三年前、依霜は宰相府で見向きもされない、ただの側室の娘だった。正室の娘である姉の陸青儀(りく せいぎ)は、蝶よ花よと育てられた宰相府の珠玉であり、当時まだ第六皇子だった軒轅翊(けんえん よく)と将来を誓い合った仲だった。だが皮肉なことに、父である宰相は第四皇子こそが次期皇帝にふさわしいと踏み、二人の仲を無残に引き裂いて、青儀を第四皇子に嫁がせてしまったのだ。ところが、最終的に玉座を勝ち取ったのは、他でもない翊であった。帝王の怒りは凄まじく、丞相たる父は左遷された。その怒りを鎮めるための生贄として、父は冷遇していた彼女を宮中へ送り込み、皇帝の側近の官女として差し出したのである。どんな辱めを受けようと構わないとばかりに。初めて翊と対面した時の光景を、依霜は今も鮮明に覚えている。若く秀麗な皇帝は、漆黒の龍袍(りゅうほう/皇帝が着用する特別な儀礼服)を纏い、地にひれ伏す依霜を射抜くような酷薄な瞳で見下ろした。「陸家の娘、だと?」その日から、翊はありったけの憎悪を彼女へとぶつけた。鞭打ち、長時間の正座、極寒の中で砕けた陶器の上に跪かせる……彼女の体には、もはや無傷の肌など残っていなかった。あの夜、泥酔した彼が、彼女を青儀と錯覚し、無理やりその身を奪うまでは。そのたった一度の「過ち」から、三年。夜な夜な夜伽を強いられ、心身ともに限界を迎えていた彼女は、どうにか年季明けまで耐え抜き、後宮を去るつもりでいた。だが今日、退宮の許可証を受け取ろうとした矢先、足止めを食らってしまったのだ。「陛下のご命令により、まかりならんとのことだ」宦官の甲高い声が、鼓膜をひどく突き刺した。その瞬間、彼女は悟った。自分は一生、この黄金の鳥籠から逃れられない運命なのだと。だが、不幸中の幸いもあった。一年前、彼女は重傷を負った黒装束の男を偶然助けたことがあったのだ。彼が暗殺者稼業で首位に立つ「夜隠」だと知ったのは、後になってからのことだ。「命を救われた恩がある。一つだけ願いを叶えてやろう」いつか彼はそう言った。今、自分の願いはただ一つ……ここから逃げ出すこと!身を翻し、寝殿に戻ろうとしたその刹那、底知れぬほど冷たい眼差しとぶつかった。いつの間にか目を覚ましていた翊が回廊に佇み、暗く沈んだ瞳で彼女を見据えていた。
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