Masuk私・最上花凛(もがみ かりん)と義妹の最上葵衣(もがみ あおい)の意見が食い違うたびに、婚約者の清水京助(しみず けいすけ)と兄の最上奏人(もがみ かなと)は、決まって「多数決」で物事を決める。 新居を構える場所を選ぶときもそうだ。私は実家に近い南沖区を希望した。一方、葵衣は「北瀬区のほうが賑やかでいい」と譲らない。 互いに一歩も引かず、話し合いは平行線をたどる。結局、またしても多数決で決めることになった。京助が真っ先に手を挙げる。 「お前は考え方が堅苦しいんだよ。生活を楽しむってことを、ちっとも分かってない。ここは葵衣の意見に賛成だ」 兄は私の頭をそっと撫でながら、諭すように言う。 「花凛、そうわがまま言うな。北瀬区なら葵衣の会社にも近いし、休みの日には遊びに来て、そのまま泊まることだってできるだろ」 三対一。私はまたしても、妥協を強いられる。 南向きで一番広い部屋を主寝室にするつもりだった私に、葵衣が突然言い出す。 「ここ、ウォークインクローゼットにしたい」 すかさず京助が割って入る。 「多数決で決めよう。そうすれば、俺たちが葵衣ばかりひいきしてるなんて文句も言わないだろ」 案の定、結果はまたしても葵衣の意見が採用された。その結果、花嫁である私に与えられた寝室は、クローゼットの半分ほどしかない手狭な部屋となってしまった。 これまで何度も繰り返されてきた、多数決の記憶が蘇る。京助が私を支持した回数、ゼロ。兄が私を支持した回数、ゼロ。 目の前では、三人が楽しそうにウォークインクローゼットの内装について話し合っている。その姿を眺めながら、ふと気づく。 「多数決」なんて、ただの建前にすぎない。彼らは最初から、堂々と葵衣を特別扱いするつもりだったのだ。 だったら、もういい。どれだけ待っても、決して私のほうへ傾くことのない天秤、そんな茶番に、これ以上付き合う必要なんてない。 私は、自分からこのゲームを降りる。
Lihat lebih banyak京助は呆然と私を見つめている。まるで、私の言葉も、今の私の態度も信じられないとでもいうように。でも、ここまで来たら、もうこれ以上話すことはない。京助が我に返った時には、私はすでに背を向けてその場を離れていた。翌日、インターホンが鳴る。宅配便かと思い、すぐにドアを開けるが、そこに立っているのは、兄だ。「花凛、やっと見つけた!」私が反応するより早く、兄は私を強く抱きしめ、声を詰まらせる。「この数ヶ月、本当に辛かった。お前がもう俺を兄だと思ってくれないんじゃないか、本気で怒ってるんじゃないかって……」昔から、兄は私を怒らせるたび、こうして自分から謝りに来た。そして私も、そのたびに彼を許してしまっていたのだ。しかし今回は違う。力いっぱい腕を振りほどき、静かに兄を見つめる。「もう、来ないで」兄は虚を突かれたように固まる。「な……何?」信じられないという目を真正面から見返しながら、はっきりと告げる。「もう二度と、関わらないでって言ったの。あんたなんて、兄じゃない」兄の唇は小刻みに震え、言葉がうまく出てこない。「俺が……あのことを話したからか?あれは本当に、つい口を滑らせただけなんだ。葵衣がそんな計算高い女だとは思わなかった。まさか、あの動画をお前に見せるなんて……あいつは最初から、俺たちの仲を引き裂こうとしてたんだ。だから、あいつの思い通りにさせるわけには……」もう、その言い訳を聞く気にはなれない。兄を追い返そうとした。その時、スーツケースを提げた京助が後ろから歩み寄ってきて、兄の腕をつかみ、私から引き離す。「これ以上花凛を困らせるな。彼女は今混乱してるだけだ。落ち着けば、そのうち帰国するはずだ」次の瞬間、兄は京助を突き飛ばす。