Share

第5話

Author: 匿名
父と母が家に入ると、すぐに翔太が出迎えた。

「父さん、母さん……」

しかし、二人は翔太に見向きもしなかった。まるでそこにいないかのように彼を素通りする。

父はそのまま寝室に入り、タバコの箱を取り出して、ふかした。

母は、僕の部屋へと入っていった。

部屋に入ると、母は僕が残した物を愛おしそうに撫で始めた。一つ一つ、まるで宝物でも扱うかのように丁寧に見ていく。

やがて引き出しを開けた母は、一冊の分厚いノートを見つけた。ページを開いて、それが僕の日記帳だと気づく。

読み進めるうちに、母の瞳から涙が溢れ出し、止まらなくなった。

【今日は雨。翔太が傘を忘れたから、迷ったけど僕のを貸した。父さんと母さんが「弟を大事にしろ」っていつも言うから。でも帰宅したら、あいつはずぶ濡れで、「兄さんに傘を貸してもらえなかった」って嘘をついた。弁解しようとしたけど、父さんたちは聞く耳を持たず、僕をひどく殴った】

【今日は母の日。母さんに喜んでほしくて、カーネーションを買った。でも、母さんは翔太からのプレゼントにしか喜ばなかった。僕のことは無視だった。なんでだよ】

【今日、翔太が学校で怪我をした。家に帰って母さんに「兄さんが僕を殴った」と言いつけた。両親は問答無用で僕を殴り、「弟に優しくしろ」と怒鳴った。でも、父さん、母さん。知ってる?事実は全然違うんだよ】

……

最後のページにたどり着いた時、母はその場で泣き崩れた。

【今日は短距離走大会。走るのが嫌いなはずの翔太が、なぜか参加していた。しかも、ずっと僕の前を塞ぐように走ってくる。仕方なく強引に追い抜いたら、翔太は転んで擦りむいてしまった。でも、僕は最後になんとか一位になれた。明日トロフィーをもらって帰ったら、きっと母さんは褒めてくれるはずだ】

母の慟哭を聞きつけ、翔太が慌てて部屋の入り口まで走ってきた。

「母さん、どうしたの?」

これまでなら、翔太の声を聞けば母は優しい眼差しを向けていたはずだ。だが今は違う。その目は憤怒に燃えていた。

「……こっちへ来なさい!」

翔太も何かがおかしいと察知したようで、小走りで母のそばに寄った。

「どうしたの、母さん……」

母は鋭い声で問い詰めた。

「言いなさい。今回の短距離走大会、どうして参加したの?あんた、バスケが好きで陸上なんて興味ないんじゃなかったのかい?」

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 弟に勝った僕、格闘コーチの母に殺された   第9話

    政一はもう小学生になった。彼が学校から帰ってくる時間になると、私は玄関で尻尾を振って待ち構える。かなりの甘えん坊だ。前世では翔太にかかりきりで、彼には借りが多すぎた。だから今世では、ただひたすら彼に寄り添い、心の支えになってあげたいのだ。政一も私をとても可愛がってくれた。パパとママにねだり、可愛い服やオモチャ、それに美味しいドッグフードを買ってもらってくれる。週末には友達との遊びに連れて行ってくれるし、家族揃ってのキャンプやピクニックにも行った。私は感動した。彼の何気ない振る舞いから、彼が前世と変わらず、心が綺麗で優しい子だということが伝わってくるからだ。けれど、悲しい出来事が起きた。金城夫妻の仲に亀裂が入り、離婚話が出るまでになってしまったのだ。その頃の夜、政一はいつも部屋に閉じこもり、私に向かって泣き言を漏らしたり、内緒話をしたりするようになった。「コーラ。パパとママ、喧嘩しなきゃいいのにね。二人とも大好きなのに。離れ離れになるなんて嫌だよ。今日、パパに聞かれたんだ。『もしママと別れたら、どっちについて行きたい?』って……」……そんな時、私は言葉を話せない自分が恨めしくてたまらない。仕方なく、私は自分の体をグイグイと彼の懐に押し付け、少しでも悲しみが癒えるように寄り添う。そして顔を伸ばし、その目尻の涙を舐め取ってあげることしかできない。政一はもう小学六年生。思春期に差し掛かり、彼なりに感情の起伏も激しくなっていた。ある日、金城夫妻がまた言い争いを始めた時、政一はついに堪えきれず怒鳴り声を上げた。「うるさい!喧嘩ばっかりして!二人ともそれしか能がないのかよ!」言うが早いか、彼は両親の制止を振り切り、怒りに任せて家を飛び出してしまった。私は気が気じゃなかった。彼の後を追って二回ほど吠え、そのままついて行った。あたりはもう夕暮れ時。一人と一匹、付かず離れずの距離で街を歩く。歩き疲れたのか、政一が私を振り返った。「……僕のこと本当に心配してくれるの、コーラだけだよな」彼はしゃがみ込み、私の頭を撫でた。私は空気を読んで、ただペロペロと彼の頬を舐めた。「腹、減ったか?待ってて、パン買ってくるから」しばらくして、政一は買ってきたパンを半分こにしてくれた。彼が半分、私が半分。苦し

