Share

第六章(2)

Author: 氷高 ノア
last update Last Updated: 2026-01-16 05:00:00

 ほどなくして、彼は参考書を手に持ちながら現れた。相変わらず高身長で顔が整っており、見ているだけで癒される。

 もちろん、それは内面の良さも知っているが故の話だが。

「ごめん、待たせたよね」

「全然! 部活終わりなのに来てくれてありがとう」

 忙しい中、自分に時間を割いてくれることが本当にありがたくて胸に染みる。

 今日行くところは決まっていた。ずっと行ってみたかったところだ。

 もうその香りは、集合場所に立っているだけでも漂ってくる。

「お腹すいてると思うし、行こうか!」

 私は高羅の手を取る。一瞬驚いた表情でいた高羅だが、反対の手ですぐに参考書を鞄に仕舞い、歩き出した。

 徒歩数十秒の距離の店の前に立ち、扉を引く。食べる前からそそられる、あの香ばしい肉の香りが体中を包み込むかのように流れてきた。

「らっしゃいませー!」

 元気よく響く声と共に、ジューっと肉が焼かれる音が広がる。

「あ、ここだったの?」

 高羅は拍子抜けしたように私を見つめた。

「うん、ずっ
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 君が選ぶやり直し   あとがき

     最後まで読んでくださった皆様、誠にありがとうございました。 今回は家族の愛情をメインとした作品でしたが、いかがだったでしょうか。 現役中高生の皆様、そして過去に同様の経験をされた方々、何か通じるものはありましたでしょうか。 そして今現在、同じ年頃のお子様がいらっしゃる保護者の皆様、向き合い方に悩んでいる方もいらっしゃいますでしょうか。 実は私自身、主人公と少し似たような思いをした経験があります。 堂々と反抗できるような人間ではなかったのですが、当時はやはりただ受け入れられるほど大人ではなかったので、湧き出る怒りの感情を抑え込んだり、文字に書き出してみたりという行為しかできませんでした。 ですが、年齢を重ねるにつれ、当時は辛かったあの言葉の数々にも、愛があったのだと思うようになっていきました。 きっと、同じような経験をしていても、大人になった時には我が子への伝え方がわからず、すれ違ってしまうことも多いと思います。 例え親子であっても他人のため、愛を持ってかけた言葉の意味も、上手く伝わらずに、お互い悩み苦しむこともあるでしょう。 そんな方々に向けて、少しでも子供視点、親視点で読んでもらい、主人公だけでなく読者の皆様も一緒に、何かしらの気づきを得て、成長できる作品であってほしいと願いながら書きました。 まだ私は親にはなっていません。 いつか子どもができた時に、同じように辛い言葉をかけてしまうことも時にはあるかもしれません。 そんな時に、この作品を読み返し、自分が当時感じたことを思い出せるように、また自分の子に、親の愛の形を伝えられるように、という思いも込めました。 保護者の皆様、上手く愛情を伝えられなくても、自分を責めないでください。 でも、愛故に縛りすぎることや、子どもの挑戦や選択肢を否定したり奪うことは、悲しいことだと知っておいてほしいと思っています。 主人公に共感した皆様、自分の思いは大切です。決して諦めないでください。 でも、自分の見たり考えられる範囲の外に、気づかないほどの無数の愛情がある

  • 君が選ぶやり直し   エピローグ

    「守ってやれなくてすまなかった」 ふと、隣から低い声が聞こえた。そちらを見ると、相変わらず鳥のような嘴つきのマスクが若干下の方を向いている。 「事故が起きた時、守ってやれなくて、本当にすまなかった。ずっとお前たちを見守っていたのに、間に合わなかった。ただ、お前たちの関係が悪いまま死ぬことだけは、どうしても避けたくてな……。だから私にできたことはあれが精一杯だったんだ……」 そうだ、ずっと不思議だったのだ。初対面の頃から、ずっと温かさに包まれて安心していたのは、天の使いだからだと思っていた。でも、どこかでこの安心感を知っているような気がしてならなかった。 「もしかして……」 無重力の世界で、私はぐんと天使に近づき、マスクに触れる。 天使は抵抗することなく、俯いていた。 そっと力を加え、仮面を剥がす。少しずつ肌の質感が太陽に照らされて現れてきた。 頬に残る皺。薄い髭。伏せていた瞳が開き、私と目が合った。 それはまるで鏡を見ている気がするほど、私とそっくりな目をしていたのだ。 「お父さん……?」 ふと、そんな言葉が口から出ていた。記憶の中では一切覚えていないものの、いつかの写真で見たことがある顔。 その人は、静かに首を縦に降ろした。 やはりそうだった。私は自然と涙が零れる。 「良いんだよ、お父さん。ずっと見守ってくれてありがとう……」 二歳の頃に亡くなったことは知っていたが、あまり詳しくは聞いたことがなく、ずっと母と二人で生きてきたと思っていた。 だがきっと、父もずっと見えない世界から私たちの傍にいてくれていたのだろう。 「これからはさ、二人でお母さんのこと、見守っていこう?」 すると、父の表情が曇り、浮上を止める。 もちろんその答えは、イエスと決まっているものだと思っていたため、空の世界で私は一気に孤独感に包まれたような気分になった。 「お父

