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第16話

Author: 九桜冬実
御堂夫人の喪中不祥事は瞬く間にネットを駆け巡り、知奈が身代わりとなった過去の報道も再燃した。

高級クラブの個室で、司を囲む令息たちが中継映像を嗤いながら見ていた。

「藤原家の令嬢、やはり映えるな。女優並みの風貌だ」

「一家が海外移住しなきゃ、俺が求婚してたぜ。明るくて美人だし、嫁もらったら一生退屈嫁しねえだろ」

「今どこにいる?親を追って渡航したか?」誰かが司を肘で突いた。「おい、藤原家の移住先を知ってるか?」

司は無言で煙草の灰を落とす。

目の前のロックグラスを手に取り、中のウイスキーを一気に飲み干した。

周囲がひそひそ話す。「清純派の御堂がタバコと酒に溺れるようになるなんて…失恋か?」

「まさか未亡人に未練が?あの女、今や取締役会に横領で訴えられ、巨額の負債抱えてるぞ」

「未練あれば事件を揉み消したはず。完全に終わったな」

噂が飛び交う中、一人がスマホを掲げた。「この中継の女性は知奈さんでは?F国のレセプションだ」

司の瞳に炎が灯った。立ち上がり、机を跨ぎ、端末を奪い取る――

画面に映るのは、紛れもない知奈の姿だった。

焔のような真紅のドレス。ダイヤモンド
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