  • 弟に勝った僕、格闘コーチの母に殺された   第8話

    「『自分で不注意で転んだんだ』とか『下校中に悪い人に絡まれた』とか……とにかく、あの子は絶対にあなたたちのせいにはしませんでした!でも私が『ご両親に叩かれたの?』と聞くと、健人くんは酷く慌てて否定するんです。『違う違う、父さんと母さんは悪くない、二人は間違ってない!』って。それに、あの最後の短距離走大会だって、多くの生徒が見ていましたよ。翔太くんがずっと健人くんの前を塞いで、わざと抜かせないようにしていたことをね」言い終わるや否や、高橋先生は堪えきれず、テーブルの上のコーヒーを父に浴びせかけた。「あなたたちに親を名乗る資格なんてありますか!健人くんが何をしたっていうんです!彼はあなたたちの愛をどれだけ渇望していたか!なのに虐待して、最後には殺して……あなたたちのような親は、この世に二人といませんよ!」父は反論もせず、ただうわごとのように繰り返した。「ああ、私たちが悪かった……私たちのせいです……」そう呟くと、父は高橋先生を気にする様子もなく、魂が抜けたようにふらふらと立ち去った。その夜、父は僕の部屋で、僕の写真を抱きしめ、長い間泣き続けていた。翌日、父は留置所へ面会に行き、これらすべてを母に話した。最初はただ嗚咽を漏らすだけだった母も、僕が自分の傷について「父さんと母さんがやったんじゃない、自分の不注意だ」と庇っていたことを聞くと、その場で激しく泣き崩れた。「私たちが悪かった、健人に申し訳ないことをした……!」最終的に、検察による起訴を経て、数々の罪状により母には死刑判決が下された。刑の執行前、母は拘置所の職員に懇願した。「息子の健人の墓参りをさせてほしいです。お願いできませんか?」無理難題ではないため、協議の結果、その願いは聞き入れられた。僕の墓石を見て、母は滝のように涙を流した。「健人、ごめんね。母さん、何年もあなたを名前で呼んでやれなかったね……謝らせておくれ。あなたを産む時、難産だったから、最初から翔太の方を可愛がってしまったんだ。それに翔太の嘘を信じ込んで、あなたを敵対視して……本当にごめんね。あなたこそが良い子だったって、もっと早く気づくべきだった……」その後も、母は懺悔の言葉を吐き出し続けた。それを聞いて、僕は思わず深い溜息をついた。母さん、今さら何になるんだよ。どれだけ謝っても、

  • 弟に勝った僕、格闘コーチの母に殺された   第7話

    取調室で、警察官が規定通りに母を尋問し始めた。「事件当時、なぜ健人くんに暴行を加えたのですか?」母の目は虚ろで生気がなく、力なく答えた。「翔太のせいです。あの子が言ったんです。短距離走大会で自分が一位になれそうだったのに、健人がぶつかってきたせいで、健人が一位になったって。それで私は翔太の無念を晴らしてやろうと思って、健人を数発殴り、最後に数メートル先まで蹴り飛ばしました」それを聞いて、警察官はさらに追及した。「では暴行の後、なぜすぐに健人くんを病院へ連れて行かなかったのですか?」その言葉が終わるや否や、母は泣き出した。「あんなに酷い怪我だとは思いもしなかったんです……私は、母親失格です……」その後の尋問に対しても、母は全ての事実を認めた。取り調べが終わり、留置場に入れられた母は、虚ろな目で鉄格子のドアを見つめ、何度も僕の名前を呟いていた。「健人、ごめんね……母さんが悪かったよ……」その時、僕の魂はふわりと父の方へ移動した。母が連行された後、父は斎場に連絡を入れ、すぐに翔太の遺体は引き取られていった。数時間後、斎場の担当者から父に電話が入った。「黒木翔太様の遺体の火葬が完了しました。ご家族の方は、お骨を引き取りにいらしてください」それを聞いた父は、ただ眉をひそめ、ゆっくりと言い放った。「遺骨の引き取りは拒否する。そちらで勝手に処分してくれ。ダメならゴミ箱にでも捨てて構わん……俺に、そんな息子はもういない」電話を切ると、父は狂ったようにタバコを吸い始めた。あっという間に一箱が空になる。もう一本吸おうと手を伸ばし、箱が空だと気づいた瞬間、父は声を上げて泣き出した。自分自身への悔恨か、あるいは僕への罪悪感からか。涙が枯れ果てるまで泣き尽くすと、父は長い間、呆然と天井を見上げていた。どれくらいの時間が経っただろうか。父は何かを思いついたようにスマホを取り出し、高橋先生に電話をかけた。「もしもし、高橋先生ですか……健人の父です。明日お時間ありますか。お話ししたいことが……」電話の向こうの高橋先生は、父の涙声など意に介さず、冷淡に日時と場所だけを告げて電話を切った。翌日、カフェにて。父が先に口を開いた。「先生、健人のことを教えてください。あいつが学校でどう過ごしていたか、

