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第48話

Author: 楽しくお金を稼ごう
天音はすでに監視映像を元通りに戻し、振り返って蓮司を見つめた。

車も使わず、携帯の電源も切っていたにもかかわらず、蓮司がこんなに早くここに現れたのは、どういうことなのか。

たとえ病院の警備員が蓮司に連絡したとしても、この速さは不自然だった。

もしかしたら、体に何か追跡装置でも仕込まれているのかもしれない。

天音はかつて隊長と話したことを思い出した。現代の技術では、数ミリのチップを皮下に埋め込むことが可能で、ペースメーカーのように生活に支障はなく、本人も気づきにくいという。

あのとき、隊長は「実際、そういう非人道的な実験を行っている機関もある」と言っていた。

そう思うと、天音は思わず全身が凍てついた。

「体調が悪かったから、美咲先生に診てもらいに来ただけよ」天音はゆっくりと椅子から立ち上がるが、顔色は青ざめていた。

蓮司は近づいて支えようとした。「俺も付き添うよ」

そのとき、蓮司の携帯が鳴った。

彼は画面をちらりと見て、無表情に言った。「先に行ってて。会社からの連絡だ」

天音は淡々とうなずき、その場を離れた。

蓮司は通話を切り、廊下を回って産婦人科医のオフィスへ向かった。

彼が現れると、医師はすぐに席を外した。

恵里は蓮司の姿を見るなり、泣きそうな顔で彼の手を取った。

「蓮司……天音さんが彩花ちゃんの養子縁組を断ったって聞いて、気持ちが抑えられなくて……お腹が痛くなっちゃったの。

こんな時に迷惑をかけるつもりじゃなかったけど、父も母もまだ来てないし、頼れる人が誰もいなくて……つい、あなたに電話しちゃったの。

ごめんね、蓮司……」

恵里は引き際をわきまえていた。その控えめな態度が、蓮司の心に響いた。

温かな大きな手が恵里のお腹にそっと添えられ、蓮司は優しくさすった。「もう痛みは治まったか?」

恵里は頬を赤らめ、小さな声で「うん、もう大丈夫」と答えた。

甘い余韻のあと、彼女は再び沈んだ表情になった。

「彩花が正式に風間家の娘になれないなら、私のお腹の子なんて、もっと望みがないよ……私、この子を産まないわ。

それに、彩花にも施設でつらい思いをさせたくない。

彩花を連れて、私……」

恵里は名残惜しそうに唇を噛んだ。

「あなたに迷惑はかけない。彩花と一緒に白樫市を出て、誰も私たちを知らない場所で暮らすわ。どんな田舎でもいいの。
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