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83話

Author: さいだー
last update Last Updated: 2025-09-14 20:28:59

 エマに指定された待ち合わせ場所、例の踊り場に早々にたどり着き、すでに1時間以上経過している。

 なにせ、エマの当番が終わるのが俺と凛の2組後、一組が30分交代制になっているから、そもそも来るはずがないのだ。

 それなのに俺は、はやる気持ちを抑えられず、吉岡に声をかけられたのも無視してここに座っている。

 吉岡は陽川から逃げ回っているようで、俺と周る口実を作りたそうにしていたから、逆に陽川に吉岡の居場所をメッセージで教えてやった。

 きっと今頃陽川は、吉岡と楽しい学園祭を送れているはずだ。

 吉岡がどう思っているのかは知らない。

 緊張を誤魔化すためにエマとはなるべく関係のないことを考えているのに、思考の端にエマの顔が見え隠れする。

 いつも普通に会話をしていたのに、今エマが目の前に現れたらうまく会話をする自信もない。

 心臓もいつもより早く脈打っているし、握り込んだ掌にはじんわりと汗が滲んでいる。

 でも、嫌な緊張感ではなかった。

 決して心地よいとも言えないけれど、これから起こることにワクワクしてしまっていた。

 ……でも、心のどこかで違和感も感じていた。

 罪悪感に近い感情も抱いていたんだ。

 なんでこんな気持ちになっているのかは俺自身にもわからない。

 一度は振られたと思っていた、誰もが憧れる絶世の美女とデートをできるのにも関わらず。

「桐生くん。お待たせ」

 俺は階段に腰を落として顔も下げていたから、接近に気がつくのが遅れた。

 顔を上げるとそこには、クラスTシャツと制服のスカート姿のエマが立っていた。

「ぜんぜん待ってないから、気にしないでくれ」

 なんでかわからないけど、エマの目を見ることができなかった。

「横、座ってもいいかな?」

 エマはそう言うと、答えを聞かないうちに俺の横に腰を降ろした。

「まだいいって言ってないけどな」

「別にいいじゃん。減るもんでもないんだし」

「時間は減っていくと思うけどな。4時になれば嫌でも終わっちゃうわけだし」

 現在の時刻は十二時少し前。まだ4時間あるとはいえ、きっと楽しい時間は一瞬だ。

 エマは座っている段に足も一緒に乗せ、俺の方を向き、器用にスカートを巻き込んで体育座りをした。

「別に、私はそれでも構わないけどね。……桐生くんと一緒に居られるなら」

 間近での美少女の囁きは破壊力抜群だった。

 目を見ることすら
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