色恋沙汰に興味なく冒険者に憧れる貴族令嬢のミオ。ある日美しい妹の身代わりに異世界から転移してきた勇者の嫁として勇者が住む幽霊島に行くことになったが、勇者レイの態度は思った以上に冷たくて、挙句嫁なのだからと服を脱ぐよう強要されて……。 主人公が居場所を見つけたり少しずつ愛を深めていく純愛系のお話です。
もっと見る一体自分の何が彼をそんなに怒らせてしまったのだろうか。
幽霊島での初めての夜。部屋は暗く、ベッド脇のランプだけがほんのりと灯りを灯している。 そこでミオ・エヴェーレンはベッドの上で荒々しく男に組み敷かれていた。その行為にミオは怯えを隠せない。それでも黄昏色の瞳を男から逸らすことはなかった。 そんな自分を蔑むように黒い瞳で見下ろす男の名前はレイ・シュタインと言う。まだ年若い容貌だ。二十歳前後と言ったところだろうか。人形のように整っている訳でも精悍な顔立ちという訳ではない。 ただ年若い青年特有の色気が冷たい視線やミオを組み敷くしなやかな身体の線から滲み出ていた。そしてこの世界ではとても珍しい、夜闇のような漆黒の髪と瞳を持つ青年だ。 それも当然である。彼は異世界から召還された勇者であった。二年前、ミオの住むフロード王国の魔術師たちが総力を挙げて国を救う勇者を召喚した。それが彼である。 そしてミオはその勇者の花嫁としてこの島に半ば無理矢理送り込まれた。 かつて災厄と呼ばれた赤竜の棲処であったこの幽霊島は今は勇者とその仲間たちが住んでいる。 「……っ」 一糸纏わぬ姿でベッドに組み伏せられたミオの白い乳房をレイは凝視している。 その視線の熱さに咄嗟にミオは手でたわわに実った胸を隠す。 「なんだよ、嫁なんだから隠すなよ」 その隠した手を無理矢理外しながらレイは笑う。その笑みは到底結婚相手に見せるとは思えない冷たく嘲るような笑みであった。 「あっ」 ぐり、と爪で淡く色づいた胸の先端を摘まれる。ぐりぐりと優しさの欠片もなく淡い桃色の乳首を押し潰され、思わずミオは痛みに顔を顰めてしまう。しかし痛みの中にもチリチリとした僅かな快楽を感じてしまっているのも確かであった。ぐにぐにと乳首を引っ張られたり押し潰されている内にミオの呼吸が少し乱れてくる。 「ん……っ」 乳首の頂点を爪でカリカリと弄られると自然甘い吐息が漏れてしまった。 「なんだ感じてんの?」 そう嘲笑うとレイはその強引な愛撫で固く立ち上がったミオの乳首に吸い付く。 「やっ! あぁ!」 チュッ、ズッ、ジュルッとわざと下品な音を立ててレイはミオの誰にも触れさせたことの乳首を嬲るように、強く何度も角度を変えて吸い尽くす。 コロコロと舌で転がされ、強く押し潰されたかと思うと甘噛みされて引っ張られる。乳首もそうだが彼の肩まで伸びた漆黒の髪が首筋や鎖骨に落ちて、それもくすぐったい刺激になってしまっているのだ。 くすぐったくて痛くて、気持ち良い。 恥ずかしいのに気持ち良いのだ。 (こんなの嫌なのに……止めてほしくない……) その快楽にミオの全身、とりわけ触れられていない方の乳首と足の付け根にある蜜壺が触られてもいないのに甘くジンジンと疼き始めている。 「ほら見てみろよ、なんも触ってない方の乳首も固くなってる」 「ひ……っ!」 ジュポッと一際強く吸って唇から離すとレイは吸われていないもう片方の乳房を軽く揉む。 それだけでミオの口から甘い悲鳴が漏れた。 「舐めてほしいって言ってみなよ。ちゃんと自分で胸揉んで舐めてくださいっておねだりしてみな?」 「……っ」 閨事に疎いミオにそんな恥ずかしい真似は出来ない。 「どうした? 