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届かぬ龍の執愛、影に寄り添う飛鳥
届かぬ龍の執愛、影に寄り添う飛鳥
Author: えいさん

第1話

Author: えいさん
三年前、依霜は宰相府で見向きもされない、ただの側室の娘だった。

正室の娘である姉の陸青儀(りく せいぎ)は、蝶よ花よと育てられた宰相府の珠玉であり、当時まだ第六皇子だった軒轅翊(けんえん よく)と将来を誓い合った仲だった。

だが皮肉なことに、父である宰相は第四皇子こそが次期皇帝にふさわしいと踏み、二人の仲を無残に引き裂いて、青儀を第四皇子に嫁がせてしまったのだ。

ところが、最終的に玉座を勝ち取ったのは、他でもない翊であった。

帝王の怒りは凄まじく、丞相たる父は左遷された。

その怒りを鎮めるための生贄として、父は冷遇していた彼女を宮中へ送り込み、皇帝の側近の官女として差し出したのである。どんな辱めを受けようと構わないとばかりに。

初めて翊と対面した時の光景を、依霜は今も鮮明に覚えている。

若く秀麗な皇帝は、漆黒の龍袍(りゅうほう/皇帝が着用する特別な儀礼服)を纏い、地にひれ伏す依霜を射抜くような酷薄な瞳で見下ろした。

「陸家の娘、だと?」

その日から、翊はありったけの憎悪を彼女へとぶつけた。

鞭打ち、長時間の正座、極寒の中で砕けた陶器の上に跪かせる……彼女の体には、もはや無傷の肌など残っていなかった。

あの夜、泥酔した彼が、彼女を青儀と錯覚し、無理やりその身を奪うまでは。

そのたった一度の「過ち」から、三年。

夜な夜な夜伽を強いられ、心身ともに限界を迎えていた彼女は、どうにか年季明けまで耐え抜き、後宮を去るつもりでいた。だが今日、退宮の許可証を受け取ろうとした矢先、足止めを食らってしまったのだ。

「陛下のご命令により、まかりならんとのことだ」

宦官の甲高い声が、鼓膜をひどく突き刺した。

その瞬間、彼女は悟った。自分は一生、この黄金の鳥籠から逃れられない運命なのだと。

だが、不幸中の幸いもあった。一年前、彼女は重傷を負った黒装束の男を偶然助けたことがあったのだ。

彼が暗殺者稼業で首位に立つ「夜隠」だと知ったのは、後になってからのことだ。

「命を救われた恩がある。一つだけ願いを叶えてやろう」

いつか彼はそう言った。

今、自分の願いはただ一つ……

ここから逃げ出すこと!

身を翻し、寝殿に戻ろうとしたその刹那、底知れぬほど冷たい眼差しとぶつかった。

いつの間にか目を覚ましていた翊が回廊に佇み、暗く沈んだ瞳で彼女を見据えていた。

「今しがた、どこへ行っていた?」

「少し喉が渇きまして、水を飲みに……」

依霜は必死に平静を装い、嘘を口にした。

翊の眼差しがたちまち冷え込んだ。

「戻ってこい」

依霜が大人しく寝台へ戻ると、彼はその顎を強く挟み込んだ。

「覚えておけ。朕の許しがない限り、一歩たりともここを離れることは許さん」

「はい……」

彼は満足げに手を離し、彼女を腕の中へ引き寄せた。

彼から漂う香りに包まれながら、彼女は水時計の音を数え、ただ夜明けを待った。

翌朝、依霜は両足が震え、まともに立つことすらできなかった。

翊は鼻で笑った。

「だらしない。何度か求めただけで立てもせぬとは。朕の輿に乗って戻れ」

「私めには、そのような恐れ多いこと……」

言葉を遮るように、翊は彼女を軽々と横抱きにし、殿外に控える豪奢な皇帝の輿へと大股で歩き出した。

「陛下!これでは規則に反します……」

彼女は慌てて彼の襟元を掴んだ。

「黙れ」

冷たく言い放ち、彼女をそのまま輿へと押し込む。

輿が浣衣局(かんいきょく/中国宮廷に置かれた宦官の官署であり、高齢の宮女や罪を犯した宮人を収容して雑役や衣類の洗濯などを行わせた場所)に差し掛かった時、翊はふいに手を上げ、輿を止めるよう合図した。

依霜が彼の視線の先を追うと、藍色の官女服を着た一人の少女が錦の布を干しているのが見えた。

緑蘿(りょくら)という名のその官女は、目鼻立ちが姉の青儀に少し似通っていた。

「あの官女に、今夜の夜伽を命じろ」

翊は淡々と言い放った。

宦官長の李(り)公公(こうこう/中国古代の宦官長に対する呼称)は即座に意図を察し、人を遣わして緑蘿にその旨を伝えた。

緑蘿は狂喜乱舞した。一日中浮かれきって何度も衣装を着替えては試し、幾度も湯浴みをして、ただただ夜の帳が下りるのを待ちわびた。

一方の依霜はまるで意に介さなかった。昨夜の翊の要求があまりに激しかったせいで、頭はひどく重く、体は鉛のようにだるく、熱に浮かされていたからだ。

当番の時間になっても彼女が姿を現さないため、李公公が様子を見にやって来た。

「李公公、体調が優れないのです。申し訳ありませんが、お休みをいただきたいとお伝えいただけますか」

彼女は寝台に身を横たえたまま、力なく呟いた。

彼女を不憫に思った李公公は、慌てて頷いた。

「しっかり休むといい。陛下には、私から上手く申し伝えておこう」

やがて、中庭は再び静寂を取り戻した。

依霜は全身が燃えるように熱く、薬を飲んでも一向に熱が引く気配はなかった。

夜、彼女の意識が朦朧としているところへ、目を真っ赤にした緑蘿が駆け込んでくるなり、彼女の頬を思い切り張り飛ばした。

「依霜、あんたわざとね?!やっと陛下のお目に留まったっていうのに、私が陛下の寝台に上がる前に、あんたがこんな所で熱を出したフリなんかするから!陛下は一瞬で顔色を変えて、私を放り出してあんたのところへ向かったのよ!

ここ数年、陛下は後宮を空にして、あんた一人だけに夜伽をさせてきた。まさか、陛下を独り占めする気なの!?」

依霜は熱で目が回り、彼女が何を喚いているのか全く理解できなかった。翊が、この自分を見舞いに来るはずがないではないか。

「熱があるのは、本当よ……」

だが緑蘿は全く信じようとせず、鬱憤を晴らすかのように依霜へ見境なく掴みかかり、殴りつけた。

「この男好きの卑しい女、泥棒猫!今日こそ、その男を惑わす顔をズタズタに引き裂いてやる!」

依霜はただでさえ息も絶え絶えなのに、無実の罪でなじられ、たまらず口走ってしまった。

「私はもうここから去るのに、陛下を誘惑してどうするというの?」

「去る、だと?」

扉の外から氷のように冷たい声が響き、彼女は全身の血が凍りつくのを覚えた。

翊が、龍袍を纏って入り口に立っていた。その眼差しは、恐ろしいほどに陰惨だった。

「依霜、お前はどこへ行くつもりだ?」

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