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第8話

Author: 蒼井なぎさ
頭の中を、まるで走馬灯のように、凌翔との十五年分の記憶が駆け巡っていた。

楽しかったことも、苦しかったことも——すべてが私の中に残っていた。

気づけば、ぽろりと涙がこぼれ落ちていた。

そうだよね、十五年も、彼しか見てこなかったんだもの。

でも——私は決めたんだ。

過去の自分と、ちゃんと決別すると。

この日を境に、新しい人生を始めるの。

ずっと凌翔の周りをぐるぐる回っていた朝見紗月は、もう今日で終わり。

メイクをしていた化粧師が、私の涙に気づいて心配そうに声をかけてきた。

私はハッとして、そっと涙を拭いながら微笑んだ。

「大丈夫です。ちょっと、今日が夢みたいで」

その時、ちょうど姉が部屋に入ってきた。

でも姉は何も言わなかった。

もう分かっているのだろう。

もし私が凌翔と結ばれていたら、これからも理不尽な涙を何度も流していたはずだと。

だから姉は、静かに笑ってこう言った。

「うちの紗月、本当に綺麗だよ」

メイクが終わり、私は手を引かれて結婚式のバージンロードを歩いた。

こんな光景、昔はドラマの中でしか見たことがなかった。

まさか、こんなに盛大な結婚式が、自分に訪れるなんて思ってもみなかった。

式は滞りなく進み、慶介も常に私を気遣ってくれた。

彼の優しさが、会場中をふわりと包んでいた。

まるでドラマのような式場には、たくさんの人が訪れ、写真や動画が次々にSNSにアップされていた。

私のスマホにも、見知らぬ人たちから「羨ましい」「素敵すぎる」などのメッセージが流れ込んでいた。

結婚式が終わり、私は慶介と静かな新婚生活を始めた。

彼は毎朝、出勤前に私のために丁寧に朝食を作ってくれる。

そんな何気ない日常が、まさに昔から夢見ていた幸せの形だった。

けれど、その穏やかな日々は、長くは続かなかった。

ある日、慶介が私を友人に紹介するため、一緒に家を出たときだった。

マンションの前に——見覚えのある影が立っていた。

凌翔。

無視して通り過ぎようとした。

でも彼は、明らかに私を待っていた。

私の姿を見つけると、慌てて駆け寄ってくる。

声が震えていた。

「紗月、やっと、見つけた。

帰ろう。俺と、一緒に」

そう言って、手を取ろうとしてきた。

私は一歩下がって、その手を避けた。

隠しきれるはずもなかった。

式の
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