何でもするんだろ? それとも逃げる?」 しかしそう言われてしまえばミオは唇を噛むしか出来ない。 自分に出来ることなら何でもするとレイに言ったのは確かにミオ本人なのだから。 自ら両の乳房を下からぐいと持ち上げて、羞恥に震えながらミオはか細い声を出した。 「舐めて……ください」 「もう一回」 羞恥を堪えて言った言葉だったのにしかし無慈悲なまでのやり直しを命じられてミオは羞恥で頭がぐらぐらしてしまう。 ぐらぐらした頭で自分を組み敷く男を見上げた。 「舐めてください」 「だーめ、もっとやらしく」 「……っ舐めてください」 「もう一回」 駄目出しをするレイはくつくつと嗜虐的な笑みを浮かべている。その笑みにミオの目尻からじわりと涙が滲んでしまう。 「舐めて、」 「駄目」 「お願い、おっぱい……舐めて……ください」 無理矢理言わされているだけなのに、本当にせがんでいる錯覚がしてきた。先のように乳首を吸ってほしい。レイの指と舌で気持ち良くして欲しい。そんなはしたない欲求がミオから滲み出てきてしまうようだ。 そんな色欲で潤んだ瞳で訴えたのが功を奏したらしい。レイは支配欲が満たされたように口元を三日月のように歪めた。 「いいよ」 「あっ!」 言うや否やレイはジュウッと痛いくらいに強く乳首に吸いつく。瞬間ミオの口から一番大きな嬌声が漏れ出た。 「反対も自分で指ぐりぐりして」 「咥えたまま喋らないで……っんうっ」 先まで吸われていた方の乳首を言われるがまま自身の指で撫でる。レイの唾液でぬるぬると滑る乳首はミオ自身の指で軽く撫でただけで快楽を拾ってしまう。 (やだ……気持ち良い……) 片方の乳首を吸われもう片方の乳首を自分でコリコリと夢中で弄る。快楽で表情が蕩けていく。 その姿は仮にも貴族の令嬢とは思えぬような淫らな姿であった。 「んああっ!」 突然レイに下腹部を撫でられ、ミオは甲高い悲鳴を上げる。 誰にも見せたことのない秘部の割れ目をレイの逞しい指が這う。 「いっいけませんそれは……」 「いけない訳ないだろ嫁なんだから」 割れ目を何度もなぞられる度に背筋に甘い電流がぞわぞわと走り抜ける。恥ずかしいはずなのにもっと撫でてほしい。もっと奥を触れてほしい。 未通のはずなのに体は男に貫かれる快楽を知っているかのように蜜壺を護る鮮やかな桃色の花弁をひくひくとひくつかせている。 その花弁の割れ目から透明な蜜が滲んできていた。その蜜で濡れた指は更に良くぬるりと滑り込み、割れ目の中にある花芯を撫で上げた。途端に最高に強い快楽がミオを襲う。 「あっあ……あっ!」 「自分ばっかりヨガるなよ」 脚を跳ね上げて悲鳴を上げるミオを嘲ると割れ目の中にある二枚の花弁を指が押し開き、その奥にゆっくりと中指が挿入ってくる。 「あああっ……」 すっかり蜜で満たされた秘部はぬるぬると容易くレイの中指を呑み込んでいく。 ずちょずちょぐちぐちと中指が蜜壺を掻き回す。最初はゆっくりと慣らすように、次第に激しく抽送を繰り返す。壺の中壁を抉るように擦られるとミオの口から甘い嬌声が勝手に迸ってしまう。 「こんなにびしょ濡れだ、犯されてるのにやらしい女だな」 「わ……私はレイ様の嫁ですから……」 ミオの立場は嫁だ。お互い望まない結婚かも知れないがそれでも嫁は嫁だ。犯されているのではない。 揶揄するレイにシーツの上で弱々しく息も絶え絶えな状態だが、それでもミオはそう返した。 そんな口答えに勇者の漆黒の瞳が更に鋭く冷え切っていく。 「へぇ初夜なんだ、なるほどねぇ」 レイの口元だけは酷薄な笑いを浮かべているが目は少しも笑ってはいない。 