「いい加減、善人ぶるのはやめろ!葵衣と裏でコソコソやってたことくらい、とっくにバレてるんだよ。お前は最初から、あいつに下心があったんだろ。あの日、二人きりで寝室にいたのが何よりの証拠だ!」京助は眉をひそめ、慌てて私に言い訳する。「あれは本当に誤解なんだ。俺が他の女を好きになるわけないだろ?信じてくれ」淡々と返す。「私がまだ、そんなことを気にしてるように見える?」兄が京助の顔を殴りつける。「全部お前のせいだ!お前が花凛を傷つけて、海外に追いやったんだ
海外の赴任先で働き始めてから、私の人生は少しずつ良い方向へと動き始めていく。最初は、頭の中で、研修を断るための言い訳を何度も考えていた。京助との関係にひびが入るのではないか、兄を心配させるのではないかと恐れていたからだ。だが今はもう、彼らが仕掛けた悪趣味な多数決ゲームから、自分が理不尽に切り捨てられるのを、怯えながら待つ必要はない。自分の意志で、より明るい未来へ踏み出したのだから。オフィスで書類を整理していると、郷田社長から電話がかかってきた。「君の婚約者から連絡があった。行方を知りたいらしくて、かなり焦っているようだ」卓上カレンダーに目をやると、今日は、もともと結婚式を挙げる予定だった日だ。京助が親族や友人たちを引き連れて、式場の入り口で立ち往生している姿が目に浮かぶ。あるいは、先日のリハーサルの時のように、葵衣を花嫁の代役に立てているかもしれない。どちらにせよ、もう私には関係のないことだ。「今はただ、ここで静かに仕事を続けたいんです」社長は深く追及することなく、理解を示してくれる。「まあ事情はどうあれ、会社として君の滞在先は伏せておく。誰にも知られることはないから、安心しなさい」礼を言って電話を切る。その直後から、スマホには大量のメッセージと着信が雪崩れ込んでくる。京助から、そして兄からだ。百件を超える不在着信。それでも、一度たりとも出る気にはなれない。もう彼らの人生に入り込むつもりはない。葵衣が望む幸せな物語に、私が関わる必要もない。二人の番号を着信拒否にして、そのままスマホから削除する。そして3ヶ月が過ぎる。私は異例の早さで昇進を果たし、かつての人たちや出来事も、少しずつ記憶から薄れていく。会社と自宅を往復するだけの単調な毎日だが、以前よりもずっと充実している。だがそんなある日、仕事帰りの道すがら、見覚えのある人影が再び私の前に姿を現す。京助がゆっくりと近づいてくる。その足取りには、かつての迷いのない力強さはもうない。「花凛、どうして電話にも出ないし、メッセージも返してくれないんだ?俺、必死に探して……やっとここを見つけたんだぞ」彼の声はかすかに震えている。それとは対照的に、私の心は驚くほど静かだ。「何か用?」よそよそしい口調に、京助は一瞬言葉を失う。そして、信じられ
次の瞬間、京助の手からスマホが滑り落ちる。床に落ちたスマホのスピーカーからは、秘書の声がなおも響き続けている。「花凛さまは海外で永住権まで申請するつもりのようです。もう帰国されるつもりはないのかもしれません」奏人は思わず目を見開く。「帰ってこない、だと?」そのまま葵衣の腕を掴み上げる。「お前、花凛が芝居をしてるって言ったよな?それなのに、どういうことだ?」両親も、あまりの衝撃に気を失いかける。「今すぐ花凛を連れ戻してきなさい!花凛を追い詰めて、戻れないようなことにしたら、絶対に許さないぞ!」京助は胸に飾っていたブートニアをむしり取り、すぐさま式場を飛び出そうとする。葵衣が彼の腕にすがりつき、ポロポロと涙をこぼす。