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第144話

Auteur: 魚住 澄音
そう言われてみれば、ことはは、隼人がなぜ今夜の警備員たちを解雇しようとしたのか、理解できた気がした。

もし、あの男の狙いが自分ではなくアシオンだったら。もし、彼が上層階に忍び込み、機密情報を盗み出していたら、アシオンは未曾有の危機に見舞われていただろう。

この男、なかなかの切れ者だ。

車が地下駐車場を出ると、ことはの心は完全に落ち着きを取り戻していた。

もし、隼人が間に合わなければ、あのナイフは、間違いなく自分の体に突き立てられていた。

「まだ怖い?」隼人が優しく尋ねた。

「もう大丈夫です」

「もし、俺が電話しなかったら、どうやって身を守るつもりだった?」

「ゆきに電話します」

隼人は眉をひそめ、嫉妬の色を滲ませて言った。「なぜ俺じゃない?」

ことはは、気まずそうに笑った。「無意識に」

「なら、その無意識を改めろ」隼人は、有無を言わせぬ口調で告げた。「森田さんも女性だ。彼女がすぐに助けに来てくれるのは分かっている。だが、女性二人で、本当に危険を回避できると保証できるか?」

「彼女に、警察を呼んでもらいます」

「それでも、時間がかかる。危険な状況では、一分一秒が生死を分けるんだ」隼人は真剣な表情で言った。

「はい、分かりました」

「何を分かった?」隼人が、さらに問い詰める。

ことはは口を開いたが、その先を言い淀んだ。

「ん?」彼はまだ促している。

「あなたに、電話します」その言葉を口にすると、ことはの顔はまた熱くなった。彼女は、いっそ顔を背け、車窓の外に広がる夜景を見つめた。

隼人は、ようやく満足し、彼女を錦ノ台レジデンスまで送り届けた。

ドアを開けると、エプロン姿のゆきが、ちょうど出来上がった夜食を運んでくるところだった。彼女は、隼人がなぜ一緒にいるのかということよりも、ことはの薄汚れた姿に目を奪われた。

彼女は、驚いて言った。「ことは、あんた、どこで泥んこ遊びしてきたの?」

ことはは、全身汚れていた。「先にシャワー浴びるわ」

いや、何かおかしい。

ゆきは、その時になってようやく隼人に視線を向けた。「神谷社長?」

-

シャワーを浴びて出てくると、ことはは、隼人がもう帰ったことに気づいた。

ゆきは、食卓の前に座り、険しい表情を浮かべ、まだ恐怖が残っているようだった。

ことはは、隼人が事情を話したのだと察し、席に着
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