「じゃあさ」 そう言ってレイは一度ベッドから降りると、勢いよく着ていた衣服を脱ぎ捨てる。英雄とは思えない程簡素なブリオー(チュニック)とブレー(長ズボン)とシェーンズ(肌着)を脱ぐと、鍛え上げられた筋肉に無数に痛々しい古傷が残る肉体が露わになった。 痩身かと思ったが脱いでみれば成る程歴戦の勇者であることも頷けるような引き締まった見事な肉体をしている。 いやそれだけではない。 股間には硬く凶器のようにそそり立ったレイの剛直が隠されることなくミオの眼前に晒されていた。 (こんな大きいのが私の中に挿入っちゃうの……?) 挿入る訳がない、とミオが剛直を見つめたまま凍りついてしまう。 「ほら、初夜なんだろ? さっきみたいに可愛くおねだりして受け入れてみろよ花嫁さん」 「な……」 レイの言葉にミオは思わず絶句してしまう。 さっきのおねだりよりも更に恥ずかしいことを要求されるとは思わなかった。 しかしもうどうすることもできない。 羞恥に震えつつも細い両足を自分で抱えるように曲げて、股を開く。 「い、挿入れて……ください」 「ダメ、ちゃんとどこに挿入れてほしいのか言え」 (そんなの……言えるわけない……!) しかし今更後戻りは出来ない。 ここで嫁として不出来だと言われても、ミオには帰る場所などないのだから。 諦念の色を浮かべたミオは股を開いたまま震える手で、恐る恐る自身の二枚の花弁を両手でくぱと広げた。 「ど、どうか挿入れてください……私の……ここに」 恥ずかしさに今にも憤死しそうだ。だが頭がクラクラして体が自分のものではないかのように感じるのは決して羞恥のせいだけではないだろう。 「へえ、貴族の娘なのにそんないやらしいおねだりしちゃえるんだ」 「……っ」 ミオの意思とは反して濡れぼそり雄を求めるようにひくつく花弁の奥を凝視しながらレイは冷笑する。 「恥ずかしい命令されるのが好きなの? それとも男のこれが好きなだけ? どちらにせよ淫乱だな」 「ひゃんっ!」 そう言ってその花弁を剛直でぬるぬると愛撫されると電撃が走るような快楽が全身を駆け巡る。酷いことを言われているはずなのに、体は快楽を求めてきゅんきゅんと疼いていた。まるでミオの体がミオのものではないように、これではレイの言う通りに淫乱である。 「ちゃんとやらしくおねだりできたから、じゃあ挿入れてあげるね」 舌舐めずりをしたレイがミオの足の間にその体を滑り込ませる。ピト、とレイの熱い剛直がミオの花弁の真芯に当てられた。 (挿入っちゃう……) 羞恥の中にもこれから訪れるであろう深い快楽を期待してしまい、小さく背筋が震える。 「ああっ! ひゃう……っ!!」 しかし予想とは裏腹にメリメリと生木を裂くような痛みと音を立てて、猛ったレイの熱がミオの中に侵入してくる。 未通の狭路を無理矢理押し広げられる痛みに思わずミオの両眼から涙がはらりと溢れた。 「痛っ……痛い……っ!」 痛みから逃れるためにミオは必死にシーツを掴む。 苦痛に悶えるミオを冷たく見下ろしながらレイは吐き捨てるように告げた。 「誰も助けちゃくれないんだよこの世界は」 一体どうしてこんなことになったのか。 ミオは苦痛に耐えながらも口の中でもう一度そう反芻した。その刹那凄まじい黄金の光線が一条、荒波を切り裂き、そしてそのまま巨大な海竜の身体をも真っ二つに斬ったのである。「は……?」 これにはミオどころか荒事に慣れているはずの船員たちでさえ呆気に取られてしまったようだ。 ただ一人獣人だけがふうと溜め息を吐く。「全くレイの奴、いいとこだけ奪っていくんだもんなー」 レイとはまさか勇者レイ・シュタインのことだろうか。確かにあの海竜を倒した光線はあの日城壁を破壊した光線にとてもよく似ていた。「おおい、海竜の回収は任せていいのか?」
