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第4話

Author: ひとひら秋
拓真はワイングラスを掲げ、涙ぐんだ目でしみじみと言った。

「沙羅、覚えてる?あの頃、僕たちはお金がなくて、ご飯にも困るくらいだった。僕はバイトに出ても騙されたりして、でも沙羅が毎日二時間かけて家庭教師の仕事に通って、あの苦しい日々を支えてくれた」

「沙羅、君と一緒だったからこそ、僕はここまで来られたんだ。本当にありがとう。

これからは、僕たちふたりにもっとたくさんの幸せが待ってるはずさ」

そう言い終えると、拓真はワイングラスの中身を一気に飲み干した。

沙羅もグラスを揺らし、静かにワインを一口飲んだ。

あのときは、沙羅の人生で一番苦しくて、一番幸せな時間だった。

お金はなくても、心は澄んでいた。愛は互いに寄り添うその瞬間に、限りなく広がっていった。それが沙羅の心の奥底に深く刻まれている。

けれど今、その愛は根こそぎ抜き取られ、傷跡だけが残っていた。

沙羅は胸の奥で苦笑いした。——でもね、拓真、私たちに「これから」なんてもうないのよ。

「昔の話はもういいじゃない。あんまり言うと感傷的になっちゃうし」

拓真は、沙羅が昔のつらいときを思い出して落ち込んでいるのかと勘違いし、急いで話題を変えた。

「そうだね、もうやめよう。さあ、食べよう食べよう」

今日はなんだか沙羅の様子が少し沈んでいるように感じて、拓真は一生懸命に沙羅の皿に料理を取り分けた。

沙羅は少しだけ口をつけると、箸を置いた。

「どうしたの?あまり美味しくなかった?」

拓真はいつものように気遣いを見せる。

「人って、同じものばかり食べてたら飽きると思わない?」

拓真は眉をひそめる。「もしかして、料理が合わなかった?他の店に行こうか?」

「いいの。飽きたからってすぐに変えたら、なんだか薄情じゃない?」

拓真は、今日一日沙羅がどこかよそよそしいことに気づいていた。

まるで全身がトゲだらけになったみたいで、時々そのトゲが自分に刺さるような気がする。

でも、何がどう変わったのかはうまく言葉にできなかった。

彼が沙羅の気分を確かめようとしたとき、またスマホが鳴りはじめた。

とっさに切ったが、何度も何度も着信が続く。

今度は電話じゃなくて、連続したLINEメッセージだった。

沙羅は向かい側から、ちらりとその画面を目にした。

はっきりは見えなかったが、どうやら女の子の写真が映っているようだった。

拓真は画面を見つめ、メッセージを次々と開いては、頬を赤らめていた。

沙羅は静かに尋ねた。「誰から?こんな時間にいっぱいメッセージなんて」

拓真はあわてて画面を消し、何でもない風を装った。「いや、次の新車の写真だよ。技術部がチェックしてほしいって」

少し間を置いて、こう続けた。「ちょっと工場を見てこなきゃならないんだ。データにトラブルがあったみたいで。食事が終わったら、先に帰っててくれる?あとで僕も帰るから」

拓真は沙羅には代行を手配し、自分はタクシーで店をあとにした。

運転手は嬉しそうにハンドルを撫でながら話しかけてきた。

「いやあ、この車、すごくいいですね。旦那さん、奥さんにほんとによくしてますね。僕もいつかお金貯めて、妻にこんな車を買ってあげたいです」

深い愛情は、拓真にとって単なるキャラクター設定であり、同時にビジネス戦略でもあった。

よくできた広告だ。誰もがこの車を「真実の愛」の象徴だと思い込んでいる。

沙羅は窓の外を見つめ、冷ややかに言った。

「前の車、見える?ついていって」

運転手は首をかしげる。「旦那さんからは家まで送るようにって言われてますけど……」

「違うわ、不倫現場までお願い」

運転手は訳が分からず、あわてて口をつぐんだ。

拓真は会社のビルに到着し、足早に建物へ入っていった。

ビルの窓にほのかな明かりが見え、沙羅には誰かがそこで待っているのがすぐに分かった。

沙羅もそのあとをつけて行った。

オフィスの前に着くと、中から男女のいちゃつく声が聞こえてきた。

「さすがだなあ、ほんと柔らかくてたまらないよ」

「好きならもっとキスして。私、キスされるのが一番好きなの」

「ああ……やっぱり君の方が僕をその気にさせる。なんでこんなに魅力的なんだ?」

「私って、あなたの奥さんより面白いでしょ?ねえ……」

「理々、君はまさに小悪魔だよ。君のせいでどうにかなりそう。でも、彼女のことだけは口にしないでほしい。誰とも比べられる存在じゃないから」

拓真はさらに激しくなり、理々の体もとろけていく。

……

中からはいやらしい言葉や男女の体がぶつかる音が絶え間なく聞こえてきて、沙羅はまるで海の底に沈められたように息苦しさを感じた。

動画で二人の関係を見ていた時とは比べ物にならない衝撃が、耳から全身に突き刺さってくる。

沙羅の心は、完全に終わってしまった。

まさか、自分の誕生日に、拓真が理々と密会するなんて。

愛なんて、ただの幻想だった。

風が吹けば、すぐに消えてしまう泡のようなもの。

十年分の思い出が次々と脳裏をよぎる。

まるで夢みたいに、はかない幻のようだった。

拓真が本当に自分を愛していたのかどうか、今となってはもう分からない。

けれど、もうそんなことはどうでもよかった。

これからの人生は、自分で歩いていかなきゃいけない——沙羅はそう静かに心に決めた。
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