LOGIN結婚して五年目、夏目遥(なつめ はるか)は住民票の再発行に向かった。 しかし告げられたのは、その住民票が偽物であり、夫・片平類(かたひら るい)の正式な妻は別に存在するという残酷な事実だった。 五年間、深く愛し合ってきたと思っていた日々は、すべて偽りだったのだ。 帰宅後、遥は類と弁護士の会話を耳にする。 「もう少し待ってくれ。里帆はまだ海外で頑張っている。片平奥様の肩書きがあれば、ビジネス界で足場を築ける」 「遥のことなら心配いらない。あいつは俺を深く愛しているし、俺のために夏目家とも絶縁した。もう後戻りできないんだ」 その言葉に、遥の心は完全に崩れた。 そして類が本物の住民票を手にしたときには、遥はすでに遠くへと姿を消し、二度と彼の前に現れることはなかった。
View More「それでは、今日の新婦――夏目さんのご登場です!」パーティー会場の扉がゆっくりと開き、一筋の光が差し込んだ。結婚行進曲が流れる中、遥は花束を手に結弦のもとへと歩みを進めた。これは遥にとって、人生で二度目の華やかな舞台だった。前回は、惨敗だった。今回も、彼女には確信がなかった。果たして幸せになれるのか、自信はなかった。この瞬間、彼女は思わず背を向けて逃げ出したくなった。舞台の上で、結弦は緊張のあまり指先をわずかに曲げていた。「遥!」舞台の下、親族は遥の両親が涙ぐみながら彼女を見つめていた。その隣には、夏目家の親戚や彼女の同級生、親友たちも座っていた。彼らは手を振りながら「おめでとう!」と口々に声をかけた。遥はその場に立ち尽くし、驚きと感動で涙があふれ出した。司会者が促そうとした瞬間、結弦が手で制した。結弦はネクタイを整えると、まっすぐ新婦に向かって歩き出した。「遥、君が不安を抱えていることはわかってる。でも伝えたいんだ。大丈夫だって」遥は顔を上げて、真剣な表情の結弦を見つめた。彼女の脳裏に蘇ったのは、高校時代。毎日放課後、校門で待っていてくれた白い制服の少年の姿。手を握られて、不良に追われながら細い路地に逃げ込んだあのときの、近すぎるほどの彼の息遣い。あの幼い少年の顔が、目の前の結弦と重なってゆく。遥は、その言葉を信じずにはいられなかった。「運命の相手なら、どんなに遠回りしてもまた巡り会う」と。一時は道を踏み外しかけたが、彼が手を引いてくれたからこそ、自分はまた元の道に戻ることができた。「両親も......友達も......」結弦はそっと彼女の涙を指でぬぐった。「叔父さんも叔母さんも、本気で君に怒っていないよ。ずっと君のことを愛してる。そして君の友達も、君が戻ってきたと知って、ものすごく喜んでた」彼は彼女の手を強く握って、共に舞台の中央へと進んだ。そしてマイクを受け取ると、深く一礼した。「今日は、俺と遥の結婚式にお越しくださり、本当にありがとうございます。ここで、妻に一言伝えたいことがあります――」結弦は遥の方に向き直り、両手を取って彼女の瞳を見つめた。「遥と結ばれることができて、俺は本当に幸せだ」「愛するという気持ちを教えてくれてありがとう。
類は得意げに登場し、会場は静まり返った。「本日、招かれずに参りましたのは、赤間さんのご結婚を直接お祝いしたくてです」結弦は変わらず紳士的に振る舞い、類の狂ったような言動にも冷静だった。「数枚の写真を持ってきたので、新婦のご家族やご友人にお見せしたいと思いまして」そう言ってスマホを取り出し、結弦と遥が親密に写っている写真を画面に表示した。すると、結弦は気遣うように提案した。「スマホの画面じゃ少々小さいですね。大画面に投影しましょうか?」類は冷笑を浮かべた。「それはありがたい」スタッフの調整により、類のスマホは背後の巨大なスクリーンと無事接続された。類は自信満々に言った。「写真のこの女性、まさか赤間社長が婚約者に隠れて密会していた愛人では?ご説明してください」結弦は鼻で笑った。「この写真の女性を、片平さんはご存じで?」「もちろん。彼女は私の妻です」結弦は声をあげて笑った。「でも、私の知る限り、片平さんの正式な妻は高宮里帆という名で、この女性とは別人ですが?」類は彼がそこまで把握していたことに動揺し、急いで釈明した。「たしかに里帆と結婚届を出したが、それは彼女が留学したばかりで助けが必要だったからで......私が愛しているのは遥です!」結弦は皮肉を込めて口元をゆがめた。「聞き間違いかな?愛してる相手と結婚した相手が違うって、どういうことですか?」類はつい口が滑ったことを後悔していた。「違う、違うんだ。里帆とはもう離婚手続きに入ってる。いずれ遥と正式に籍を入れるつもりだ。赤間さんにとやかく言われる筋合いはない!」結弦は悠然とした態度でスクリーンを指差した。「では、こちらの動画については説明していただけますか?」そこには、類が里帆を殴打している映像が映し出されていた。類はそれを目にした瞬間、顔面蒼白になった。「誰だ!誰が俺のフォルダにいじってるんだ!」結弦は呆れ果てたように肩をすくめた。自分でスタッフにスマホを渡したのに。「監禁、暴行......片平さん、警察は君のスマホの中身に興味を持つと思わない?」類はようやく事態を理解し、怒りと恐怖に満ちた声で叫んだ。「スマホを返せ!」結弦は数歩後ろに下がりながら、淡々と言った。「もう通報されてますよ。
