修は侑子の病室に戻った。 「修、おかえり」 彼はベッドのそばに腰を下ろし、侑子をじっと見つめた。何か聞きたいことがあったはずなのに、どうしても言葉が出てこなかった。 ―侑子が、そんなことをする人間だとは思いたくない。 でも、よく考えれば、今回の一件は侑子にとっても「得」になることではあった。 とはいえ、それは―彼女が本当にそんな人間だったとしたら、の話だ。 「どうしたの?修、何かあったの?」 修は口元を引きつらせるように笑った。 「......いや、なんでもない」 そう言って、彼女の手をそっと握りしめた。 「侑子......ひとつだけ、聞きたいことがあるんだ―」 「......あっ!」 突然、侑子が胸を押さえてバタリとベッドに倒れた。 「侑子っ!」 修は慌てて彼女の身体を抱き起こす。 「おい、侑子!しっかりしろ、目を覚ませ!」 「医者っ!誰か、医者を呼んでくれ!」 ― 侑子の心臓は、突如として機能不全に陥った。 医師の診断によれば、三日以内に心臓移植を行わなければ命は助からないという。 今の彼女の生命は、ただ機械によってかろうじて保たれている状態だった。 その知らせを聞いた瞬間、修は胸を鋭くえぐられるような衝撃を受けた。 ―なんで、こんなことに...... 侑子は心臓の提供を待っていた。でも、ちゃんとした看護を受けていれば、急にここまで悪化するなんて考えにくい。 一体、何があったというのか? 病院は緊急措置として、侑子の移植待機リストの順位を繰り上げた。適合する心臓が見つかれば、最優先で手術が行われる。 でも―その「適合する心臓」が、そう簡単に見つかるものではない。 もし彼女がアメリカで命を落とすことになったら......? 修は再び侑子のベッドのそばに腰を下ろし、その手をしっかりと握った。 「......頼む、侑子。絶対に、死なないでくれ」 ...... 若子はその日の授業が終わると、すぐに病院へと向かった。 彼女が向かったのは、千景の病室だった。 一緒に夕食をとり、少しお喋りをしてから― 「今日、学校で何を勉強した?」 千景がそう尋ねると、若子は全部話して聞かせた。 ちょっと専門的で難しい内容だったけれど、彼はまるで自分
「......この件は侑子とは関係ない。全部、俺自身の判断だ」 修は必死に言葉を続けようとした。 「ただ......ただ、君が本当に―」 「―藤沢修」 若子の声が、ぴしゃりと彼の言葉を遮った。 「もう一発、あんたにビンタ食らわせたくないの。だから黙って。お願いだから、もうこれ以上話さないで。 もう本当に......疲れたの。あんたと顔を合わせるたびに、疑われて、責められて。 会うたびに神経がすり減ってくの......もう限界なの」 言葉の最後は、かすれるような声だった。 そして彼女は、すっかり力を失ったように背を向けた。 「若子―!」 修は後ろから彼女を抱きしめた。 「......ごめん、本当に......俺が間違ってた」 若子は唇の端を引きつらせるようにして、苦笑した。 ―本当に、この人は...... さっきまで疑いの目で見てたくせに、今さら「ごめん」だなんて。 前もそうだった。 優しくしてきたかと思えば、次の瞬間には「離婚しよう」って突き放して。 何度も、何度もその繰り返し。 「離して、修。私たち、もう離婚してるのよ。私は他の人の『妻』で、あなたには『彼女』がいる。 今のこの状況......おかしいと思わない?」 修は目をぎゅっと閉じた。 胸を締めつけるような痛みとともに、かすれた声を絞り出す。 「......10秒でいい。10秒だけ、このままでいさせてくれ」 彼は心の中で、静かにカウントを始めた。 ―ただの10秒。それだけなのに、今の彼には、それすら手に入らない。 金でも、地位でも買えないたった10秒の「ぬくもり」。 若子はため息をつき、目を伏せた。 そして、その10秒が過ぎた。 修は、名残惜しそうに、そっと腕を解いた。 若子は振り返らずに言った。 「修―私のことを疑う暇があるなら、そばにいる人が信用できるかどうか、ちゃんと見極めたら? 本当に考えたことある?情報を流したのが、山田さんだって可能性―」 修は即座に否定した。 「それはあり得ない。絶対に、侑子じゃない。 だって、遠藤は彼女にも酷いことをしたんだ。なのに彼女が、あいつに情報を流すわけがない。 侑子だって、あいつが刑務所行くことを望んでるはずだ......分か