  • 君が選ぶやり直し   第七章(1)

    「ねぇ、起きて。お願い……」 そんな声が聞こえて、私は目が覚めた。 優しくて懐かしくて、心が温もりに満たされるような声だった。 ぼやけていた視界が、次第にクリアになってくる。 その姿を見た瞬間、目頭が一気に熱くなるのがわかった。 「お……お母さん」 私がそう発するも、目の前に座り込む母はこちらを見向きもしなかった。まるで声が届いていないかのように。 「絵美……ねぇ、起きてちょうだい……お願いよ……」 わあっと泣き崩れたその場所は、お母さんと二人で暮らしたあの家の、私のベッドの前だった。 穏やかな顔で眠る、もう一人の私を前に母は何度も声をかけている。 「ねえ、お母さん。私はここにいるよ。ねえ、気づいてよ、お母さん!」 私も声を張るものの、数メートルの距離もないのに届かない思いがもどかしくて、私も堪らず涙が溢れた。 「どうして……どうしてそっちを選んだのよ絵美。お母さんのことなんて考えず、あなたはそのまま生きていてくれたら良かったのに……」 母の呟きに、私は思考が停止する。 どういうことだろう。リセットされた世界のはずなのに、まるでやり直しのことを言っているような言葉だった。 「どういうこと?」 すると背後から温かい気配が現れた気がして、振り向く。そこには予想通り、天使おじさんが母を見下ろすように立っていた。 「ねえ、どういうことなの? やり直しは、私が選んだんでしょ? お母さんは一体何を言ってるの?」 私は天使おじさんに詰め寄った。彼はしばらく何も答えず、床に溶けるほど悲しみにのまれた母をただ見つめるのみだった。 「ねえってば! どうして何も教えてくれないのよ!」 私は拳を作り、彼の胸を思い切り叩いた。よくわからない存在に、こんなにも怒りを顕にできる自分にも驚く。 それでも言葉にできないこの

  • 君が選ぶやり直し   第六章(3)

     涙が落ち着いた頃、私たちは会計を済まして店を出た。 時刻はもう少しで二十一時になろうとしている。 高羅の最寄り駅であるため、本来なら目の前の改札ですぐに別れるところを、まだ一緒にいたいと言ってしまった。彼は嫌な顔一つせず、「じゃあ絵美さんの家まで送るよ」と言って再び電車に乗ってくれる。 しばらく揺られている間、私たちは何を話すこともなく、窓の外を眺めていた。 だが、真っ暗な世界に映るのは、反射した私たち二人の顔だけだった。 お互いが、ガラス越しに目を見つめる。 ゆったりと流れる時の間で、どちらからともなく置いてあった手が触れ合った。 次第にそれは重なり合い、互いの温もりが伝わる。 いつもなら、そわそわとした感覚が拭えなかったのに、なぜか今日は安心感で満ちていた。 そのまま指を絡ませ、離すことなく電車を降りる。 いつもの数倍遅いペースで歩いた。一歩一歩、時を刻むように進んでいく。 周りに人はおらず、秋の虫だけが、私たちに語りかけるように囁いていた。 止まれと願えば願うほど、時間は歩みを止めなくて、抗うこともできずに流されていく。「もうすぐ着くね」 高羅がそう言いながら、手をぎゅっと握る。私も同じように力を加えて立ち止まった。 数歩先の曲がり角を進めば、すぐに施設の入口。 離れなければいけないことはわかっている。だが、どうしても離したくなくて、何も言うことができなかった。「絵美さん……?」 不思議そうに覗き込む高羅の顔を、私は見上げることができなくて、黙り込んだ。 高羅を困らせていることはわかっていた。それでも自分の中で揺れ動く感情を上手く制御することができなくて、足を止めることしかできない。「……じゃあ、行こうか」「え?」 高羅は手を繋いだまま、施設とは反対方向の道へと曲がって進み出す。「行くって、どこに行くの?」 どんどん歩みを進める高羅を追いかけるように、駆け足になって進んだ。「どこでもないところ」 高羅の背中は大きくて、月の光に照らされて輝いていた。 どこでもないところって、一体

