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第 3 話

Author: 一笠
婚約式当日。

佐藤大山(さとう おおやま)が凛を大変気に入っていたため、この婚約式は盛大に執り行われ、多くの名家の友人が招待された。

宴会場は華やかな雰囲気に包まれ、楽しそうな笑い声で満ち溢れていた。

煌は入り口で客を出迎えていた。顔には笑みを浮かべていたが、内心は焦っていた。

もう時間なのに、なぜ凛はまだ来ないのだろうか?

大山が近づき、厳しい顔で尋ねた。「また凛と喧嘩でもしたのか?」

煌は慌てて否定した。「いいえ、おじい様、ご心配なく」

「本当になかった方がいいだろうな」大山は煌を睨みつけた。「凛は俺が認めた孫嫁だ。今日の婚約式で何か間違いがあれば、お前も佐藤家に戻るな!」

「ご安心ください。何も問題はありません」

二人が話していると、大山は凛の姿を見つけ、満面の笑みで言った。「凛!」

大山の視線の先を見ると、凛が月白色のドレスに身を包み、ハイヒールを履いて優雅に歩いてくるのが見えた。

煌は胸を撫で下ろし、得意げに眉を上げた。別荘から出て行ったところで、結局は大人しく自分の元に帰って来たではないか。

しかし、凛は煌を一瞥もせず、まっすぐ大山の方へ向かった。

「なぜこんなに遅くなったんだ?」

「おじい様、お話した通り、凛が急に忘れ物を取りに戻ったので、少し時間がかかってしまいました」

煌は先回りして答えると、凛の肩を抱き寄せた。「凛、こういう小さな用事は人に頼めばいいんだ。せっかくの婚約式なのに、喧嘩でもしたと誤解されてしまう」

完璧な言い訳だった。

表面上は仲睦まじい様子を見せながら、凛に対してはこのような日に機嫌を損ねるなと釘を刺していた。

凛はしばらく煌を見つめていたが、何も言わなかった。

大山は二人を交互に見て、どこか違和感を感じたが、今日はこの場では深く追求しないことにした。

「まあ、二人に何もなければそれでいい。今日は霧島家の方も来られるから、後で......」

言葉を途中で遮り、大山は遠くに見覚えのある人物に気づき、満面の笑みで出迎えた。「噂をすれば影。霧島さん、ちょうどいいタイミングですね!」

煌は少し驚き、まさか大山が霧島家の当主を招待できたのかと思った。

北都では、霧島家は名家の中でもトップクラスの名門一族だ。

霧島家は家業も大きく、優秀な人材も多い。中でも霧島聖天(きりしま せいてん)は特に優秀で、留学を終えて帰国するとすぐに家業を継ぎ、わずか数年で事業を急拡大させ、成功を収めていた。

このような人物は、経済ニュースでしか見ることがなく、名家の社交界にはほとんど顔を出さない。

煌は、まさか聖天が自分の婚約式に出席するとは思ってもいなかった。

彼は驚きと喜びのあまり、凛を放って、大山の後ろについて聖天を出迎えた。

凛は一人になることができ、ほっとした。何か軽く食べておかなければ、後で食べられないかもしれない。

凛は気づかなかったが、背後から一人の視線が彼女を捉えていた。

聖天の隣に立っていた少年は、不思議そうに頭を掻いた。「叔父さん、あの女性、どこかで見たことがある気がするんだけど......」

聖天は少年を一瞥し、「静かにしろ」と言った。

......

少年はがっかりした。叔父さんは自分がそんな古臭い方法でナンパしようとしていると思ったらしい。

......