若子の声には、もう怒りすら残っていなかった。 疲れきったような、力の抜けた言葉が、彼女の唇から零れ落ちる。 「一つだけ、聞きたいことがあるの。ちゃんと答えて」 「何?その前に......手を離して。こんなふうに話すのは、おかしいでしょ?」 修は彼女の腕をそっと離した。 「若子......本当のことを教えてくれ―お前が、遠藤をB国に戻らせたのか?」 その問いには、怒りも、責めるような口調もなかった。 ただ、彼は知りたかっただけ。 若子は、その言葉を聞いて、ほんの少し眉をひそめた。 言っている内容はすべて理解できた。 けれど、それが何を意味するのかが、わからなかった。 ......これは、責められているの? 「......何言ってるの?『私が彼を戻らせた』?どういう意味?」 「お前は―もうあいつが何をしたか、知ってたんじゃないか。俺が動く前に、それを察して、彼を逃がしたんじゃないかって」 若子は思わず吹き出した。 「あんた、自分が何言ってるか分かってる? その動画を見て、私は初めて知ったのよ?彼がそんなことしてたなんて。その私が、彼を逃がすって? まるで、私が彼とグルになってたみたいな言い草ね」 彼の目を見た。けれど、そこには確信も怒りもなかった。ただ、静かに彼女を見ている。 ―何を信じてるの? 「......なに、それ。自分で情報が漏れた理由が分からなくて、ぐるぐる考えた挙げ句に、『私』にたどり着いたってわけ?」 若子の声には、ほんのり皮肉が混じっていた。 「で、答えはどうなんだ?若子、本当のことを言ってくれ」 修の問いに、彼女はもう返す言葉を持っていなかった。 「あんたってほんとにバカね。そんなふうに私を見るなら、もう何も話す気になれない。勝手に思えば?」 説明する気も、もうない。 信じてくれない相手に、何を言っても―意味なんてないのだから。 若子は再び背を向け、歩き出そうとした。 しかし修は、その手首を掴んで引き留めた。 「待ってくれ」 目の前に立ちふさがり、切実な声を投げかける。 「お願いだ......本当のことを聞かせて。教えてくれ、頼むから」 「離して」 若子は強く振り払おうとした。 だが、修はどうしても手を離さなかった。
「......」 「変なところ、か......」 修は記憶をたどりながら、何か引っかかる瞬間がなかったか、脳内を巡らせた。 ―そういえば。 彼は、若子に「証拠がある」と話した時のことを思い出した。 あのとき彼女は、まだ西也がB国に逃げたことを話していなかった。 動画を見せたあとで、やっと「もうアメリカにはいない」と告げた。 なぜ、最初に言わなかった? どうして、あんなにも遅れて話したのか? まるで......西也を守っているみたいだった。 まさか、本当に若子が関わっているのか? 西也に危険が迫ってると知って、彼女が助け舟を出した? 彼が何をしたかを聞いたうえで、それでも許して、逃げるよう勧めた? だから、西也はB国に戻った―? けれど、証拠映像を見せたときの、あの驚いた顔が忘れられない。 まるで、何も知らなかったかのような― 修の頭の中は、複雑に絡み合った思考でごちゃごちゃになっていく。 ―若子がやったのか?それとも...... 「修」 そのとき、侑子がそっと彼の手を握った。 「真実ってね、たいてい一番思いもしないところにあるの」 彼女は静かに、けれど確信を持って言った。 「私はね、松本さんが修のことをすごくよく分かってる人だと思うの。だったら、彼女の夫がどういう人かも、ちゃんと分かってるはずよ。 そんな彼女が、こんなタイミングで遠藤さんがB国に逃げたことを知ってたとしたら―偶然じゃない気がするの。もしかして、夫婦で何か話し合ってたんじゃない? だって、彼女は遠藤さんが何をしたのか知ってたとしても、やっぱり『妻』だし、『子どもの父親』だし、見捨てられるわけないじゃない。 旦那が逮捕されそうだと分かったら、どうにかして逃がそうとするのが、普通だと思うな」 彼女の言葉はスッと入ってくるような口調で、どこまでも理屈が通っていた。 修は心の中で、言いようのないモヤモヤを抱えたまま、黙って侑子の言葉を聞いていた。 「もういい、侑子......それ以上は言わなくていい」 「うん、分かった。でも修、私はね、修が傷つくのが怖いの。全部、修のことを思って言ってるのよ。だって私は、修を愛してるから」 松本さんも、きっとそう。彼女も『愛してる』男のために動いたのよ...