そうして数時間後、船は港とはけして呼べぬような簡素ないや粗末と言った方が相応しい船着場へと到着した。「……」 トランクを持って下船したミオは辺りを見渡し、その光景に困惑を隠せない表情を浮かべてしまう。 到着した幽霊島は「災厄」と呼ばれた赤竜が棲処としていた時と恐らくは全く変わらない様子で荒れ果てており、まさに未開の地そのものであった。上空は今にも雷雨が襲ってきそうな程曇った鉛色の空である。気温は低く吹きつける風も冷たい。何せ客船の中で引っ張り出した真冬用のコートを着ていても体の芯から凍えていきそうなのだ。 そして地上は赤竜の全身から放たれていたと言われる毒霧の影響だろうか草木一本生えない、まさに岩だらけの荒野であった。 そんな島の悲惨な様子にミオは先程微かに見えたような希望の光が消えてしまうような気がした。(一体こんなところにどうやって住んでいるの?)「何してんだ、下に行くぞ」 荷物が入った大きな木箱を二つ抱えたアルマに促されてミオは慌ててトランクを引き摺って着いていく。舗装もされていない道では引き摺るよりも持ち上げた方が早かった。 荒野の中でもまだ歩けるマシな獣道をスタスタと歩いていくアルマに暫くえっちらおっちらと追いかけていく。アルマがミオの棘鎧亀の如くノ
海竜。 冒険小説の挿絵でしか見たことのない怪物が窓越しに存在していたのである。 巨大な海蛇の化け物、海竜が荒れた波の中でその巨躯をくねらせてこの船に遅いかかってきたのだ。 ドンッとまるで船が壊れたかと思うほど今まで一番大きな衝撃が船中に響く。 海竜が船に体当たりをしてきたのだ。「救命ボートを出します! 早く避難を!」 船員が廊下の向こうで切羽詰まった大声を張り上げている。 その船員の声にミオも慌てて着の身着のままで廊下の外に出た。船員達に促されて、甲板に出る間にも二度ほど海竜の体当たりによる大きな揺れに襲われる。 その揺れに耐えきれず、ミオは小柄な体を廊下のあちこちにぶつけてしまう。なんとか這うようにして甲板に出た時だ。「ひ……っ!」 ミオは思わず顔を引き攣らせて悲鳴を上げてしまう。船と同じくらいの大きさの海竜がマストにその長い体を巻き付けようとしていたのだ。「早くこっちへ!」 船員に促されるも濡れた甲板は滑りやすい。ましてこの嵐と海竜のせいでひっきりなしで大きく揺れ続けているのだ。ミオの体がよろめき、ついに甲板の上に転んでしまう。 べしゃりと膝を打つ痛みに遅れてドレスが海水に濡れていく。しかしそれよりも海竜に襲われるか、また揺れがあればそのまま甲板から海に転がり落ちてしまう可能性がある。 早く立たなければ、と焦るミオの頭上を黒い影が一つひゅっと横切った。「うおりゃあ!」 低い気合いの声に空を見上げた先にはマストに絡みつく海竜に飛びかかる一人の影があった。 人影、いやただの人ではない。全身肌が見えるはずの部分が美しいブルーグレーの毛皮に覆われている。そしてふさふさの尻尾が見えた。 獣人だ。一人の獣人が海竜に勇敢にも飛びかかっているのである。 獣人の勇ましい掛け声と共に獣人の身の丈もある大きな棍棒が振るわれる。その棍棒は海竜の脳天に吸い込まれるように落雷のような衝撃で叩きつけられた。 その衝撃に海竜は一瞬怯み、獣人から間合いを測ろうと頭をマストから離そうとする。しかしその隙を獣人は見逃さない。「でりゃああっ!」 海竜の身体を蹴って跳び、まるで宙を舞っているかのような身軽さで海竜に飛び掛かる。そして今度は海竜の凶悪な牙が生え揃ったその顎をも、その棍棒であろうことかそのまま上空へと吹き飛ばすように殴りつけた。 漆黒の巨躯はだ
