清はため息をつきながら彼女を見て、立ち上がって梨花を座らせた。「そんな言い方しなくていいよ。おじさんがそう言ったんなら、俺が行くよ」梨花の父親はまだ彼を認めていなかったが、清の中ではすでに彼を義父のように思っていた。義父というのは、もう半分父親みたいなものだ。だから、行かない理由なんてなかった。清は昼に土屋グループに向かうつもりだった。梨花は心配で一緒に行きたがったが、彼は断った。会社に残るようにと言った。しばらく押し問答の末、ようやく梨花も納得した。土屋グループ。目の前にそびえ立つ高層ビルを見上げながら車を降りた清は、思いのほか緊張していた。これまでに見てきた会社や社長の
妊娠のことについては、二人の間で一旦秘密にすることに決めた。少なくとも、今はまだ土屋家の両親には話さない。特に梨花は母親に知られるのを恐れていた。彼女がもし知れば、会社まで乗り込んでくる可能性だってある。だが、最近の梨花は家にほとんど戻らず、あの藤屋家のパーティーでも早々に姿を消した。それに梨花の母は焦りを覚え、梨花の父と相談して梨花を家に呼び戻すことにした。土屋家のリビングルーム——梨花の父は眼鏡をかけ、ソファに座って新聞を読んでいるようで、実は目線を玄関の方へちらちらと送っている。指先で新聞の角をリズムよく叩きながら、まるで誰かの帰りを待っているようだった。「ねえ、今回は前みたい
梨花はショックのあまり、しばらく呆然としていた。この知らせはあまりにも突然すぎた。やがて医師は二人に葉酸の処方箋を渡し、診察は終わった。車に戻るまで、二人はほとんど言葉を交わさなかった。車に乗り込んでしばらくしてから、ようやく清が彼女を見た。「君……」「私だって知らなかったの。生理が一ヶ月来なかったけど、もともと周期がバラバラだから、そんなに気にしてなかったのよ!」梨花は彼が口を開く前に、慌てたように早口でまくし立てた。彼女自身、まだどうしたらいいのか分からなかった。両親はまだ清との交際を認めていない。ついこの前だって孝典との縁談を持ちかけられたばかり。もしこの妊娠のことがバレ
梨花は彼の腕の中でぬくもりを感じながら、鼻をすすってぽつりと呟いた。「そんな簡単にいくわけないって、私は知ってる。いつもあなたって、何でも軽く言うんだから」清は何も言わず、ただ彼女のこめかみに触れるように優しく髪を撫でた。言葉なんて、いらなかった。彼らの間には、それ以上に深いものがある。梨花は彼の胸元でしばらく甘えていた。その様子に気づいた清も、彼女が落ち着くまで何も言わず、ただそっと寄り添っていた。やがて気持ちが少し和らいだ頃、ようやく二人は車に乗り込んだ。道中、梨花は孝典との一件を全て話した。孝典が裏で糸を引いていたと知っても、清はまるで驚かなかった。その顔には、静かな怒りだ
梨花が孝典と視線を交わした瞬間、男の瞳に浮かぶ笑みに、彼女の胸は不穏に沈んだ。この人が何を考えているのか、もうわからない。だが、母親の意図だけは火を見るより明らかだった——二人をくっつけたい、それだけだ。「久しぶりなんだから、きっと話したいことが山ほどあるでしょう?」そう言って、梨花の母は藤屋夫人の腕を取り、二人きりにさせるようにその場を離れた。周囲に誰もいなくなり、その場にはただ彼と彼女だけが残った。梨花は遠慮なく切り込んだ。「あなたの目的は何?」孝典の目が静かに細まる。さっきまでの柔らかい表情は消え、代わりに圧を纏った視線が彼女を射抜く。「目的なんて、見ればわかるだろ?子
「じゃあ、もう行くから」そう言って背を向けた瞬間、ずっと黙っていた父親がついに口を開いた。その声は重く威圧感に満ちていた。「どこにも行かせない」「今夜は藤屋家の宴がある。留学から帰国した息子――孝典の歓迎パーティーだ。お前の幼なじみでもあるし、顔ぐらい見せてこい」拒否の余地など一切なかった。梨花は、ずっと堪えていた感情がついに爆発した。「行かない!」父の目が一瞬で鋭さを増し、場の空気が一変した。彼はふだん滅多に口を出さないが、一度口を開けば絶対に逆らうなという威圧がある。梨花の反抗は、彼の許容範囲を超えていた。それでも今怒りをぶつけないのは、彼女が実の娘だからだった。「梨