  • 弟に勝った僕、格闘コーチの母に殺された   第6話

    「この家に息子は僕一人だけで十分なんだよ!父さんと母さんは僕だけを愛してればいいんだ!なんで余計な人間が僕と争うんだよ!健人なんて、最初からいなきゃよかったんだ!」翔太のあまりに残酷で非道な言葉を聞いて、母は完全に崩れ落ちた。長年溺愛してきた息子がこんな姿だったとは思いもしなかっただろう。そして、本来愛すべきだった「良い息子」が僕の方だったと気づかなかった自分自身を、激しく憎んだ。「あんたこそ……あんたこそがクズだったんだね!」そう叫ぶと、母は再び翔太の頬を張った。その騒ぎを聞きつけ、父も駆け寄ってきた。「翔太、健人はお前の実の兄だぞ!どうしてあんな酷い仕打ちができたんだ!」だが翔太は、ふてぶてしく鼻で笑った。「兄さん?だから言っただろ、この家に息子は僕一人でいいんだって!僕だけが父さんと母さんの愛を独占するべきなんだよ!」それを聞いた父も怒りを抑えきれず、翔太の顔面を拳で殴りつけた。だが翔太は、殴られて顔を腫らしながらも、頑なに叫び続けた。「僕はちっとも悪くない!」見かねた母は、翔太の髪の毛を鷲掴みにすると、そのまま僕の骨壺の前まで引きずっていき、膝裏を蹴り上げた。「土下座しな!兄の骨壺の前で、あんたの犯した罪を懺悔するんだ!」蹴り倒された翔太はすぐに顔を上げ、母に向かって薄気味悪く笑った。「全部僕のせいだって言うの?違うだろ!父さんと母さんの見る目がなかっただけじゃないか!何年も兄さんを殴ったり罵ったりしてたのは誰だよ!それにさ、最後に兄さんを殺したのは、結局は母さんじゃないか!」その言葉に、母の理性が完全に焼き切れた。目は血走り、翔太の背中を滅多打ちにし始めた。「ああそうさ!健人は私が殺した!……だから今、あんたも道連れにしてやるよ!」慌てて父が止めに入った。「麗奈、落ち着け!やめるんだ!」その時、玄関のチャイムが鳴った。父が応対に出ると、そこには二人の警察官が立っていた。「こんにちは。ある事件の件で通報を受けまして。黒木麗奈さんはご在宅ですか?」騒ぎを聞きつけた母が、ふらふらと玄関へ出てきた。「……ええ、私です」「黒木健人さんの死亡に関与している疑いがあります。署まで同行願えますか」それを聞いた瞬間、翔太が勢いよく飛び出してきた。「そうです!兄さんはこの人