一方、凛がケーキを一口食べたところで、背後から優奈の声が聞こえた。

「お姉さん、来てくれて本当に良かった!まだ私と煌さんのことで怒っているのかと思ってた」

優奈の声は甘ったるく、わざと語尾を上げて、純真で可愛らしい印象を与えていた。

いわゆるアニメ声だ。

「お姉さん、この前のことは私が悪かったの。煌さんは私の言うことを聞いて、誤解させてしまっただけなの」

優奈は凛の手を取り、申し訳なさそうに言った。「もし怒るなら、私を責めてください」

凛は彼女の芝居に乗らず、無表情で手を引っ込めた。

それを見た美代子は、不機嫌そうに言った。「優奈が謝っているのよ!その態度は何?」

兄の夏目誠也(なつめ せいや)もまた、不満そうな顔で言った。「凛、いい加減にしろ!」

「謝罪を受け入れなければならないという決まりでもあるの?」

凛は夏目家の人々を見た。彼らは皆、優奈の後ろに立っていて、まるで本当の家族のようだった。

仲間外れされていたのは、いつだって彼女一人だけだった。

以前は必死でこの輪の中に入ろうとしていたが、今は......馴染めない家族に無理強いするのはやめようと思った。

限られた命を、こんなことで無駄にするなんて馬鹿らしい。

「それに......」凛は優奈を一瞥した。「彼女が私に謝らなければならないことは、他にもたくさんあるわ」

優奈は世渡り上手で、人の心を読み取るのが得意だ。そして何より、彼女には欲にまみれた心と、決して愚かではない頭脳を持ち合わせている。

凛はずっと前から、優奈がわざと煌に近づき、何かと理由をつけては彼に助けを求めていることに気づいていた。

最初は、煌も凛に「優奈はどうしてあんなに頼み事が多いんだ?」と愚痴をこぼしていた。

しかし、煌の愚痴は次第に減っていき、しまいには自分から優奈に助けを申し出るようになっていた。彼の心は既に優奈に傾いていたのだ。

人の心を操ることにかけては、凛は優奈に全く敵わなかった。完敗だった。

どうせ勝てないのなら、もう争う気もなかった。

それに、他人の心を得たところで、何になるというのだ?寿命が延びるわけでもない。

凛が考えを巡らせているうちに、ステージ上の司会者がマイクテストを始めていた。

正義は家長としての威厳を示し、凛に念を押した。「今日はお前の大切な日だ。分別のある行動をしなさい。両家の顔に泥を塗るなよ」

凛は何も答えず、ステージへ向かって歩き出した。

誠也は腹を立て、「おい!凛、行儀ってもんを知らないのか?父さんが......」

正義は彼の腕を掴み、「もういい、黙っていなさい」と言った。

誠也は優奈の方を向き、「優奈、お前があんな役立たずに謝る必要はない。あいつは自分が夏目の血を引いているからって偉そうにしているが、実際はお前の一本の指にも及ばないんだ!」

優奈はか弱い声で言った。「お兄さん、お姉さんのことをそんな風に言わないで......」

「お前がいつも彼女のために良いように言ってくれているのに、感謝しているか?本当に恩知らずな奴だ!」

誠也は鼻で笑った。「彼女が夏目家に戻ってこなければよかったのに!俺には妹は優奈一人だけで十分だ!」

次の瞬間、正義の警告の視線を受け、誠也は渋々黙り込んだ。

その時、凛の声が会場全体に響き渡った。

「本日は、皆様お忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます。しかし、申し訳ありませんが、皆様のご期待に沿えないご報告をしなければなりません」

ライトに照らされた凛の月白色のシルクのドレスは柔らかな光を放ち、凛をより一層美しく、高嶺の花のように気高く優雅に見せていた。

困惑する人々の視線の中、凛は鳩の卵ほどもあるダイヤの指輪を外し、ふわりと手を振り上げ、それをシャンパンタワーの頂点へと見事に投げ入れた。

「私から一方的に婚約を取り消します。これより、私と佐藤煌との間に、一切の関係はございません」

凛の言葉が終わると、会場は騒然となった。

「え?聞き間違いじゃないよね?凛が婚約破棄したの?」

「嘘だろ!凛はまさか幽霊にでも取り憑かれたんじゃないの?あんなに必死に煌と結婚しようとしてたのに、破棄するなんて!」

......

会場はざわめき、騒然とした。

聖天は会場の中央に立っていた。顔には一切の感情も浮かべずに冷徹なオーラを放ち、周囲と一線を画していた。

隣の少年は額を叩き、「思い出した!あの女は、この前俺たちが追突した後で、病院で検査だけして逃げ出した女だ!脳に悪性腫瘍があるんだ!」と言った。
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