結婚式の前夜、遥は「新郎新婦は式の前日に会ってはいけない」という理由で、結弦を追い返した。「どうせ明日は一緒に寝るんだから、今夜くらい入れてくれよ......」ドア越しに、結弦はしょんぼりと呟いた。遥は迷わず鍵をかける。「ダメ、これは習わしなの。あなたを中に入れたら縁起が悪いの」「縁起が悪い」と聞いた瞬間、結弦はすぐに納得したように静かになる。「でも、君に会いたくてたまらないんだ。どうしたらいい?」遥は呆れて目を転がす。「私たち離れてからまだ五分も経ってないんだけど......」彼がまさかこんな恋愛脳で、しかも甘えたがりだったとは、遥は夢にも思わなかった。名残惜しそうに去っていった後、彼女はベッドに入ったが、眠気は一向に来なかった。明日、彼と結婚する。確かにこの日々の中で、彼との時間はとても楽しかった。だけど、恋愛と結婚は全くの別物だ。やはり心のどこかで不安は拭えない。しかも、類に裏切られた自分には、今さら両親に顔向けできるわけもなく......明日の結婚式で、実家側の席はきっと空っぽのままだろう。家族や友人から祝福されない結婚式に、彼女の心はほんのりと痛んだ。「これ以上望むのは贅沢だよね......結弦と結婚できるなんて、私は幸せ者よ」そう自分に言い聞かせるようにして、いつしか眠りについていた。夢の中は一面の白銀。少し離れた場所に、花束を持った人影が立っている。「結弦......」ウェディングドレスを着た遥は、その人に向かって駆け出す。だがその影が顔を上げると。それは、類だった。「――っ!」遥は飛び起き、額には冷たい汗。気づけば、外はもう明るい。迎えの車が待機していた。メイクを終え、あのマーメイドドレスに袖を通す。周りから一斉に感嘆の声が上がった。メイク担当者は惜しみなく褒めちぎる。「赤間奥様は、私が今まで見た中で一番美しい花嫁です!」友人はからかうように言った。「そりゃあ、結弦が夜明け前に来ちゃうのもわかるよ。私なら窓から忍び込んでたかも~」結弦の目の前に遥が姿を現すと、彼はまるで金縛りに遭ったかのように動けなくなった。式は午前10時58分から。これもまた、彼が占い師に頼んで決めたという。「良き時に、良き場所で、百年の契り
遥は心の中で思っていた。結弦の事業は類の十倍どころではなく、彼の方がはるかに多くの付き合いや仕事を抱えている。だからこそ、自分との結婚やその準備に彼が期待できるはずもない。「感情のない政略結婚に過ぎないんだから」これは親友に話した時の彼女の言葉だった。しかし、結弦は結婚式の準備のあらゆる場面に現れた。式場の選定はもちろん、装飾一つ一つにまで自ら目を通していた。なにしろ、彼はヨーロッパ最大の芸術大学――ロンドン芸術大学を卒業していて、デザインキュレーションとクリエイティブ産業マネジメントのダブル博士号を持っている。婚約指輪も、彼が特別にデザインを依頼した一点物。ウェディングドレスの選定でも、彼は遥の意見を尊重し、参加を促してくれた。今まさに着ているこのマーメイドドレスも、結弦が修士課程を終えた時の卒業制作だった。低めのソファに腰掛けた結弦は、その長い脚の置き場に困っている様子だった。彼のキツネのような目が、彼女の体を遠慮なく舐めるように見つめてくる。そこには隠しきれない欲望が滲んでいた。遥はその視線に落ち着かなくなり、ウェディングドレスを引き上げながら尋ねた。「似合ってないかな?」結弦は立ち上がって彼女の元へ歩み寄ると、両手を彼女の肩に置いて軽くくるりと回した。鏡の中には、淡く光をまとった遥の姿。白くて長い首、化粧もしていないのにまばゆいほどの顔立ち。「赤間奥様、ご自分の美しさをもっと自覚してください」遥は舌をぺろりと出し、彼に触れられた肌が熱くなっていた。結弦の吐息が耳元をかすめ、頬はみるみるうちに紅潮していく。彼の欲望が背後からはっきりと伝わってきて、遥はあわてて距離を取った。鏡を見ながら話題を変える。「このドレス、あなたがデザインしたって聞いたけど」だが、結弦は止まる気などなかった。一歩、また一歩と彼女に迫ってくる。遥は壁際に追い詰められ、逃げ場を失った。「な、何する気......?」結弦の手が彼女の細い腰を回りこみ、背中の素肌に触れた。熱い掌が彼女と冷たい壁の間にそっと差し込まれる。「俺が何をしたいと思う?赤間奥様」遥は顔を赤くしながらあたりを見回す。「こ、ここはドレスショップだよ?外には......人がいる」彼女のその可愛らし
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