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第4話

Author: リリ
彼女の顔から、素の焦りが覗いた。大きく目を見開いて、私を見つめる。

「私に殴られる音でも録ろうっていうの?ほんと、やることが下品ね」

私はそのまま、詠美の姿をじっくりと値踏みするように眺めた。

「夜のお店のママに、安っぽい演技でも習ったの?」

詠美が荒々しく机を叩き、こちらの鼻先へ指を突きつけてきた。

「このおばさん、何言ってんの。口を慎みなさいよ!」

昨日、友人に調べてもらった彼女の経歴が頭に浮かんだ。

つくづく思う――男という生き物は、骨の髄までああいう類の女に弱いものらしい、と。

「図星でしょ?ずいぶん早くから体を売って、ようやく条件のいい買い手を見つけたってことでしょ」

詠美が顔を真っ赤にして勢いよく立ち上がり、椅子が床と擦れてひどく耳障りな音を立てた。

「あんたこそさぁ、さっさと離婚してあげれば?自分のためにもね」

私はただ無言で、扉のほうへと手を差し示した。

「出て行って!」

彼女が荒々しい足取りで去ると、すぐに健太へ離婚協議書のファイルを送信した。

既読はついたが、返信はない。

構わない。引き延ばしたいなら、こちらも付き合ってやる。あの堪え性のない詠美が、果たしていつまでおとなしく耐えられるかどうか、見物だ。

それから二日間、彼女は嘘のようにおとなしかった。

ところが三日目の朝。朝一番に病院へ着くと、私の診察室の前が尋常ではない騒ぎになっていた。

「古川玲奈のせいよ、あのヤブ医者!うちの子に何かしたに決まってるわ!」

「最低の医者よ!」

入り口付近に、見ず知らずの患者や家族が幾重にも人垣を作って押し寄せている。ざわめきをかき分けて進むと、詠美が赤ちゃんをしっかりと抱きかかえながら、声を上げて泣きじゃくっていた。

「今度は何のつもりよ!」

私の咎めるような声に、髪を振り乱した詠美が、あろうことか赤ちゃんを抱えたままの体勢で、猛然とこちらへ体当たりしてきた。

「うちの元気な子を返して!」

洋平が咄嗟に彼女を羽交い締めにしてくれなければ、私は強く押し倒されていたところだった。

「何があったの?」

眉をひそめて近くの看護師に尋ねると、彼女は青ざめた顔で私を人垣の外へ引っ張り出し、周囲を気にしながら小声で言った。

「赤ちゃんの哺乳力が弱くて。発育不良のサインのひとつです」

「それで、それを私のせいにしようと?」

聞きつけた詠美が、さらに声を張り上げた。

「そうよ、あんたよ!嫉妬して、わざと手を下したんでしょ!待ってなさい、もうすぐ夫が来るから!」

洋平が毅然と言い返した。

「古川先生は腕も確かだし、職業倫理だってしっかりしている。そんな卑劣な真似をする人じゃない」

次の瞬間、血相を変えた健太が、息を切らして駆け込んできた。

「担当医はどこだ!」

「あなた、あの人よ!お願い!」

詠美が、真っ赤に腫らした目で私を指差した。

私が口を開き、説明しようとした――まさにその刹那だった。

健太が何の躊躇いもなく、私の腹部を思いきり蹴り飛ばした。

鈍く、重い衝撃。体が五十センチ以上も吹き飛び、無防備な背中が床に打ち付けられる。

息が止まり、うずくまる私にさらに詰め寄り、顔を覆っていたマスクを力づくで引き剥がそうとした。

「こいつの顔を、皆に見せてやる!」

ブチ、と耳元のゴムが千切れ、強引に引き剥がされたマスク。

あらわになった私の顔と、見下ろす彼の視線が、至近距離で完全に絡み合った。

健太の動きが、不自然なほどぴたりと止まった。彼は大きく息を呑み、目を見開いた。

「お、お前――なんで……!?」

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