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第1524話

Author: 心温まるお言葉
レースのカーテンが揺れ、月明かりが静かに部屋に差し込む。その景色を見つめながら、和泉夕子は無意識に唾を飲み込んだ。そして、どれだけ戸惑っていても、なんとか声を出した。

「冷司、大野さんのボディガードの南から聞いたんだけど、大野さんは望遠鏡で私たちを観察するのが好きみたい。だから、ここで変なことはしないでね」

いつも感情を表に出さない霜村冷司が、ほんのわずかに眉を動かした。向かいの別荘を冷ややかに見やってから、まるで何もなかったかのようにリモコンを手に取り、部屋の明かりを消した。

「大丈夫、これで見えないから」

「でも......」

言葉も終わらないうちに、椅子の肘掛けに両手を置いた男は、既に腰をかがめ、彼女の唇を口に含んだ。そして狼のように舌先で彼女の息を奪い、彼女が言おうとした言葉すらをも飲み込んだ。

和泉夕子は最初こそ抵抗していたが、霜村冷司が片膝をついた瞬間、全身が震えて何も言えなくなった。ただ爪で椅子の背もたれを必死に引っ掻くしかなかった......

以前、霜村冷司がするときは、ほとんど彼自身の力任せだった。しかし今夜はなぜか、道具を使うなんて。しかも、その道具たちを、和泉夕子は一つも見たことがなかった......

彼女は霜村冷司に道具は使わないでと叫んだ。しかし、男は聞かず、彼女の耳元で囁きながら、魅惑的な声でそそのかす。「夕子、我慢しなくていい。声を出し立っていいんだ」

それでも和泉夕子が声を出せるはずもなく、唇を噛み締めて我慢していた。霜村冷司は彼女がそんな様子なのを見て、道具と自分の体を使いさらに力を込めた。「夕子、私はお前の声を聞くのが好きなんだ......」

寝室の防音効果が良く、レースカーテンが床から天井まである窓を覆っているのがまだ救いだった。そうでなければ、うめき声を抑えられない和泉夕子は、今にも恥ずかしさのあまり舌を噛み切っていただろう......

さらにどうしようもないのが、動けないことだった。だから、霜村冷司の「いじわる」に身を任せるしかなかった。それも、一度だけではなく、二度、三度と......

疲れ果てた和泉夕子は、振り返って、固く閉ざされたドアを見た。今、霜村冬夜がドアをノックして、弱々しい声で「お母さん、お腹が痛いよ。病院に連れていってくれない?」と言ってくれることをどんなに願ったことか。

しかし残念
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