侑子は、修の「演技」をじっと見つめていた。 彼は一言も、昨夜のことには触れなかった。 あの夜、あの人は若子と一緒にいたくせに―なのに、彼女には何も言わない。 ......つまり、それを隠したいってこと。 でも、侑子にはそれを責めることができなかった。 彼と自分の間には、かろうじて保たれている「薄い膜」のような関係がある。 それを自分の手で破ってしまったら―もう、何も残らない。 少なくとも今は、修はまだ自分に「合わせてくれている」。 もしその気遣いすらなくなったら、ふたりの関係は完全に終わる。 だから、侑子は見て見ぬふりをするしかなかった。 修は侑子の顔色がよくないことに気づいて、そっと手を伸ばして額に触れた。 「どうした?具合悪い?」 「ううん、なんでもないよ......あ、そうだ」 彼女は話題を切り替えるように言った。 「遠藤さんの件、どうなったの?」 修は深くため息をついた。 「どうも事前に情報を察知してたらしくてね。もうB国に逃げたらしい」 「えっ......逃げたの?」 侑子は思わず身を乗り出した。 「じゃあ、どうするの?アメリカ側はB国まで行って捕まえるの?」 修は首を横に振った。 「それは無理だ。B国とアメリカには犯罪人引き渡しの協定がない。両国の関係もあまりよくとは言えないし、交渉して引き渡してもらうしかないけど......」 「じゃあ、B国は西也を渡してくれるの?」 侑子の問いに、修は苦笑まじりに答えた。 「可能性はほぼゼロだね。西也にはB国に強力な後ろ盾があるから、あの国があいつを簡単に差し出すことはないよ」 「そんな......じゃあ、もうどうしようもないの?他に手はないの?」 焦る侑子に、修は冷静に答える。 「今のところはない。ただ、もし奴がB国を出たら―そのときがチャンスだ」 「でも、彼が情報を知ってたのなら、絶対にB国から出ようとしないよね......」 「だろうな。だから、現状では手出しできないってわけ」 修の声には、もはや何の感情もなかった。 侑子は唇を噛んだまま、悔しさと虚しさを押し殺す。 「......なんでこんなことになっちゃったの?どうしてそんなに早く気づいたの?誰かが情報を漏らしたんじゃないの?」
どうして?いったいどうしてなの―? なんであんたは、私にこんな仕打ちをするの? 松本若子って、いったいどこがそんなにいいの? もうあの人、他の男の妻なのよ? 侑子は胸元を押さえ、ひと足ひと足、痛みをこらえるように病室へと戻っていった。 ―修......どうしてこんなにも残酷なの? 私の心を、どうしてこうも平気で踏みにじれるの? 侑子はぎゅっと目を閉じた。 世界が色を失って、目の前には黒と白しか映らない。 ......現実なんて、そんなものかもしれない。 この世に「美しいもの」なんて、最初からなかったのかも。 人と人なんて、所詮は嘘と駆け引きでできてる。 たとえそれが、誰よりも信じた人でも― ふと、あることを思い出して、侑子はポケットから小さな錠剤を取り出した。 昨日の夜、あの男がくれた薬だ。 ......本当に、飲むべきなの? もし命に関わるようなものだったら? でも、殺すつもりなら、あんなまどろっこしいことしないはず。 私のこの心臓の病は、移植しか方法がない。 でももし、あの薬が希望じゃなくて罠だったら? 信じて飲めば命を落とすかもしれないし。 飲まなければ、この体で生き続けるしかない―弱くて、不安定で、いつ死ぬか分からない体で。 愛と命、どちらを選ぶべきか。 侑子は薬を握りしめ、表情をゆがめたまま立ち尽くした。 一方、病室では。 修は何事もなかったように、若子のベッドに備え付けの小さなテーブルに朝食を並べていた。 