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第1072話

Author: 夜月 アヤメ
「もういいわ。行くね」

若子はぽつりとそう言って、背を向けようとした。

「俺、今日これから手術なんだ。明日の夜、一緒にご飯......食べてくれないか?」

修の言葉に、若子は足を止める。

「何のつもり?アメリカで最後に一緒に食事したときのこと、忘れたわけじゃないでしょ。今は、もう侑子がいるんだから」

「......もし、俺が手術で死んだら?」

その目に宿ったのは、重く苦しい決意。

「手術ってのはリスクがある。もし本当に命を落としたら、もう二度と会えなくなる......だから、最後の晩餐だと思ってさ。お願い」

若子はしばらく沈黙していた。そして―

「......分かった。行くよ」

修の顔が、ぱっと明るくなった。

彼はそっと暁の額に手を伸ばして触れた。

若子は避けようかと思ったけど、その優しい目を見て、黙ってその場に立ち尽くした。

「可愛いな、この子」

修は、じっと子どもを見つめていた。

そのとき、若子の視線がふと横に向く。少し離れた場所に、侑子がこちらを見て立っていた。

修と侑子の今の関係を思えば、たとえ「この子はあなたの子よ」と伝えたとして―いったい何になるというのだろう。

「修。私ね、西也とはもう話をつけた。今回戻ってきて、ちゃんと向き合って、離婚するって決めた」

修は驚いたように顔を上げた。

「本当に?」

若子は小さくうなずいた。

修が何か言いかけた、その瞬間―若子が先に口を開いた。

「でも、離婚したからって、別に何かが変わるわけじゃない。私はこの子と一緒に、自分の人生をちゃんと生きていくつもり。あなたと山田さんが一緒におばあさんの面倒を見てあげて。私も、時間ができたら会いに来るから」

修はふうっと小さく息をついて、うなずいた。

「分かった......じゃあ、明日の食事の店、予約しておくよ。暁も一緒に来てくれたら嬉しい」

「......それなら、山田さんも連れてきなさいよ。どうせまた変な誤解されたら面倒でしょ」

「......うん、そうだな」

修は小さくうなずいた。

若子が暁を抱いてその場を離れていく。

修はその背中を、ただ黙って見送った。長い間、その場から動けずにいた。

そんな彼の背後から、そっと腕が回される。

「修......おばあさん、孫が欲しいって言ってたわ。私、叶えてあげられるかな?」

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