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第 10 話

Penulis: 江上開花
亜夕美はまず高級ブランド店に立ち寄り、その後介護施設へ向かった。院長を担当している成田(なりた)主任はにこやかに彼女を招き入れた。

最初は「お困りのこととお察しいたします」と同情を示すような口ぶりだったが、すぐに施設費用の話題に切り替えた。

「このままお支払いが滞るようでしたら、残念ですが佐藤さんをお引き取りいただくことになります」彼は穏やかな笑みを浮かべながらも、目には計算高さが滲む。「他の方も払えないと居座り始めたら、うちはボランティアの老人ホームになってしまいます……やはり」

「辰川さんにお願いしてみてはどうですか?夫婦だった間柄です。あの方ならポケットマネーで軽くお支払いできるでしょう。ご老人の療養費は十分まかなえます。佐藤さんにこれ以上無理をさせたくないでしょう?」

亜夕美は無言で掌のをギュッと握りしめ、指先が痛むほど強く力を込めた。「将臣があなたにそう言わせたんですか?」

成田主任は茶をすすりながら沈黙を続けた。

そのしぐさを見るだけで、答えは明らかだった。

――将臣と結婚して、彼に精一杯尽くしてきた。全てを夫と子供に注いでいたのに、このザマだ。

こんな手段で自分を屈服させようとするなんて、あまりにも卑劣だ。

亜夕美はバッグからカードを取り出し、淡々と告げた。「ここに2,500万円あります。足りない分はすぐに用意します」

成田主任はそのカードを一瞥し、まるでただの紙切れだと言わんばかりに鼻で笑った。「亜夕美さん、これはお金の問題ではありません。佐藤さんの医療チームは辰川さんが国外から招聘したエリート人材です。彼らは今月末で帰国予定です。それ以降、たとえお金があっても、これだけ高レベルな医療チームをさがすことは至難の業ですよ」

――つまり、将臣なしでは、佐藤院長は長く生きられないぞ、という脅しだった。

亜夕美は重い気持ちを抱えて佐藤院長の病室を訪れた。白髪の老人が窓辺で楽しそうにテレビドラマを見ながら、介護スタッフと一緒にストーリーについて話し合っていた。

笑い合っている様子は、とても重病人には見えなかった。

将臣と結婚したばかりの頃、佐藤院長は一度危篤状態になった。その時、将臣は寝る間も惜しんで専門医を海外から手配して、院長の命を救ってくれたのだ。

亜夕美は将臣に心から感謝していた。

しかし、彼への想いが「愛」なのか「恩義」なのか、未だに自分でも分からないことがある。

佐藤院長がこちらに気づいて、目を輝かせた。「亜夕美ちゃん!やっと来てくれたのね!」

立ち上がろうとする彼女を慌てて支えた。

目が合った瞬間、院長の瞳がうっすら赤く潤んでいた。感情が込み上げた亜夕美の目にも涙が滲む。

「将臣さんが言ってたのよ。あなたが出張で一年も戻ってこないって……ビデオ通話もしてくれないから、心配でたまらなかったわ……」

全て終える前に、院長は泣き出した。

院長を抱きしめ、亜夕美も泣いた。子供の頃、どんなに辛いことがあっても、院長の腕に抱かれると、嘘のように不安や悲しみが消えた。

「もう大人でしょ。泣いちゃだめよ。あなたが泣いたら、私まで泣きたくなるじゃない」院長はごつごつの手で亜夕美の涙を優しく拭いながら言った。「痩せたね、顔色も悪いわ」

「……この一年、海外の食事が合わなくてね。毎日働き詰めだったの。そのせいで痩せちゃったのかな……うそうそ、冗談だよ!」

院長は亜夕美の手を取り、心配そうな顔で言った。「……つらかったねぇ」

その言葉に亜夕美は舌を強く噛み、泣くのをぐっとこらえた。泣きたいが、もう泣くまい、と。「大丈夫!つらくないよ。将臣は私にすごく優しくしてくれるし。私はみんなが羨む幸せな奥さんなんだから!」――嘘でも、そう言わなければならなかった。

「そういえば、将臣さんは来ていないの?」

「最近会社が忙しいみたい。海外支社の設立で海外に行ってて、私も顔を見てないの」

将臣のことを気に入っている院長先生に、今の現実を見せたくなかった。亜夕美はわざと拗ねたように口を尖らせた。「ふん、院長先生は私が一番可愛いんじゃなかったの?」

院長はパッと笑顔を見せ、「何言ってるの!亜夕美ちゃんが一番だよ」と言って、これ以降将臣の名前を口にしなかった。

亜夕美はそのまま介護施設で半日過ごし、帰ろうとした時、佐藤院長は亜夕美の手をつかんで訴えてきた。「もうここにいたくないよ。家に帰りたい」

――え?まさか、何か気づいた?一瞬、亜夕美は息を呑み、言葉に詰まった「なっ、急にどうして?ここは快適でしょう?寂しいなら、これからもっと頻繁に来るから」

院長は亜夕美の手を離し、ふんっと子供のようにすねて背を向けた。「もういいよ、どうせ賛成してくれるとは思ってなかったよ。まぁここも悪くないし、気にしないで。あなたは仕事に集中したらいいわ。面倒くさいおばあちゃんになりたくないからね」

亜夕美は苦笑いしながら何度も宥めて、ようやく院長先生の機嫌が直った。介護施設を出たのは、午後四時近くだった。

亜夕美が向かったのは、院長先生が「家」と呼ぶ場所。それは孤児院が取り壊されたときに、政府から補償として与えられた2LDKの小さな住宅だった。

ここで亜夕美は院長先生とかなりの時間を共に過ごした。

一年ぶりに訪れると、空気は埃っぽく、カビ臭いにおいが立ち込めていた。

窓を全開にして空気を入れ替え、スーパーで掃除用具を買いに行った。

これからは自分もここに住むつもりだし、いつか院長先生が戻ってきた時のために――ここは変わらず「家」であるように整えておきたかった。

亜夕美が家を片づけていたそのころ、辰川家の屋敷では、息が詰まるほどの冷たい沈黙に包まれていた。

成田主任の報告を聞いた将臣が、スマホを壊さんばかりの勢いで握りしめていた。

――亜夕美め、図に乗りやがって!あれほど譲歩してやったのに、まだ負けを認めようとしないのか!
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