「温かいうちに食べなよ。冷めると美味しくないから」 「......もう朝だよ。あなたがいるべきなのは、山田さんのそばでしょ?私のところで時間を無駄にしてどうするの」 「時間の使い方なんて俺の勝手だろ。無駄だと思ってないし。ほら、早く食え」 「......」 あまりにも堂々とした態度に、若子は返す言葉も見つからなかった。 ふたりは黙ったまま、朝食を食べ終えた。 修は手際よく食器を片づけ、テーブルを元の位置に戻した。 「じゃあ、ちょっと侑子の様子見てくる。お前は休んでて」 そう言い残して、修は病室を出て行った。 「......」 ―なにこれ。 ...... 修はまだ昨日のままの服を着ていたので、近くのホテル
その場所に着いたとき、ちょうど修が病室から出てくるのが見えた。 侑子はとっさに身を隠す。 修はそのまま前へと歩いていった。 声をかけようとしたけれど、ふと何かを思い出して、彼女はそのままこっそり後を追った。 修は病院を出て、近くの朝食屋へ向かった。 ―朝ごはん?......誰のため? 私の......かな? ほんのわずかな期待が、侑子の胸に灯る。 昨夜は松本さんに付き添ってたけど、だからこそ今朝は罪悪感があるはず。それで朝ごはんを―私のために買ってきてくれるかも? 彼女は修が二人分の朝食を注文するのを見た。容器は二つ。手際よく包まれたそれを手に、修は再び病院へ向かって歩き出す。 その姿を見て、侑子はまた身を潜めた。 気づかれないように、修の背を追いかける。 ―そして、見てしまった。 修がその朝食を持って、再び若子の病室へと入っていくのを。 その瞬間― 侑子の世界は音を立てて崩れ落ちた。 朝食まで一緒に食べるつもりなの? 昨夜ずっと付き添ってたじゃない。なのに今朝も? 修......私の存在、どう思ってるの? 私はあんたの「彼女」のはずでしょ? それなのに、あの人―あの「前妻」と一緒にいるなんて、どういうこと? 侑子はぎゅっと歯を食いしばると、ポケットからスマホを取り出した。 ―病室では。 若子が再び戻ってきた修の姿を見て、眉をひそめた。 「もう帰ったと思ってたけど?」 「朝ごはん買ってきた」 そう言って修は袋を差し出す。 「とにかく食べなよ」 若子は中身を見て、ちょっと戸惑う。 「......二人分?」 修はあっさりと「うん」と頷いた。 「そう、一緒に食べよう」 あまりにも当然のような口ぶりに、若子は心の中でさらに混乱した。 ―この人、本当に今の関係を分かってるの? もう私たちは...... なのに、平然と二人分の朝食を買ってきて、一緒に食べようとするなんて。 「......ベッドで食べる?それとも―」 修の言葉がまだ終わらないうちに、スマホの着信音が鳴り響いた。 画面をちらりと確認すると、彼の眉が少しだけ寄った。 だが、すぐに通話には出ず、若子に向かって口を開いた。 「若子、ちょっと電話出るから。朝ごはんは
「......あんた、本当に......私に新しい心臓を用意できるの?」 侑子の声は震えていた。 ノラは肩をすくめながら、落ち着いた声で返した。 「どうしてできないと思うのですか?君が信じなくても構いません。 ただ―一度逃したチャンスは、二度と戻らないのです」 ノラは手の中のカプセルを指して言った。 「この薬、君に預けておきます。飲みたいと思ったときに飲んでください。 でも、飲む気がなければ、捨ててしまってもかまいません。 ただし、それはチャンスを捨てることでもありますがね」 ノラはそう言って、侑子の手を放した。 「もう遅い時間です。休んでください」 侑子は手のひらにあるカプセルをじっと見つめ、冷たい声で答えた。 「......