  • 弟に勝った僕、格闘コーチの母に殺された   第5話

    父と母が家に入ると、すぐに翔太が出迎えた。「父さん、母さん……」しかし、二人は翔太に見向きもしなかった。まるでそこにいないかのように彼を素通りする。父はそのまま寝室に入り、タバコの箱を取り出して、ふかした。母は、僕の部屋へと入っていった。部屋に入ると、母は僕が残した物を愛おしそうに撫で始めた。一つ一つ、まるで宝物でも扱うかのように丁寧に見ていく。やがて引き出しを開けた母は、一冊の分厚いノートを見つけた。ページを開いて、それが僕の日記帳だと気づく。読み進めるうちに、母の瞳から涙が溢れ出し、止まらなくなった。【今日は雨。翔太が傘を忘れたから、迷ったけど僕のを貸した。父さんと母さんが「弟を大事にしろ」っていつも言うから。でも帰宅したら、あいつはずぶ濡れで、「兄さんに傘を貸してもらえなかった」って嘘をついた。弁解しようとしたけど、父さんたちは聞く耳を持たず、僕をひどく殴った】【今日は母の日。母さんに喜んでほしくて、カーネーションを買った。でも、母さんは翔太からのプレゼントにしか喜ばなかった。僕のことは無視だった。なんでだよ】【今日、翔太が学校で怪我をした。家に帰って母さんに「兄さんが僕を殴った」と言いつけた。両親は問答無用で僕を殴り、「弟に優しくしろ」と怒鳴った。でも、父さん、母さん。知ってる?事実は全然違うんだよ】……最後のページにたどり着いた時、母はその場で泣き崩れた。【今日は短距離走大会。走るのが嫌いなはずの翔太が、なぜか参加していた。しかも、ずっと僕の前を塞ぐように走ってくる。仕方なく強引に追い抜いたら、翔太は転んで擦りむいてしまった。でも、僕は最後になんとか一位になれた。明日トロフィーをもらって帰ったら、きっと母さんは褒めてくれるはずだ】母の慟哭を聞きつけ、翔太が慌てて部屋の入り口まで走ってきた。「母さん、どうしたの?」これまでなら、翔太の声を聞けば母は優しい眼差しを向けていたはずだ。だが今は違う。その目は憤怒に燃えていた。「……こっちへ来なさい!」翔太も何かがおかしいと察知したようで、小走りで母のそばに寄った。「どうしたの、母さん……」母は鋭い声で問い詰めた。「言いなさい。今回の短距離走大会、どうして参加したの?あんた、バスケが好きで陸上なんて興味ないんじゃなかったのかい?」

  • 弟に勝った僕、格闘コーチの母に殺された   第4話

    ずっとそばに漂っていた僕は、思わず苦笑してしまった。まさか、最後に僕のために正義を訴え、戦ってくれるのが、両親でも親戚でもなく、担任の先生だなんて。母は打たれた右頬を押さえ、信じられないという顔で高橋先生を見ていた。先生の気迫に嘘はないと感じたようだが、それでもまだ強がって口を開いた。「何を言ってるのよ。健人はピンピンしてるわよ。死ぬわけないじゃない」それを聞いて、高橋先生は鼻で笑った。「よく言えますね。長男が二日も行方不明なのに放置して、そのくせ次男のお祝いですか!全く、呆れ果てて物も言えませんね!」そして、先生は真剣な顔つきで母に告げた。「病院から学校に連絡があったんです!健人くんの遺体は今、斎場にあると言っているんですよ!」その言葉に、母の声から明らかに覇気が消えた。「え……?」「最後に少しでも良心が残っているなら、今すぐ斎場に行って、健人くんの最期に会ってきなさい!」先生の言葉が終わるや否や、母は震える手でバッグを掴み、うわごとのように呟いた。「わ、わかったわ……行く、今すぐ行く……」両親は宴席の翔太や親戚たちを放り出し、慌ててタクシーを拾って斎場へと向かった。だが斎場に着いても、母は僕が死んだという事実を受け入れられないようだった。彼女は職員の胸倉を死に物狂いで掴み、叫んだ。「健人が死ぬわけないでしょう!何かの間違いじゃないの?これあの子じゃないわよね?ただ似てるだけの人なんでしょう!?」対する職員は、軽蔑しきった顔で答えた。「搬送されてきた時、担当医から聞きましたよ。当時、あなたに電話で状況を説明しようとしたら、一方的に怒鳴り散らされたと。だから仕方なく、学校の方に連絡したんだそうです」それを聞いた母は、あの日の出来事を思い出したようだ。彼女はしばらく呆然としていたが、やがて独り言のように呟き始めた。「じゃあ……あの電話は、本当だったの?本当だったって言うの……?」次の瞬間、母は父の腕にしがみつき、泣き崩れた。「俊介、思い出したわ。病院から連絡があったのに、私、適当にあしらって……私のせいよ!健人の最期を看取れなかったのは、全部私のせいよ!」取り乱す母を見て、父も心を痛めたようだが、どうすることもできない。「麗奈、とりあえず立て。立って落ち着いて話すんだ」「嫌

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status