勇者のいる幽霊島には馬車で隣国の港まで向かい、そこなら船で行かなければいけない。 災厄と言われた赤竜が棲処にしていた幽霊島は北の果てにある。赤竜が居着くまでは元々海賊の根城になっていたとも言われているが、更にその前は死者の国とも呼ばれていたのだ。海で亡くなった死者の魂が島に行き着き、そして皆そこに住み着くと言う言い伝えがあった。 それが幽霊島の由来である。どこをとっても恐ろしい伝説しかなく、どう考えてもミオの胸中には不安しかない。 家を出て丸一日、馬車は何事もなく隣国イリーガルの港に到着した。そしてそこから船に乗ったミオは来る時にトランクに入れた幽霊島についての歴史が書いてあった本を荒波に揺られながら読み耽っていた。 貴族用の個室の船室を用意してもらえたのは有り難かったが、待遇としては島流しとほとんど変わらない。そもそも四月の雪解花が満開であるこの時期に、コートが必要なほど海上は寒い。幽霊島は更に北にあるのだからもっと寒いのだろう。 自分は本当にやっていけるのだろうか。 ミオの不安に比例して、さっきまでかろうじて晴れていた空がどんよりと曇っていく。風も時間が経つにつれて段々と強くなってきた。その風に煽られて波もどんどんと唸りを上げて荒々しさを増してくる。とてもじゃないか読書に集中できる状況ではなかった。(もしかして……これが本物の嵐の海……?) ミオの乗っている船は充分な大きさなのに、荒波はそれ以上に大きく、船はまるで小さな葉っぱのように右へ左へと大きく揺らされてしまう。「きゃあっ!」 冒険小説には付き物の嵐の海に遭遇していると言う感慨も多少はある。しかしそれ以前にその大きな揺れに立っていられずミオは客室でしゃがみ込んでしまう。 船の窓の外では、嵐波が絶え間なく船体をザブンザブンと容赦なく打ちつけてくる。その度に船は今にも転覆しそうに大きく揺れる。(もうやだ助けて……) 泣き言を言ったところで帰れる家はもうない。今頃家ではミオの結婚パーティと称したパーティの後片付けをしている頃だろう。主役の自分など必要ない。妹のエルフェさえいればあの家はそれで充分なのだ。 助けてくれる人もいない。心細さと惨めさと船が大きく揺れる気持ち悪さにまた涙が滲んできてしまう。「……っ頑張れミオ」 しかし溢れた涙は数粒で堪えた。ミオはハンカチでそっと涙を拭う
そして早朝である。自室を出てトランクを引き摺りながら玄関へ向かおうとしたミオの正面にメイド長のスーマがいた。「おはようございます、ミオお嬢様」「おはよう、スーマ」 体格の良いスーマはミオからトランクを預かるとひょいと片手で持ち上げた。「……ありがとう」「いいえ、このくらいさせてくださいな。全く急なお話で……お嬢様がいないと寂しくなります」 この家の中で彼女、スーマだけはミオに優しくしてくれた。その為ミオも実の親以上にスーマに懐いていた。「そう言ってくれるのはスーマだけよ」 苦笑いしながらそう答えるとスーマはトランクを運びながら気の毒そうな表情を向ける。「きっと良い事がありますから。ミオ様は心優しい方ですもの。きっと神様は見てくださいますよ」「そうかな……? そうだといいな」 スーマの素朴な優しさに満ちた言葉につい涙が出そうになり、ミオは慌てて作り笑いを浮かべた。昨夜の涙とは違う嬉し涙が出そうになったのである。「そうですとも」 スーマに優しい言葉をかけてもらいながら玄関へと到着する。