今この状況で、眠れるわけないでしょ」 修が若子のそばにいる―その事実が胸を締めつける。 眠れないどころか、全身が怒りと嫉妬でいっぱいだった。 そのとき― ふいに目の前に銀色の懐中時計が揺れながら現れた。 ノラの低くて柔らかな声が耳元に響く。 「―眠ってください」 懐中時計が左右に揺れるたび、視界がどんどんぼやけていく。 数秒後、侑子の身体がベッドに崩れ落ちた。 ノラは冷ややかな表情のまま、時計を懐にしまい込み、そっと彼女に布団をかけた。 「おやすみなさい、山田さん」 そして小さく笑いながら、部屋を出ていった。 その口元には、どこまでも邪悪な笑みが浮かんでいた。 ―桜井雅子の身体に、松本若子の顔。 これは、面白くなってきた。 ノラはドアの向こうに姿を消しながら、独りごちた。 「僕のゲームに新しい駒が増えた......ヴィンセント、君もその一人さ。これは、実に愉快ですね」 ...... 朝の柔らかな光が、静かに病室を照らしていた。 若子はゆっくりとまぶたを開き、窓から差し込む陽射しに、思わず目を細めた。 手をかざして光を遮る。 ―その瞬間、ふとあることを思い出して、顔を横に向けた。 ソファには男がひとり、眠っていた。 お腹の上に雑誌を一冊、ただそれだけ。 ぐっすり眠っていて、まだ目を覚ましていない。 若子は口を開きかけたけれど、その寝顔を見て、声をかけるのをやめた。 彼女はそっと体の向きを変え、眠
―でも、今になって冷静に考えると、 あのとき本当に若子に詰め寄っていたら、修にすぐ気づかれていただろう。 「......まずは、自分の病室に戻りましょう。そこで教えてあげます」 ノラは手を差し伸べた。 侑子は力なくその手を取ると、よろよろと病室に戻り、ベッドに腰を下ろしてわんわん泣き始めた。 「修は、私を騙したんだ......どうして......どうしてこんなことするの......?」 胸を押さえ、呼吸さえままならなくなる。 ノラは口元に冷たい笑みを浮かべたあと、わざと真面目な顔で言った。 「その体で、松本さんに勝てると思いますか?」 侑子は涙を拭いながら、震える声で言い返した。 「私だって好きでこんな体になったわけじゃない!どうしようもなかったんだもん......」 ノラは意味ありげに眉を上げた。 「もし、どうにかできるとしたら?」 侑子はハッとして彼を見た。 「......どういう意味?あんた、何かできるの?」 彼女は必死にノラの腕をつかんだ。 「あんた、私を助けてくれるの?ねぇ、お願い、修を失いたくないの......私、もう修を、どうしようもないくらい好きになっちゃったんだよ。今、修を失えって言われたら、私......私きっと死んじゃう......」 感情があふれ出し、侑子は胸を押さえながら苦しげに息をついた。 ノラはそんな彼女を冷静に見つめ、指先で彼女の心臓のあたりを軽く叩いた。 「―君の最大の武器は、ここにあります」 「......え?」 侑子は涙に濡れた目を丸くした。 「武器って......もしかして、心臓のこと?心臓病を利用しろって言うの?」 必死に首を振る。 「そんなのダメだよ......!私、こんな体で修に縋ったら、もし......もし本当に死んじゃったら......そしたら若子に全部持ってかれるだけじゃない......私、本当は......元気になりたい。元気になって、修のそばにいたい......」 ノラはにやりと笑った。 「もし、元気になれるとしたら?」 彼は侑子の顎を指先で軽く持ち上げながら、ささやいた。 「もし君に合う心臓を見つけて、アメリカで移植手術を受けさせてあげると言ったら―どうしますか?」 「......本当に、そんな