  • 君が選ぶやり直し   第六章(2)

     ほどなくして、彼は参考書を手に持ちながら現れた。相変わらず高身長で顔が整っており、見ているだけで癒される。 もちろん、それは内面の良さも知っているが故の話だが。「ごめん、待たせたよね」「全然! 部活終わりなのに来てくれてありがとう」 忙しい中、自分に時間を割いてくれることが本当にありがたくて胸に染みる。 今日行くところは決まっていた。ずっと行ってみたかったところだ。 もうその香りは、集合場所に立っているだけでも漂ってくる。「お腹すいてると思うし、行こうか!」 私は高羅の手を取る。一瞬驚いた表情でいた高羅だが、反対の手ですぐに参考書を鞄に仕舞い、歩き出した。 徒歩数十秒の距離の店の前に立ち、扉を引く。食べる前からそそられる、あの香ばしい肉の香りが体中を包み込むかのように流れてきた。「らっしゃいませー!」 元気よく響く声と共に、ジューっと肉が焼かれる音が広がる。「あ、ここだったの?」 高羅は拍子抜けしたように私を見つめた。「うん、ずっと来てみたかったの!」 ネットでも調べてみたが、ここは個人経営で店長のサービス精神が旺盛なステーキ店らしかった。 駅構内ということもあり、狭い店内ではあるが、今日はたまたま奥のテーブル席が空いていたようで、すぐに店員に案内される。 仕事帰りらしきスーツのおじさんが、汗をかきながら美味しそうに肉を頬張る姿や、大人の女性たちが綺麗なネイルを触りつつ、会社の愚痴を漏らして、食事が届くのを待っている様子など、それぞれの人生の一場面が見えた気がした。 二人で席につき、メニュー表を広げる。品数は少なかったが、どれも豪華で美味しそうな商品ばかりだった。 それぞれ迷うことなくすぐに決まり、店員を呼ぶ。「ガッツリ鉄板ヒレステーキと、サーロインステーキをお願いします」 高羅がそつなく頼んでくれ、私はそれを微笑ましく眺めていた。店員が確認し、去っていった後、ありがとうと伝えると、高羅はなんて事ないように笑ってくれる。 食事が届くまでは、たわいない雑談を重ねた。その日学校であったこと。勉強面でのわからない範囲。化学の授業の先生の話

  • 君が選ぶやり直し   第六章(1)

    「ごめん、お待たせ! 待った?」 学校も無事に終わり、麻仲は制服のスカートをバサバサと揺らしながら、全速力で走って来てくれた。そんなに時間が押しているわけでもないのに、こうして急いで来てくれる麻仲の優しさが嬉しかった。「全然! むしろ、今日も来てくれてありがとうね」 やり直し前の今日、ファストフード店に行ったところを、今回は近くのカフェに入ることにした。 夜ご飯は高羅と食べることは事前に伝えていたため、麻仲は快く了承してくれる。 この一ヶ月、崩しに崩した貯金は、今日で底をつきそうだったため、私は安価なカフェラテを、麻仲はチョコバナナパフェを注文した。 しばらくシフトを入れておらず、バイト先には申し訳ないなと考えていると、麻仲が「ねぇ」と声をかけてきた。「彼氏との話! 結局好きだったとは聞いてたけど、詳しく聞いてなかったからさ! 今日もデート行くんでしょ? どういう経緯でそうなったのか、教えてよ!」 麻仲が目を輝かせて聞いてくる。そういえば、メッセージのやり取りでも、簡単にしか説明していなかった。 あの日のことを思い出すと、顔が熱くなる。そんなよそよそしい雰囲気を、麻仲は敏感に察知したのか、ニヤニヤと笑っていた。「えっと……そもそも高羅は私のことが好きで付き合ったわけじゃなかったみたいで……」「はあ!? 何それ! 信じられない!」 話の序章を口にしただけで、麻仲は先程の幸せそうな笑顔はどこへ飛んでいったのやら、眉を釣り上げて叫ぶ。相変わらず声が大きくて、私はすぐに人差し指を唇の前に立てた。「もう、麻仲! 落ち着いて、最後まで聞いてから叫んで!」 怒り口調になりながらも、麻仲らしさに思わず笑ってしまった。 周囲の視線に気づき、「ごめん」と本気で焦った様子で、口元に両手を当てて塞ぐところも、本当に好きだ。 馬鹿みたいに何度も繰り返すやり取りも、麻仲とだから楽しい。 麻仲と一緒にいるから笑うことができるんだ。 それから私は、高羅と話したことを最初から最後まで麻仲に伝えた。ただ、やり直しのことは、どうしても麻仲には言えなくて、その部分の出来事は省く。 その他にあった胸がきゅ

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status