「お願い、あたしを置いていかないで……みんな、あたしが花嫁だと思ってるのに、ここで置いていかれたら、大恥をかいちゃうわ……」京助は初めて、葵衣の手を乱暴に振りほどき、こらえきれない怒りをぶつけるように怒鳴りつける。「結婚式なんかを気にしてる場合か!花凛が本当にいなくなったなら、それどころじゃないだろ!」そう言い捨てると、振り返りもせず会場を飛び出していく。葵衣は後を追おうとしたところで、奏人に腕を掴まれる。「お前は嘘をついたのか?花凛がそんなこと言うはずないと思ってたんだ!俺が戻ってきたら、全部話してもらうからな」奏人は葵衣をキッと睨みつけると、そのまま背を向ける。ウェディングドレス姿の葵衣だけが、式場に取り残される。客たちは好き勝手に噂し始める。「まさか、花嫁じゃなかったなんて。偽物だったのね」「お姉さんの結婚式を乗っ取ったあげくに、ドレスまで勝手に着るなんて、よくそんな厚かましいことできるわよね」「ほら、顔が真っ青になってる。ふふっ」その言葉が耳に入るたび、葵衣の顔が強張る。やがて我慢できなくなったようにベールを乱暴に引き剥がし、足を踏み鳴らす。「うるさい、うるさいよ」……一方、花凛の勤める会社へ駆け込んだ京助は、血相を変えて怒鳴っている。「責任者はどこだ!花凛はどこへ行ったんだ!」騒ぎを聞きつけて人事部長が現れ、落ち着いた口調で答える。「社員との契約上、お答えすることはできません」京助は拳を強く握りしめる。どうしようもない無力感が、押し寄せてくる。遅
電話の向こうから、淡々と告げられる。「最上は海外研修への参加を決めた。これから5年間は帰国しない予定だ」「……は?」京助の顔が強張る。電話の向こうは続ける。「これは最上自身が決めたことだ。これからのキャリアを考えても、いい判断だと思う」激しい耳鳴りがして、京助には、もう電話の内容がほとんど頭に入ってこない。「でも……今日は、俺たちの結婚式……」奏人も、信じられないといった様子だ。「花凛は昔から俺のそばにいたんだ。そんなあいつが、一人で海外に行くなんて……」呆然とする二人の様子を見て、葵衣は狡猾な笑みを浮かべ、驚いたふりをして口を開く。「やっぱり……さっき、お姉ちゃんから電話があったの。自分が姿を見せなければ、今日の結婚式は絶対にできないって。そうなったら、みんながあたしを恨むことになる。そうして、お姉ちゃんは堂々とあたしを家から追い出せるって」そう話すうちに、葵衣の声はどんどん弱々しくなる。鼻をすすり、今にも泣き出しそうな顔を見せる。その言葉を聞いて、疑念がよぎる。「花凛が、本当にそう言ったのか?」葵衣はスマホを取り出し、着信履歴の画面を見せる。「ついさっきだよ。お姉ちゃんからかかってきたの……」表示された着信履歴を目にした瞬間、京助は思わず奥歯を噛みしめる。「いつから、あいつはこんなふうになったんだ……まるで別人じゃないか」奏人も眉をひそめながら言う。「本当に家を出ていく覚悟を決めたのかと思ったのに、まさか、全部あいつの自作自演だったってことか?」そうこうしている間にも、客が次々と式場に到着し始める。誰もが、葵衣こそが今日の花嫁なのだと思い込んでいる。そこで京助は、誰もが驚く提案を口にする。「あいつは、自分がいなければ結婚式を挙げられないと思ってるんだろ?だったら、葵衣が代わりに花嫁になればいい。そのとき、後悔するのが誰なのか、見てみようじゃないか」周囲の人々は戸惑い、顔を見合わせる。しばらくして、京助が手をあげる。「今回も、多数決で決めよう。葵衣が花凛の代わりに花嫁になることに賛成の人は、手を上げてくれ」結局、その場にいた全員が、葵衣を「代役の花嫁」とすることに賛成していた。葵衣は口元に浮かぶ笑みを隠しきれないまま、ずっと夢見ていたあのウェディングドレスに身を包む