緋色の絨毯が一面に敷かれた玄関の正面にはエヴェーレン家の紋章であるペガサスの彫像の飾られていた。 この玄関とも今日でお別れだ。「早いのね」 この家から離れられてせいせいする気持ちと、先行き不安な気持ちで内心揺れ動いていると、玄関に母が現れた。「おはようございますお母様」「ミオ、ちょっとこっちに来なさい」 母に手招きされてミオは素直に母に近寄る。「何ですかお母様?」「そんな眼鏡みっともないでしょう? 仮にもエヴェーレン家の長女なのだからみっともない格好で恥を晒さないで」 ポウッと柔らかな白い光に包まれると眼鏡越しの視界が突然歪んでしまう。 まさかと思い恐る恐る眼鏡を外すと、今まで以上に鮮明に世の中が見えた。 母の治癒魔法なんて、初めてかけてもらえた気がする。「そんな眼鏡もう捨ててしまいなさい。くだらない勉強なんかしてる女は男に嫌われてしまうのよ」「……はい」 母は母なりにミオの将来を案じてくれているのだ。 どんな時も女は男を立てて、黙って三歩後ろを歩く。男の機嫌をいつでも上向きにさせなければならず、女の喜びは男の金で着飾って美しくあること。良き妻であり母になること。 しかしどうしてもミオにはその生き方を羨ましいとは思えなかった。い
荷造りも一通り終わった頃にはすっかり深夜になっていた。 ミオは宝石箱の中から長方形の板を取り出す。 それは我々の世界で言うところのスマートフォンである。しかしミオはおろかこの世界の誰もその呼び名を知らないだろう。(勇者様、私のこと覚えてらっしゃるのかな……) 懐かしむ眼差しでミオはスマートフォンを見つめる。 実はミオは以前勇者に一度出会っていた。 二年前、いつものように隠れ家の森を歩いていると、ミオは道に倒れていた男を見つけた。 勇者が倒れていたのだ。 しかし当時のミオは彼が召喚されたばかりの勇者だとは知らずに、隠れ家へ連れて行った。 倒れていた原因は症状を見る限り毒だった。なので毒消しの薬を飲ませて一晩看病したのである。 だがミオが目覚めたら勇者の姿はなかった。しかし代わりにこの魔法の板が落ちていたのである。 最初は指で触ると動き、まるで生きているような精巧な人物の絵や、その場で吟遊詩人が奏でているかのような音楽が聞こえたのである。それどころか動いて笑う絵まであった。 興奮して家族に伝えようとも思ったが、この板は恐らく勇者の物だ。禁呪か何かの類かもしれないし、父親に取り上げられるかもしれないと思えば吹聴する訳にはいかない。 だからスマホのことはミオ一人の胸の中に閉まっておき、しばらく預かっていた。しかしその内どこを触っても板は真っ黒いまま反応しなくなってしまった。壊してしまったのである。 実際は壊れたのではなく単なるバッテリー切れだろうが、それを知ったところで電気もないこの世界では意味はない。(とにかくこれを返さないと……) スマートフォンをミオが持っている中で一番綺麗で見栄えがするハンカチで包むとトランクの一番安全そうな場所に入れる。 後日助けた青年が勇者と知った時はミオはとても誇らしかった。変わり者で能無しの自分でも勇者を助けられたのだと嬉しくなってしまったのである。 あの時はロクに会話も出来なかったが、触れた漆黒の髪のサラサラとした感触は覚えている。この世界では珍しい夜を思わせるような黒髪の艶やかさも覚えているし、荒々しい息遣いも発熱で熱く火照った勇者の体も。「……って何考えてるの私!」 あらぬところまで思い出してしまい一人で声を上げて赤面してしまう。しかし嫁になるのだからそう言うこともする
コメント