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第12話

Auteur: 穂守巫
優太の背中が玄関の向こうに消えると、真希は知世に対する苛立ちが一気にこみ上げてきた。

その女が永遠に消え失せればいいのに、と歯ぎしりしそうな思いで足を踏み鳴らし、部屋へ引き返した。もどかしさに抗えず、美沙に電話をかけた。

「ほんっとウザい!優太ったら、まだ彼女に未練があるみたいなのよ!あの時は、もっと自分が傷つくくらいの覚悟で、優太にあの女をもっと何発もビンタさせてやればよかったんだわ!

……もう出て行った?そりゃちょうどいいわ。優太が彼女を見つけられないなら、素直に私のところに戻ってくるってことだから。

でもさ、美沙の考えた作戦は本当に最高だったわね。ウェディングドレスを切るなんて、私も思いつかなかった。あんなに綺麗なドレスだったから、ちょっともったいなかったけど……

優太が言ってたの、またトップクラスのデザイナーにドレスを作らせるって。その時は美沙のブライズメイドドレスも別にオーダーするからね」

ドア一枚隔てた廊下で、車のキーを取りに戻った優太が、真希の得意げな口調を聞き、ドアノブに掛けた手が固まった。

「はははっ、結婚式前には、二宮知世をわざわざブライズメイドに招待して、目の前でイライラさせてやろうかとも思ってたんだけど、残念ながら彼女はもういないのよね。でも、考えてみてよ?あの女が、あのクソ障害者と一生一緒にいるなんて、笑っちゃうわ。

優太はもちろん私の味方よ!あの時、優太が彼女を殴ったの、見てたでしょ?あれ、すっきりしたわ!『愛されない孤児』って言ったら、彼女、キレて私を叩いたんだから。反撃しなかったの損したわ。次に会ったら、泣きながら土下座させてやるんだからね」

真希が次々と繰り出す女友達への悪口の数々は、鋭い刃となって、優太の胸深く突き刺さった。

出て行った?ドレスを切った?障害者と?

一体どういうことだ?

ふと、あの日目にした光景が蘇る。考えれば考えるほど、不自然に思えてきた。長年知世と共に過ごした優太は知っている。彼女が自分の仕事をどれほど愛しているか。キャリアを棒に振るような、自らウェディングドレスを切って人前で恥をかかせるような真似をするはずがない、と。

そして、彼が見たのは、知世が真希を殴る場面だけだった。事の経緯を確かめようとはしなかったのだ。

もし彼女が冤罪だったなら……そして自分は、ろくに確かめもせず彼女を殴
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