一ヶ月が過ぎ、大きな問題も起きずに日々が流れていった。海咲の妊婦健診の日も、ついにやって来た。朝食を終えると、海咲は星月に声をかけ、二階に行って入院準備の荷物をまとめるよう指示した。病院で州平を待つつもりだった。大きなお腹を抱えての移動は簡単ではなく、海咲はソファに座ったまま、スマホを使って星月に何を持ってくるべきか一つ一つ教えていった。州平は最近、仕事が忙しくて付き添う余裕もなかった。海咲はそのことを理解しており、自分ひとりで病院へ向かう決意をした。三十分ほどして、星月がリュックを抱えて元気よく階段を駆け下りてきた。「ママ、僕もう大きくなったよね?ママのお手伝いできたもん!」海咲
日々が過ぎていく中で、秋年ももう会社を放ってはおけなくなっていた。だが、亜は彼以外の誰にも近づこうとしなかった。仕方なく、秋年は彼女を会社に連れて行くことにした。亜が他人に干渉されず、刺激を受けないようにと、秋年は自分のオフィスに子供用の設備を整え、アシスタント以外の全社員に「オフィス立ち入り禁止」の通知を出した。朝、秋年が亜を連れて会社に入った途端、彼女を見た社員がすぐに反応した。亜の無邪気で幼い様子に、社員たちはざわざわと囁き合い、様々な噂話が飛び交った。声は小さかったため、秋年の耳には入らなかったが、その場にいた裕貴にははっきりと聞こえた。ようやく尾崎家の祖父を説得して川井グ
州平は苦笑いを浮かべた。海咲の突拍子もない思考回路についていけず、少し困惑していた。彼は海咲の頬を両手で包み、そっとキスを落とした。「そんなことないよ。ほら、俺たちみたいに、本当に愛し合ってる人はちゃんと一緒にいられるじゃないか?」「私は亜のことを言ってるのよ」海咲はあくまで親友のことが気がかりで、自分たちの話には踏み込もうとしなかった。州平は彼女の視線を促してみせた。そこには、亜が秋年の上にまたがり、まるで馬にでも乗るようにして遊んでいる姿があった。「信じていい。すべては最善の形で運ばれているんだ。どれだけ理不尽に見えても、結局はそうなるようになってる」州平は、尾崎家がどれだけ
話が終わる前に、秋年の鋭い視線が飛んできて、アシスタントは素直に口を閉ざした。秋年はもう裏の手段を使いたくなかった。彼は、亜が自分の意思で、自分のそばにいたいと望んでくれることを望んでいた。医師に注意点をいくつか確認した後、彼は自ら小さなケーキを買って戻ってきた。病室に入ると、海咲が亜に食事をさせようとしていた。しかし、亜は頑なに拒み、海咲は根気よく説得していた。秋年は近づいていき、亜の目の前の食事を片付けて、かわりに小さなケーキをテーブルの上に置いた。その瞬間、亜は目を輝かせて手を叩きながら叫んだ。「ケーキだー!ケーキ食べるー!」秋年は心の中で喜びながらも、あえて驚いたような顔
「亜、俺を怖がらせないでくれ……」秋年はそっと近づき、彼女の手を握ろうとしたが、怖がらせてしまうかもしれないと思い、すぐに引っ込めた。亜はへらへらと笑いながら言った。「わたし、亜じゃないよ。わたしは妹」そう言ってベッドから降りてソファに向かい、テーブルの上のコップを手に取って水を飲もうとした。そのコップがいつのもので、誰が飲んだのかもわからず、秋年は慌ててそれを取り上げた。亜はぼんやりと彼を見つめ、その目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。秋年は新しい紙コップを取り出してそっと彼女に渡し、小さな声でなだめた。「これあげる。水が飲みたかったんだろ?俺が注いであげるよ、いいか?」「お
「秋年、あんたは最低よ。あの子は……あんたの妹なのよ!」このタイミングで、真波は亜の身分を口にした。秋年は彼女を嘲笑うように見つめ、何か言おうとしたその時、アシスタントから電話がかかってきた。彼はアシスタントを病院に待機させており、亜が目を覚ましたり何かあった場合はすぐに連絡を入れるように指示していた。亜に関わることなら、秋年は一切の油断を許さなかった。すぐに電話に出た。「どうした」「尾崎家の人が来ました。尾崎夫人が直々に来て、婚約を解消すると言っています。それと、亜がまだ意識を取り戻していないことを考慮して、損害賠償は求めないとのことですが……」アシスタントは言葉を濁した。秋