INICIAR SESIÓN涼に手を握られていた最初の男は立ち上がると、大きく手を突き出してギャラリーへ振り向き宣言する。
「俺は ! ギャンブルを辞める ! 」
『城』一番の賭け事好きのこの男の妄言に、全員が渋い顔で笑う。
「おい、気でも狂ったのか ? お前さんが辞めるだなんて」
「いいや ! 辞める !
手始めに持ってるこの金、全部今回の報酬だ ! 涼 ! 持ってけ ! 」「え"っ !!? 」
突然ポケットから思った以上の札束をテーブルへ叩きつけられ涼も可笑しな声が出る。
「いや、お金は……」
すると今度は二人目の男が首を縦に振りその金を涼に突き出す。
「報酬だからな。金は邪魔にならねぇ。稼げる時は稼ぐんだ。欲しい時に限ってねぇものだからな。
これでいいのさ」これでは涼に『癒し』を求める者全てが、何らかの報酬を持参するようになってしまう。
涼は大きく手を振り要らないと話すが、男二人は聞き入れない「では、サミール。この部屋が『核』のある部屋だ。願い事は一つ」「はい ! 看守殿 ! 」 サミールは有り余る勢いで返事を返す。全て軍人時代に身についた習慣がうっかり出たのだった。「む……失礼……致しました」「貴方は真面目なんだな。そんなに気を張らなくても、すぐに慣れるはずだ」 翡翠は苦笑いを浮かべたが、すぐにもう一人の囚人の事を思い出した。「そうだ。確か、ここに来てすぐに人を助けたそうだな。君の同期の伊吹だ。こんな場所で同期と呼ぶのも妙なことかもしれんが、案外縁とは簡単に結びつくものだ」 サミールはすぐに痩身の男性を思い出した。彼の名は伊吹というのかと。「……ああいった現場は、見慣れた光景です……。 死して尚、そんな世界に来るとは……。軍人だった自分を恥じていながら、また誇りも持っているのです」「頼もしいじゃないか。常識的な囚人が模範として存在してくれることは有難い事だ。 さぁ、願いを」 その後、執務室に戻ったサミールが手ぶらで帰ってきた姿を見、不審に思った翡翠は『核』に何を願ったのか聞いた。見て分からないということは、隠し武器の類いが多いからだ。 するとサミールは胸ポケットから缶を取り出した。「義手義足をメンテナンスするセットです。オイルと精密工具を」「なるほど……そこは確かに修理可能か分からないからな。完全に壊れたら『核』が修理してくれるだろうが、不調や自損の場合は対象外らしいし」「ええ。気をつけます。 では、失礼しました」 囚人塔に戻ったサミールを見て、他の囚人たちは横目でチラチラと様子を伺いながらサミールを『ブレード』と呼んで噂話に花を咲かせていた。義足のしなやかな形で、そう連想したのだろう。「『板状のヤツ』か……」『城』の間取りを調べるように一通り
京はこの時、止めたかった。 涼が何か変わってしまう気がして。しかし涼の意思も、ブレードの意思も情報として自分にも必要なことは理解した。「まじかよ……何が起きるか分からねぇぞ。 お前もブレードのそれも、多分ただのドールアイじゃない」「……そうだね」 涼の気持ちは変わらない。覚悟を決めている。「人が来ねぇように見ててやる。でも無理はするな」「そう。ありがとう」 京は少し離れると、鏡を向いたままの涼を眺めた。 涼がドライバーを変色していない右眼に差し込んだ。 上手く隙間を作り、もう一本で掻き出すように中へ中へ入れ眼球を後ろから押し出す。てこの原理も上手くいかず、ドールアイが少し欠ける。 パタタ………… 割れた部分から紫色の何かの液が垂れる。 それを見た京が思わずまた近付いてきた。「なぁ……その液体 ? なんだ ? 俺たちは血なんか出ないし……」「血の色じゃないから、血じゃ無いんだろうね」 当然だと言う様な涼の落ち着きに比例して、京の方がどんどん不安になっていく。 見る見る間に涼の頬が藤紫色に染まり、白く細い首を伝い、真っ白なシャツまで染める。「取れた……」「……ん。ああ……。 ブレードも眼帯してたそのドールアイって左眼だったろ ? お前は左に入れなくていいのか ? 」「もし壊れて、修理して貰える保証がないんだよ。京、誰もが修理出来る訳じゃないらしいよ ? 」「……なんだって…… ? 」「俺は自分の……左眼を失う訳にいかない……。これは右に入れる」 涼が今
