宝石のように艶めきを放ちながら並べられたドーナツを、どれにしようかとあれこれ指を差しながら話す。

「私これにしよっと! 高羅は?」

「うーん。迷うな。春田さんはどれが美味しそうだと思う?」

「そうだね。このチョコレートがたっぷりかかったドーナツとか、美味しそうじゃない? あとはあそこにあるクリームが中に入ってるのとか」

「あ、確かにそうだね。それにするよ」

 死ぬ前に会った高羅と今目の前にいる高羅とでは、同じ高羅ではあるが、会話をしていると、やはり若干異なる感覚があった。当時は何も気にしていなかったが、少しぎこちないように思える。

 だからこそ、生前は少しずつ距離が縮まってきていたのだと実感でき、また嬉しくなった。あの頃のように戻り、次は更にこの先の人生も一緒に過ごして、仲を深めていきたい。

 私たちはそれぞれ選んだドーナツを購入し、席へと持って行った。

 まずはドーナツと、向かい側に座る高羅の手が写るように写真を撮り、思い出として残す。それを高羅は待っていてくれ、一緒に食べ始めた。ちぎってから口に入れる私とは対照的に、高羅は手でしっかりと持ってかぶりつく。

 予想通り、口元はチョコレートで髭のようになり、指先もベトベトになっている姿を見て、私は笑った。高羅もそれに気づいて、必死にウェットティッシュで拭き取ろうとする姿がまた可愛らしい。

 いつもと変わらない日常だった。本当に、ただ悪い夢を見ていただけなのではないだろうかと錯覚してしまう。少し先の未来を知っている私というだけで、周りは何も変わっていなかった。

「そろそろ帰ろうか」

 ドーナツを食べ終わり、一時間ほどその場で話をした後、高羅がそう言った。

 もうそんな時間なのかと思ったが、まだ十八時を過ぎたばかりで、辺りも明るい。

「もう少し一緒にいたかったなぁ」

 思わず本音を漏らすと、高羅は優しく微笑んだが、そのまま荷物を持って立ち上がった。

「だって、春田さん十九時が門限でしょ? 施設も遠いし、先生たちもまた心配するよ」

 施設? 先生?

 いきなりの話で意味がわからず、眉をひそめた。その間、高羅は自分と私のトレイを返却口に返しに行ってくれる。ありがとう、と伝えたものの、思考は完全に先程の高羅の発言に持っていかれており、頭をフル回転させていた。

「ごめん、施設とか先生って何の話?」

 戻ってきた高羅に私が恐る恐る尋ねると、高羅はぽかんとした表情で、私を見つめてきた。

「え、春田さんこの前言ってなかった? 二歳の頃にお父さんとお母さんが亡くなってから、ずっと施設で暮らしてるって」

「……え?」

 お父さんも、お母さんもいない?

 施設で暮らしている?

「この前、少し遅くなった時、職員さんや他の兄弟たちに怒られたんだよね? ほら、また心配させる前に帰ろう」

「いやいや、待って。私、お母さんいるんだけど。そもそも施設ってどこ? 場所もわからないし、帰れないよ」

 私は高羅の手首を掴み、必死に訴えかけたが、高羅の頭上にはハテナマークがいくつも浮かんでいるようだった。

 恐らく、私がおかしいのだろう。それはわかっているのだが、互いに互いの言っていることが理解できず困惑し合っている今の状況は完全にカオスだ。

『この世界でのお前は知っているはずだ』

 急に、声が聞こえてきた。遠くも近くもなく、直接脳内に流れていたかのような低い声。

 そうだ、天使おじさんの声だ。

 私は今、やり直しているのだった。

 あまりに日常と変わりなさすぎて、あの日に死んだ出来事は、私の中で悪い夢になっていた。

 そう思った瞬間、すっと何かを思い出したかのように、帰宅すべき場所も、そこで待っている人たちの姿や声までもが脳裏に浮かんできた。どれも今の私からすると初めましての顔ではあるが、ここに元々いた私からすれば、当たり前の光景だったのだろう。

 ただ、生前と同じく、自分の住んでいる家を思い出したところで帰りたいとは思わなかった。

「あ、あはは。冗談! 高羅と一緒にいたくて、冗談言ってみたの。ごめんね?」

 私はこれまでの不可解な会話の流れを元に戻すべく、笑って誤魔化した。すると、高羅は安心したようにほっと肩を撫で下ろす。

「完全に騙されたよ。本気でわからなくなったのかと思った」

 何とか誤魔化すことに成功し、私たちはショッピングモールを出た。まだ外は少し熱さが残る夜だった。

 少し歩くと、すぐに駅があった。帰宅ラッシュの波に揉まれるように、私たちは改札を入る。

「今日はありがとう。また明日」

 高羅がそう言って、プラットホームへと繋がる階段を上って行った。私も今までは同じ方向に乗っていたが、何となく足を止められ、高羅の背に手を振り、そこで別れる。

 恐らくこっちだと思う反対側のプラットホームへと歩いた。

 向こう側の待合室に、高羅が入っていく姿が見える。それを遮るかのように、目の前に電車が入ってきた。人が一気に押し出され、入れ替わりのように並んでいた人たちが電車という名の入れ物に詰め込まれる。

 私が今から帰る場所は、これまでの生活とは全く違うのだろう。施設、兄弟、先生。様々な人が関わっているだろうな。

 そこに入ることになった理由は、幼い頃に父と母が亡くなったから。いや、やり直したから、いなくなったのか。

 だが、あのうるさい母がいなくなって、高羅がいる世界線に来れたことは正直本当に嬉しく思っている。

 良かった。いなくなったのが母で。

 でも、そういえば、条件は“一番大切なものがない世界”でやり直すことだったが、いなくなったのが母ということは、私にとって一番大切なものは母だった、ということのなのだろうか。

 一駅先につき、人が少しずつ減っていく。人との間に少し余裕を持つことができた。

 結局、天使おじさんが言う“大切なもの”とは、一般的なものの見方に過ぎないなと思った。誰しもが、家族を大切に思っているわけじゃない。

 私は母のいないこの世界で、第二の人生を歩んでいこう。

 そう心に誓い、私は自分の新たな家へと向かって歩いた。

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