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第7話

Auteur: ひとひら秋
沙羅が家に着くと、拓真は玄関先で何度も念を押した。

「沙羅、家でちゃんと休むんだよ。体調を整えて、元気な子どもを産んでくれ」

その嬉しそうな顔を見ながら、沙羅はただ静かにうなずいた。

けれど一瞬だけ、彼が子どもについて本当はどう思っているのか、確かめたくなった。

「拓真、もし本当に私に子どもができたら、ちゃんと愛してくれる?」

拓真は沙羅の頬に手を添えて、優しく微笑む。

「もちろんさ。僕は絶対にその子を世界で一番幸せにするよ。

じゃあ、いい子にして家で待ってて」

沙羅は彼の腕をそっとつかみ、心の中で「あなたの子どもを授かった」と打ち明けたくなった。

何度も、こんなふうに伝える場面を想像してきた。

拓真が大喜びして沙羅を高く抱き上げ、声を上げて「パパになるんだ」とはしゃいでくれる——そんな光景を。

でも、現実には彼は別の女性にも子どもを授けていた。

沙羅の手は、力なく下ろされた。

拓真が出ていくと、沙羅はぐったりと眠りに落ちた。

翌朝目覚めると、スマホには新しいメッセージが届いていた。

理々から写真が何枚か送られてきた。

画面を開くと、妊娠検査薬と診断書の写真が映っていた。

【沙羅さん、私、妊娠しちゃった。拓真さんが「沙羅は子どもを産めないから、僕の家を継ぐ後継ぎが必要だ」って言ってた。だから私の子どもは将来、全部の財産を相続するんだって】

【私もうお腹に赤ちゃんいるのに、拓真さんったら昨日も私を離してくれなかったの。もうお腹が痛くなるくらい。沙羅さんは家でのんびりお昼寝できていいね】

沙羅はメッセージ画面を閉じ、タクシーで病院へ向かった。

冷たい手術室の中、沙羅は震えながらベッドに横たわった。

最後にお腹をそっとなでて、涙が静かにこぼれ落ちる。

赤ちゃん、ごめんね。ママは君をこの世界に迎えてあげられない。

ほんの数分で、小さな命は母体から離れ、ごみ箱の中の廃棄物になった。

沙羅は震える声で医師に尋ねる。

「……私の赤ちゃん、見せてもらえますか?」

医師は面倒そうな顔で答えた。

「アレしているときは、そんなこと考えなかったくせに、今さら母親面ですか?」

医師の冷たい態度にも構わず、沙羅はごみ箱のそばにひざまずき、小さな塊を両手で拾い上げた。

ティッシュで包み、大事そうに持ち帰った。

病院を出ると、空は明るく晴れていたのに、沙羅には骨の芯まで冷たさが染みた。

スマホには、理々からのメッセージが途切れることなく届いている。

今度は高級マンションの写真だった。

【拓真さんが、赤ちゃんが生まれたら一番いい暮らしをさせたいって。だから一緒に新しい家を見に来てくれたの。ここの別荘は二十億もするんだって、素敵でしょ?】

沙羅はその足で弁護士事務所へ向かい、離婚について相談した。

「本当に何もいらないんですか?拓真さんの資産は相当なものです。これではもったいないですよ」

「はい、何も要りません。どうか早く書類を作ってください」

しばらくして、離婚届は出来上がった。

沙羅は家に戻り、離婚届と赤ちゃんを包んだティッシュを一緒にギフトボックスに入れた。

その箱をそっと元の場所に戻し、口元にかすかな笑みを浮かべる。

拓真、これが私からの誕生日プレゼントよ。気に入ってくれたらいいけど。

理々からのメッセージは、まだ止まらなかった。

【拓真さんが、私のために京市で一番高級な産後ケア施設を予約してくれたの。ここはお客さんも超一流ばかりで、ひと月二千万もするんだって。私の赤ちゃんを世界一幸せにしたいって言ってくれてる】

結局、誰があなたの子どもを授かっても、同じなのね。

沙羅は虚しさに包まれながら、部屋の中をぐるりと見回した。

この家は、沙羅が何年もかけて心を込めて作り上げてきた場所だった。部屋の隅々に、自分と拓真の思い出が染みついている。

このマンションは、拓真が初めて大金を稼いだときに買ったものだ。

ここで二人は恋をして、結婚し、「ずっと一緒にいよう」と誓い合った。

部屋の一つひとつの調度品も、沙羅が選び抜いたものだった。

拓真の財産が何倍にも増えても、なぜか新しい家に引っ越すことはなかった。

でも、家も古くなれば、人も変わる。

沙羅も、もうここを去るべき時が来たのだと静かに思った。

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