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第 9 話

Auteur: 江上開花
「――裁判長の忌避を申請します」

「理由は?」

法廷で、スーツ姿の小夏美羽弁護士はメガネを押し上げながら、机上にある書類の一つを手に取った。「ここに、裁判長が被告側から賄賂を受け取ったという、実名告発の証拠があります。この真偽は定かではありませんが、先ほどから裁判長が私の発言を再三遮る様子を拝見しておりますと、裁判長が事件関係者と結託している疑いを抱かざるを得ません。公平な審理のため、裁判長の退席を求めます!」

法廷は一瞬にしてざわめいた。誰もこの展開を予想していなかった。

一方、この公判はメディアでもただちに報道され、市民の注目の的となった。ネットニュースのコメント欄も日に日にヒートアップした。小夏弁護士はこの展開を計算していたかのように、静観していた。

翌日、小夏弁護士が事務所で被害者遺族と面会した後、遺族を送るべくビルの外に出た時、ふいに数人の大柄な男が彼女に向って突進してきた。

背を向けていた彼女は気づく間もなく囲まれ、男たちから激しい暴行を受けた。

ビルの前では、正義感から彼女を支持する人々が横断幕を掲げており、この状況を見るや、すぐに駆け寄って男たちを取り押さえる。

通報を受け駆けつけた警察官によって、男たちはその場で拘束された。

支えられながらもなお、立ちすくんで動けない小夏弁護士に、また別の男たちが襲い掛かろうとしたその時――

「小夏弁護士、こちらへ!」

透き通るような声が響き、小夏弁護士が振り返ると、路肩に停まった黒い車の中から、信じられないほど美しい女性が手招きしていた。

――女優「森野亜夕美」だった。

小夏弁護士が車に乗り込むやいなや、車は発進し、追ってくる者たちをあっという間に引き離した。

小夏弁護士は手の甲で目尻の血をそっと拭い、隣に立つ女を値踏みするように見つめた。

その瞬間、亜夕美もまた彼女を観察するように見つめていた。

そして、視線がふとぶつかり、気まずい空気が流れる。

「知ってますよ。あなたのこと」あんな修羅場をくぐったばかりなのに、小夏弁護士はすでに冷静だった。真っ先に口を開いた彼女は、あの法廷でのような勢いは見せず、静かに言った。「あなた、有名な女優さんですよね」

人から「有名な女優」と呼ばれるのは、いつぶりだろう。

今、たとえ繁華街の真ん中に立っていたとしても、気に留める人なんて、ほとんどいない。

一瞬皮肉かと疑ったが、小夏弁護士の口調はいたって誠実だった。

「有名だなんてやめてください。今はただの、ちょっとおせっかいな一般市民よ」

二人は自然と笑い合った。

亜夕美は小夏弁護士の傷にちらりと目をやり、ハンドルを切って車を病院へと走らせた。

小夏弁護士はそれを止めなかった。

病院に着き、小夏弁護士は治療を受けた。幸いケガは軽傷だったが、腕と足には訪台が巻かれ、血に染まったスーツが痛々しかった。

亜夕美が小夏弁護士をよくよく見ていると、その顔立ちが思ったより幼いことに気づいた。おそらく彼女自身もそれを自覚しているから、服装やスタイルでうまくカバーしていたのだろう。

その後、病院の中庭で食事していると、小夏弁護士が口を開いた。「私を尋ねてきたのは何か用事があったんでしょう?」

二人とも回りくどいことが苦手な性質だ。この短い時間でお互いがそれを理解していた。

「離婚訴訟をお願いしたいの」亜夕美が単刀直入に言った。

小夏弁護士は無言でうなずき、亜夕美が話の続きを聞く姿勢を取った。

離婚手続きの内容について、亜夕美が隣で説明を加える。

亜夕美の説明が終わるころには、小夏弁護士も食事を済ませ、離婚手続きの内容も読み終えていた。

「いいでしょう。引き受けます。でも一つだけ条件があります。今後、どんなことにお相手があなたにすがってきたとしても、絶対に振り返らないと約束してください」

亜夕美は驚いた。「……てっきりやめとけっていうのかと思ったわ」

小夏弁護士は首を振った。「止めるわけないでしょう。あなたがどれだけ努力して、スターになったかは知ってます。私も孤児院出身だから分かります。でも、そのあなたが、男のためにすべてを捨てた――ここは個人的にはあまり賛成できないですが、個人の選択は尊重します。

ただ、こうなった今、あなたの覚悟がいかほどか見極める必要があります。辰川さんがどれほどの権力者かご存知でしょう。彼に逆らえば、私も干される可能性がありますからね」

亜夕美は手を差し出した。「ぜひ、お願いします」

――もう彼の元に振り返ることは、絶対に、ない。

彼女の目には、決して揺るがぬ決意があった。

手は固い握手を交わした。初対面なのに、一瞬にして親友のような、戦友のような存在になれた。

小夏弁護士はすぐに離婚手続きの内容にダメ出しを始めた。

「路加氏への流用金を取り戻したいなら、こんな穏便な内容じゃダメですね。痛い目にあわせないと、交渉のテーブルにもついてくれないわ」

「証拠はあるの?将臣氏と路加氏が不倫した証拠。あれば全部私に送ってください。将臣氏は権力者だからなかなか真っ向から立ち向かえない。路加氏を突破口にしましょう」

「婚姻期間中に、私と将臣の家に路加が住み着いてましたし、二人のラブラブな写真も山ほどあるわ。将臣が路加にお金を振り込んだ記録も持ってる」

女優という仕事柄、亜夕美は情報管理にたけており、重要な証拠は保存する習慣がついていた。

小夏弁護士に証拠を全て送り終えると、亜夕美のスマホが鳴った。

――介護施設からだった。「小夏先生、申し訳ないけど急用ができて、行かなきゃ」

「わかったわ、じゃあ私は事務所に戻るわ」小夏弁護士は淡々と答えた。

亜夕美は彼女を事務所まで送り届けた。彼女は車から下りると、振り返りもせずに足を引きずりながら去っていった。

彼女を見送りながら、亜夕美は思った。「これがかの有名な『鉄の女弁護士』――誰にでも立ち向かう本物の弁護士だ」と。

実際、すでに数人の弁護士に打診したものの、辰川将臣との離婚訴訟だと聞いた途端、皆尻込みしていた。中には「いい旦那さんなのに何が不満なんだ?」と非難する者さえいた。

――いい旦那?将臣は路加にとってはいい旦那かもしれないが、亜夕美にとっては決してそうではない。

亜夕美に対して少しでも愛情があれば、こんな時に自分が大切にしている孤児院の院長先生を、離婚の駆け引きに使ったりしなかったはずだ。
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