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第2話

Author: 蒼井なぎさ
胸の奥が一瞬ざわついた。

彼がどこまで聞いていたのかは分からない。

けれど、もう出ていくと決めたのなら——

十五年もの間、この家に置いてもらった恩に対して、一言くらいは言うべきなのかもしれない。

私は画面を閉じ、表情を整えて口を開いた。

「私……」

言いかけたその時、リビングで彼のスマホが鳴った。

彼は「悪い」とだけ言って、電話に出るため部屋を出て行った。

中途半端に止まった私の言葉も、もう必要なかった。

そのまま彼はコートを手に、足早に家を出て行った。

私はスマホを取り出し、航空券を予約する。

そのあと、叔母に結婚の報告とお別れの連絡を送った。

まさか、叔母がそのまま家に飛んできてくれるとは思わなかった。

玄関を開けるなり、彼女は力いっぱい私を抱きしめた。

「紗月!結婚するって、なんで三日前になってやっと知らせるの?凌翔からも何も聞いてないし!」

叔母は仕事柄、一緒に暮らすことはできなかったけれど、毎週末には私を自宅に呼んでくれていた。

神原家の中で、私が一番心を許していたのはこの人だった。

叔母はずっと、私と凌翔は幼なじみで、いつか必ず結ばれる運命だと信じていた。

私は微笑んで首を振った。

「違うよ、叔母さん。私の結婚相手は、凌翔じゃないの」

叔母は目を丸くした。

「えっ、どういうこと?」

「もう疲れちゃったから、ちょっと環境を変えようと思って」

私はあくまであっさりと答えた。

叔母はそれ以上何も聞かず、そのまま部屋に入って私の服をまとめ始めた。

「今夜はうちに来なさい。あなたの好きなラーメン、作ってあげる」

私は素直に頷いた。

荷物を持ってエレベーターで降りたときだった。

ちょうど凌翔と澪奈が帰ってきたところに鉢合わせた。

澪奈は細い腕で凌翔の首に絡みつき、甘えるようにキスをして言った。

「凌翔〜、頭が痛いの……今夜は一緒にいてくれる?」

凌翔は優しく彼女の髪を撫で、囁くように答えた。

「もちろん。俺が特製のスープ作るから、心配しないで。今夜はそばにいるよ」

その優しさは、かつて私だけに向けられていたものだった。

彼が会社を立ち上げたばかりの頃、胃が弱くてお酒が飲めなかった。

私は代わりに酒を飲み、商談に付き合った。

酔いつぶれた私を、彼は毎回抱きしめて心配そうに泣きそうな顔をして、一晩中看病してくれた。

けれど今、彼が気にかけているのは、澪奈だった。

二人がいちゃつく姿をよそに、私は通り過ぎようとした。

だが、彼が私に気づき、声をかけた。

「ちょうどよかった。今日一晩だけ外に出てくれないか?澪奈が酔ってて、君の顔見ると気まずくなるから」

私は「分かった」と言おうとした。

その瞬間、後ろから出てきた叔母がピシャリと返す。

「出て行く必要なんてないわ。紗月は今夜、うちに泊まるの」

凌翔は、叔母がいるとは思わなかったのか、澪奈の腕を慌てて引きはがし、姿勢を正した。

「叔母さん。彼女が酔ってて外に置いて帰るわけにはいかなくて。紗月の迷惑にならないようにって」

叔母の顔はみるみる険しくなり、彼らを押しのけて私の手を引いた。

そのまま叔母の家に到着し、私はようやく落ち着いた。

叔母は黙って、私のためにラーメンを作ってくれた。

その温かさに、心も身体も少し癒やされ、私は久々にぐっすり眠った。

だが、深夜。

澪奈から、スマホに一枚の写真が届いた。

彼女は私のキャミソールを身にまとい、その胸元に、凌翔が気持ちよさそうに眠っていた。

続いてメッセージが届いた。

【紗月さん、凌翔が私を看病してるうちに寝ちゃって……気にしないでね】

【もし気になるようなら、すぐに起こすけど?】

くだらない。

私は「気にしてないから、ゆっくり寝かせてあげて」とだけ返し、スマホを無音モードにした。

翌朝、会社に辞表を提出した。

午前中は引き継ぎ業務でバタバタし、ようやく一息つこうと給湯室へ行ったとき——ふと、同僚たちのグループチャットが目に入った。

【みんなSNSを見た?神原さん、本当に香月さんのこと好きなんだね〜】

【神原さん、ついに彼女できたって感じ!前の子は可哀想だけど】

【どうせ神原家に居候してた孤児でしょ?優しさで妹みたいに扱ってただけじゃん。初恋には敵わないよね〜】

コップからお湯があふれ、指にかかった熱さに我に返る。

凌翔とは十年を共に過ごし、五年間恋人として付き合ってきた。

それなのに、周りの人たちは誰一人として私たちの関係を知らず——

私のことを、ただの「神原家に居候している、片思いの哀れな女の子」だと思っていた。

彼が、「目立ちたくないから」って言っていたから。

でも——

澪奈が戻ってきた途端、彼は何もかもを大っぴらにした。

まるで、全世界に自慢したいかのように。

愛してない。それが答えだった。

私はSNSを開き、澪奈の投稿を目にした。

【この指輪、すごく貴重なんだって。永遠の愛の証……今年、あなたがいてくれて本当によかった】

その写真には、凌翔が片膝をつき、澪奈の薬指に指輪をはめている姿が写っていた。

それは——

私が半年かけてデザインし、特注で作った婚約指輪だった。

彼はその投稿をリポストし、コメント欄には祝福の声が溢れていた。

私は、何の感情もなく、その投稿に「いいね」を押した。

すると、すぐに彼から電話がかかってきた。

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