冥花の真っ白な花弁を千切ると口へ運ぶ。 香りは甘いが、味はしっかり苦味がある。次々に口へ入れ、最後に茎と葉も一気に頬張る。舌がピリピリとして、脳の感覚が逆に冴えて来たように感じた。 盗ってきた鏡を木の枝に乗せ、そこに写る自分の姿をジッと見つめる。 藤紫色に染まった左眼。 手に持ったブレードの左眼も同じ色だ。偶然ではない何か。このドールアイを装着すれば、確実に何かが分かる。 それは思考的なものか、知識か、感情か。 今の涼にとってそこは問題ではない。 京も肯定的ではなかった自分の『癒し』の能力。思えば最初から京は自身の事を視られることに抵抗があったのを思い出す。 京自身が自分の気分や過去の罪を知られたくないからだと、そう解釈していたが恐らく涼の思い違いだ。 京は涼の能力が『城』にとって異質、不要、疑念。そんなふうに思い関わりたくなかった。そしてそれが攻撃力を持った時に自分へ向けられることを警戒し、手元に涼を置いた。 フェンランに関しても、女囚達が涼に依存していく中で、その流れを止められなかった。だが、傍観を決め込んだ理由は勿論、京と同じ理由だろう。 そして翡翠は── 涼は目の前に聳える高い塀を見上げた。 翡翠はこの先に誰かのドールヘッドを投げ捨てた。それが誰かは分からないが、翡翠の罪を視た時、あのドールは頭部パーツだけでもまだ意識があり、正常に話していた。泣き喚き、命乞いをしていた声が頭から離れない。 翡翠は生前ではなく、この『城』の中で人を殺めている。 修理が可能な人形の体。 サタンの時のように、囚人のいざこざではなく、管理人としての制服を纏ってするのは不公平で職務上してはいけない間引き行為。「……癒しが必要 ? ……そうだろうね。罪深い……」 もう一度鏡を見つめる。 その罪を、恐らくブレードは知っていた。 口の中の花弁の味が無くなったように感じた頃、妙に冷静な自分がいた。 頭の中は冴え渡り
フェンランは騒ぎが一段落した時点で、冥花畑へ立ち寄っていた。 馨しい甘い香りに、現世では見たこともない優美な花。 いつの日か、ここはフェンランにとって心洗われる自給自足の田舎暮しのような気分になれる場所だった。山々が見渡せる訳でもなく、ひょっこり現れる野うさぎもいない。それでも囚人塔に寿司詰めになるよりリラックス出来る空間。「やれやれ……」 火種を絶やさない煙管の煙を一口吸う。 それを吐き出そうとした時、思わずむせてしまいそうになった。「涼……っ ! 」 花園の端にボンヤリと立っている涼を見付けた。「あんた、あれから大丈夫だったのかい ? 修理は済んだんだね ? あぁ……安心したよ……」「心配ありがとうフェンラン」 もう、涼は笑わなかった。 いつもなら弱々しく、自分に対して人懐こい笑みを向けるというのに、今は素振りどころか表情が深く暗く、どこか見えない場所へ行ってしまったように鋭い瞳をしていた。「ねぇ、お願いがあるんだ」「……なんだい ? 」「パーツを交換したいんだけどさ、少し痛みがあるじゃん。麻酔が欲しいんだよね」「……。あいにく、冥花はタダじゃない。金はルストの奴にばら撒かれちまっただろ ? 金がないなら他の価値のある物と交換になる。 それと。あんた……見た所交換するパーツが見当たらないけれどねぇ ? 」 涼は無言で藤紫色に変色したドールアイをポケットから取り出した。「大きいパーツとは限らないじゃん。 ねぇ、これはもう使わない不用品なんだ。誰のドールアイか教えてあげようか ? その情報と冥花の取引じゃダメ ? 」「断ったら ? 」「ダメならいいや。持ってる奴から奪った方が俺に損がないし」 引き返そうとする涼を結局、フ
翡翠の執務室の前──廊下で待たされていた涼は誰もいないことを確認するとようやく口の中からブレードのドールアイを吐き出した。『俺の眼で……視るんだ……』 ブレードの言うことが頭から離れない。 自分と同じ変色の仕方。この紫に変わってしまうにはやはり理由があるのだと確信する。 そっと右眼に触れたドールアイは特に個人的な特質が無ければ両眼同じサイズで生成される。涼は感情が視れる左眼だけは失う訳にはいかない。嵌めるには右眼を使うべきかと考えるが、問題は痛覚だ。体の修理は二度目だ。人間の体とほぼ同等の痛覚。 だが、『核』に修理された時も、一階のパーツショップで腕や足を購入している者を見た時に知った。 新しいパーツを着用してしまえば、痛みは消える。人間なら傷口が塞がるまで痛みが継続するが、人形に体の痛覚は故障時だけだ。 ──この右眼を外して、ブレードの瞳を入れる── そんな事を考えていると、螺旋階段からあの革靴の音が向かってくる。 口に入れて京のように器用に話出来る自信はない。今度こそ涼はブレードのドールアイをポケットへ入れた。「涼、待たせたね」「いえ……」『核』の部屋から上がって来た翡翠は紅潮した顔色で、蜂蜜色の髪は乱れ、いつもより肩を落とすように歩いてきた。手には何かボールのような丸い荷物を布に巻いて提げていた。「どうぞ」 翡翠が執務室のドアを開ける。「失礼します。 騒ぎを起こしてしまって……すみませんでした……」 涼の謝罪に翡翠は荷物を足元へ下ろすと、考え込んだように椅子へ沈んだ。「君からの謝罪は見当違いだ。騒ぎを嗾けた者たちがいたとは聞いている」「……。翡翠さんは俺の『癒し』の能力を喜んでくれていましたよね ? でも、皆は違うみたい。少なくとも今日騒いだ人達と……京も
「ブ、ブレード !! 」涼は最後の力を振り絞りどうにか芋虫のように倒れ込み、燃え上がるブレードに近付いた。「燃えちゃう ! 燃えちゃうよ ! 」「……手は……残ってるか ? 」「 ??? 」半泣きの状態で残っている左腕を差し出す。「これを……」ブレードは眼帯を取ると、そこに隠していた物を涼に握らせた。「これは…… !! 」それはブレードの失ったはずの左眼だった。京からは「ブレードは自らその眼を抉り出したという噂がある」とは聞いていた。しかし、その理由は不明で、噂が本当かも怪しいものだった。涼はそのドールアイを見つめる。ブレードが自ら抉り出した眼は、涼の左眼と同じ、大時計の藤紫色に変色していた。「どういうこと…… ? 色が…… ? なんで色が変わるの…… !? 」パニックになった涼に、ブレードが弱々しく答える。「涼……お前はこの監獄で砲台に火を付けた……が、監獄に砲台があるのはおかしい事だ……」「だから何なの ? ……俺は……間違ってるの…… !? ブレード ! 教えてよ ! 」「……翡翠も『核』も…………罪深い……。俺の眼で、…………視るんだ……」「分からない ! 分からないよ ! 」ブレードにもう意識は無かった。真っ黒焦げになっていく二体の人形。その時ようやく最上階から冷たい足音が響く。
執務室へ来るまでの囚人たちの視線に堪えた。涼はドアが閉まると大きく息をはいた。「大丈夫か ? 」「……はい。まだ、自分の……なんて言うか、無害さを分かって貰えないんだと思います。それに一日に癒せる人数もままならなくて」「成程。しかし貴重なものほど供給は薄いものだ。期待を持たせる程度で、人々は感謝し、抑制が効くと思うが ? 」「そんなものですかね ? あと、俺の眼。癒しの力を使うごとに濃くなってるんです」「力を使うごとに ? ……見せてご覧」 白い手袋がスっと涼の前髪を
朝。 涼が目を覚ますと、京は隣のベッドにいなかった。 体を起こしてベッドの端に座り、涼は記憶を遡る。 人形の自分の細い膝の上で組んだ手の指先に、傷が付いていた。 昨晩、京の口の中のドールアイに触れようと……その瞬間に牙を向けられた。 一度翡翠に相談してしまいたい。 全て話してしまいたいと願う。 しかしそれは自分の終わりを意味するような気がして出来なかった。何より、囚人二日目にして管理人に泣きつくことは許されないだろう。 一度立ち上がるが、何をしていいか
「食事が終わったら自由時間。と言っても昼のような作業は禁止。一階のパーツ屋も閉まってるし、畑も駄目。各自なるべく自分の部屋にいるかシャワー浴びるかだな」 房に戻った涼は京から流れを聞いていた。「その後、翡翠が就寝の合図に来る。看守役の人形が房の鍵を締めて就寝だ」「看守役の人形って ? 囚人じゃないのか ? 」「ああ。初代管理人が死んだ時、同じく看守達も姿を消したんだ。だから今は『核』が看守役の人形を創ったってわけ人形ってよりロボットに近いな」「確かにこの房の鍵を翡翠さんだけでしめるなんて無茶だもんな……」
食事は朝晩二回。 体感時間で皆、なんとなく食堂へ向かうだけだ。 涼と京は二人向かい合って座る。 食べるものは選べない。 食堂にいるシェフ姿の人形が勝手に囚人のトレイに皿を置く。乱雑で、無言。目も合わない。 実に作業的な流れだ。 しかし、その皿に乗った食事に涼は言葉を失っていた。「食べねぇの ? 」 京が固まったままの涼を不思議そうに見た。「いや……監獄的なイメージがあったから……もっと自由度の少ない飯が出てく