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第1019話

Author: 夜月 アヤメ
若子の脳裏に、またあのレストランでの出来事が浮かび上がった。

あのとき―

西也が倒れた瞬間、若子はそれを修のせいだと思い込んで、怒りにまかせて修を責め立てた。

倒れ込んだ西也はとても弱々しく見えて、あの場面だけを見れば、すべてが修のせいにしか思えなかった。

だけど―

後になって、西也は自ら若子に謝り、レストランで起きたことは、実は彼自身が仕組んだ罠だったと告げた。

そのときは怒りもしたけれど、それでも若子は西也を許した。

だが、さらに後になって、修から教えられた。

あのレストランには監視カメラが設置されていて、当時の映像がすべて記録されていた。

だからこそ、西也は先に自白して、優位に立とうとしたのだ、と。

......それでも若子は、あのとき西也を信じた。

彼が心から後悔して謝ってくれたと、そう信じたかった。

決して、修の話の通り、あらかじめ情報を掴んで、計算づくで謝ったわけじゃない、と。

だけど―

今日の出来事を思い返してしまうと、若子の胸にまた黒い疑念が生まれる。

もしかして、本当に修の言った通りだったのか?

西也はあのとき、すでにすべてを知っていて―

わざとあのタイミングで謝罪して、彼女の動揺を封じようとしたのか?

もしそうなら、彼は事前に若子のスマホを覗き見ていたことになる。

だからこそ、修が送ってきた映像を見る前に、先回りして謝罪した―

そうすれば、若子は映像を見ても、それほど動揺しなくて済むからだ。

まるで、彼女の心の動きをすべて読み切って、完璧に操っていたみたいに。

そして今回も―

西也は修が警察に通報しようとしている情報を、事前にどこかから嗅ぎつけて、それで急いで国外から戻ってきたのかもしれない。

若子がそんな考えに沈んでいると、千景が静かに声をかけた。

「君の気持ち、分かるよ」

彼は優しい声で続ける。

「何といっても、あの子は君の実の子どもだ。しかも、その父親は藤沢だろ?だから君は、もし遠藤を追い詰めすぎたら、彼が何をしでかすか分からないって、不安になってるんだ」

千景は静かに言った。

「子どもを傷つけることはしないにしても、他にどんな行動に出るか分からない―そう思うのも無理はないさ」

若子は小さくため息をついて、そっとうなずいた
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Comments (5)
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barairose88
冴島さん、やはりキーマンですね。 あの口ぶりだと、誘拐事件の真相も知ってますね。 若子にとって欲しい言葉をくれる命の恩人… 優しさと誠実さを湛えた瞳で何を語ってくれるのか… 若子は信じた西也の本性を目の当たりして、立ち直れない… 過去にまで遡り、もう本当にぐちゃぐちゃ!支離滅裂です。 でも今はあれこれ反省する前に、まず即行動!! すぐに暁ちゃんの保護を依頼、手配しなくては!! 母親である貴方が守らなくては… 西也を刺激しない適切な方法もしっかり考えて!! 修はまだ暫くは、侑子に操られているのでしょうね。 読むに堪えない侑子劇場がまだ続くと思うと憂鬱です。
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hayelow488
修は侑子を裏切らないんですね!はいはい。西也の件、侑子を疑わないようじゃあ、ダメですね。 修が侑子に骨抜きにされてから、話が一気に面白くなくなりました。 今は、ヴィンセントだけが救い。本当に若子のこと守ってくれる人になってほしいです。でも、裏の世界で生きてきたから、実は出生は御曹司でした、ってオチでもない限り、若子と結ばれるのは難しいのかなあ。切ない。
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むーちゃん
西也にアメリカに再度来てもらう様に頼んでみる。恐らく何だかんだと拒否られるだろうからそこで確信が持てるのでは。 そもそも、若子より保身優先で帰国した時点で人柄が分かると思いますが。 しかも、子供を人質にする用意周到さ。 普通その時点で冷めると思うのだけど。 事情話して西也の妹に協力してもらうのがいいかも。 子供を連れてアメリカに来て貰えばいいのでは? その後離婚の流れが良さそう。 シングルになっても若子財力あるだろうし、元々そのつもりだったのだから子供と一からやり直すのもありかも。 どんな形であれ、何時までも引っ張らないでサクサクと話が進む事に期待。
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